No.732


 6月30日に全世界同時公開された映画「インディ・ジョーンズと運命のダイヤル」をシネプレックス小倉で観ました。現在80歳のハリソン・フォードが主演ですが、やはりヨボヨボ感はありましたね。それでも、お決まりのナチスやオカルト趣味も健在で、楽しく鑑賞できました。
 
 ヤフー映画の「解説」には、こう書かれています。
「ハリソン・フォードが考古学者の冒険家を演じる『インディ・ジョーンズ』シリーズで、宇宙開発競争が盛んだった1969年を舞台に繰り広げられるアクションアドベンチャー。アメリカとロシアの間で陰謀を企てるナチスの残党を阻止すべく、インディ・ジョーンズが立ち上がる。これまで監督を務めてきたスティーヴン・スピルバーグはジョージ・ルーカスと共に製作総指揮、『フォードvsフェラーリ』などのジェームズ・マンゴールドが監督を担当。フィービー・ウォーラー=ブリッジやジョン・リス=デイヴィス、マッツ・ミケルセンなどが共演する」
 
 ヤフー映画の「あらすじ」は、「第2次世界大戦末期。考古学者のインディ・ジョーンズ(ハリソン・フォード)らは手にした者が神になるほどの力を秘めるダイヤル"アンティキティラ"をめぐり、ナチス・ドイツの科学者ユルゲン・フォラー(マッツ・ミケルセン)と格闘する。そして1969年、インディの前にかつての仲間であるバジル・ショーの娘ヘレナ・ショー(フィービー・ウォーラー=ブリッジ)と、フォラーが現れる」となっています。
 
 それにしてもハリソン・フォードが80歳になったとは!一条真也の映画館「探偵マーロウ」で紹介した2023年の映画に主演したリーアム・ニーソンは71歳、一条真也の映画館「クライ・マッチョ」で紹介した2021年の映画に主演したクリント・イーストウッドはなんと91歳でした。「おいおい、ハリウッドはお達者クラブか?」と言いたくなりますが、80歳のハリソンは上半身の裸体姿まで晒して張り切っていました。この年齢で激しいアクションシーンもこなすのは、さすがです。映画の冒頭は1939年のシーンで、ハリソンも若々しいのですが、これはおそらく過去シリーズの映像の加工でしょう。それとも、AI作成映像か。いずれにしても、過去も現在も「ちょい悪」感があって、なかなかカッコいいです!
 
 何を隠そう、わたしは「インディ・ジョーンズ」シリーズが大好きであります。過去4作品は劇場でも観ましたし、DVDも持っています。第1作は「レイダース/失われたアーク」(1981年)でした。ジョージ・ルーカスとフィリップ・カウフマンの原案をもとに、スティーヴン・スピルバーグが監督を務めました。第二次世界大戦前の1936年を舞台に、ハリソン・フォード演じる考古学者のインディアナ・ジョーンズが、神秘の力を宿すと伝わる「聖櫃」を巡りナチス・ドイツ軍との争奪戦を繰り広げる冒険活劇です。映画史に残る名作の1つとして知られます。初公開時の1981年最高興行収入を記録するなど成功を収め、アカデミー賞5部門、サターン賞7部門など多数の賞に受賞・ノミネートされました。
 
 シリーズ第2作は、「インディ・ジョーンズ/魔宮の伝説」(1984年)。早稲田大学の学生時代に東京は渋谷の映画館で観ましたが、あまりの面白さに呆然としたことを記憶しています。舞台設定は前作「レイダース/失われたアーク」の1年前、1935年の上海。暗黒街の組織の策略にはめられたインディは飛行機から脱出、インドの山奥に降り立ちます。そこで、伝説の秘宝<サンカラ・ストーン>を探し求める邪教集団の陰謀を知ったインディは、相棒のショート・ラウンドとナイトクラブで知り合った歌手のウィリーと共に敵の城へ向かうのでした。暗い作風でグロテスクな描写が多い反面、アドベンチャーの要素やコメディ色が強い作品でもあり、シリーズを通して最も異質でインパクトのある作品だと評されています。第57回アカデミー賞では視覚効果賞を受賞。
 
 シリーズ第3作は、「インディ・ジョーンズ/最後の聖戦」(1989年)。考古学者のインディアナ・ジョーンズが父親(ショーン・コネリー)と共に、ナチス・ドイツ軍との争奪戦を繰り広げながら聖杯を探すアクション・アドベンチャー作品であると共に、少年時代のインディアナも登場しそのルーツが明かされます。キリストの聖杯を探していて行方不明になった父ヘンリーを追ってベニスに飛んだインディ。ナチスの手が迫る中、ジョーンズ親子の逃亡と脱出の冒険が繰り広げられます。全世界で4億7430万ドルの興行収入を記録し、批評的にも興行的にも成功を収めた。第62回アカデミー賞では音響編集賞を受賞。
 
 じつに19年ぶりとなるシリーズ第4作が「インディ・ジョーンズ/クリスタル・スカルの王国」(2008年)。前作「インディ・ジョーンズ/最後の聖戦」から18年後の設定で、1950年代を舞台に神秘的なパワーがあるという秘宝"クリスタル・スカル"を求めて冒険の旅に出るインディの活躍を活写します。冷戦時代である1957年を舞台に、考古学者のインディがクリスタル・スカルをめぐりソビエト連邦と争奪戦を繰り広げます。19年ぶりに公開された作品でしたが、それまでのシリーズから主要なスタッフが続投し製作。評価は否定的な声も挙がるなどまちまちでしたが、最終興行収入は全世界で7億8千万ドルとシリーズ最高の興行収入を記録しました。正直、わたしは「これまでのシリーズ3作に比べて、各段にレベルが下がったな」と思いました。
 
 そして、さらに15年ぶりのシリーズ最新作となった「インディ・ジョーンズと運命のダイヤル」の舞台は、1969年のアメリカ。老いたインディは大学で教鞭を取っていました。そんなとき、1939年当時、彼が人生を賭けた古代史の秘宝(運命のダイヤル)探しをしていた仲間の子ヘレナと再会し、同時に、因縁の宿敵元ナチスの科学者フォラーが古代史の秘宝を躍起になって探していることを知ります。インディは、ヘレナと共に、再び古代史の秘宝探しの旅に出ます。そして、元ナチとの壮絶な秘宝争奪戦が世界を股に掛けて繰り広げられていくのでした。陸、海、空でのアクションは、スマートではなく、泥臭くリアルです。シリーズの過去作と同じく、諦めないタフな男・インディ・ジョーンズの持ち味が最大限に活かされています。
 
 冒険活劇映画では、ヴィランの存在が物語を一層盛り立てます。今回、老インディ・ジョーンズたちの行く手を阻むのは、元ナチスの科学者フォラー(マッツ・ミケルセン)です。時代設定は1969年なのにナチスとは! 「インディ・ジョーンズ」シリーズの生みの親であるスティーヴン・スピルバーグがユダヤ系監督である関係から、ナチスの存在はどうしても切り離せないようですね。一条真也の読書館『ナチス映画史』で紹介した本によれば、近年、ヒトラーやナチスを題材とする映画が多数製作、公開されています。2015年から2021年の7年間に日本で劇場公開された外国映画のうち、ヒトラー、ナチスを直接的テーマとするものや、第2次大戦欧州戦線、戦後東西ドイツ等を題材にした作品は70本ほどあります。つまりこの間毎年10本、ほぼ月に1本のペースでこうした映画が封切られていたことになります。「反ナチス」というハリウッドの本質を示していると言えるでしょう。
 
 また、「インディ・ジョーンズ」シリーズといえば、登場する"秘宝"が魅力的なものばかり。十戒が刻まれた石板を収めた箱「聖櫃(アーク)」、聖なる石「サンカラ・ストーン」、キリストの血を受けたとされる「聖杯」、謎のミイラ「クリスタル・スカル」。安易に取り扱えば死を招くデンジャラスアイテムだらけでしたが、今回も「ロンギヌスの槍」、そしてタイトルにもなっている「運命のダイヤル」が登場。「運命のダイヤル」は、インディが生涯をかけて探し求めてきたという究極の秘宝で、人類の歴史を変える力を持っているといいます。正しくは「アンティキティラ島の機械」と呼ばれる物で、アンティキティラ島近海の沈没船から発見された古代ギリシア時代の遺物です。天体運行を計算するため作られた歯車式機械であると推定され、映画ではアルキメデスが製作者とされていました。かつてはオカルト的な「オーパーツ」と言われていましたが、実際は当時の最新技術で作られた歴史的遺物です。
 
「インディ・ジョーンズと運命のダイヤル」には、過去作のオマージュと感じるシーンが多数登場します。巨大な丸い岩が転がる場面は「レイダース 失われたアーク」、飛行機ダイブは「インディ・ジョーンズ 魔宮の伝説」。過去作の見どころを濃縮して組み込んでいる感がありますが、新アクションの要素もあります。街中を馬で疾走したり、トゥクトゥクで追走劇を繰り広げ、車から車へと飛び移るカースタントも見ものです。インディのアイコンであるムチが銃を持った輩たちを退けるシーンも痛快でした。もともと「インディ・ジョーンズ」は完璧な冒険活劇映画です。主人公の生死を分ける大ピンチが約10分に1回待ち受け、常にハラハラしっぱなしで息をつく暇もありません。今回のインディは世界を駆け巡りながら、陸・海・空と全方位で活躍しますが、これに加えてもう1つの「時間」という舞台まで登場します。アポロが月面着陸した1969年が時代設定であることから新たな冒険の場は「宇宙」かと想像していたのですが、完全に外れました。
 
 拙著『死を乗り越える映画ガイド』(現代書林)にも書いたように、わたしは映画を含む動画撮影技術が生まれた根源には人間の「不死への憧れ」があると思います。映画と写真という2つのメディアを比較してみましょう。写真は、その瞬間を「封印」するという意味において、一般に「時間を殺す芸術」と呼ばれます。一方で、動画は「時間を生け捕りにする芸術」であると言えるでしょう。かけがえのない時間をそのまま「保存」するからです。「時間を保存する」ということは「時間を超越する」ことにつながり、さらには「死すべき運命から自由になる」ことに通じます。写真が「死」のメディアなら、映画は「不死」のメディアなのです。だからこそ、映画の誕生以来、無数のタイムトラベル映画が作られてきたのでしょう。この意味で、「インディ・ジョーンズ」シリーズは最後に映画の本質を描いたように思えてなりません。

『死を乗り越える映画ガイド』(現代書林)