No.770


 9月15日、この日から公開された映画「名探偵ポアロ ベネチアの亡霊」をシネプレックス小倉で観ました。ずいぶん前から楽しみにしていた作品ですが、画面が暗くて眠たくなりました。でも、ベネチアの妖しく魔法的な雰囲気がよく出ていて、わたし好みの映画でした。ベネチアに行きたくなりました。もし、「君の忘れ方」がベネチア映画祭に招待されたら、ぜひ行きたいと思います!
 
 ヤフー検索の「解説」には、こう書かれています。
「アガサ・クリスティーのミステリーを原作に、『オリエント急行殺人事件』『ナイル殺人事件』に続きケネス・ブラナーが監督・主演を務めて映画化した作品。第2次世界大戦後のベネチアで、降霊会に参加した名探偵ポアロが超常現象の謎に挑む。『エブリシング・エブリウェア・オール・アット・ワンス』などのオスカー女優ミシェル・ヨーのほか、ティナ・フェイ、ジェイミー・ドーナンらがキャストに名を連ねる」
 
 ヤフー検索の「あらすじ」は、以下の通りです。
「第2次世界大戦の後、ハロウィーンを迎えたベネチア。一線を退き、ベネチアで過ごしていた私立探偵ポアロ(ケネス・ブラナー)は、謎の霊媒師(ミシェル・ヨー)が古ぼけた大邸宅で行う降霊会にしぶしぶながら参加する。そこで招待客の一人が殺害されたことをきっかけに、ポアロは邪悪な世界へと足を踏み入れることになる。
 
 今回の「名探偵ポアロ ベネチアの亡霊」は、一条真也の映画館「オリエント急行殺人事件」で紹介した2017年の映画、一条真也の映画館「ナイル殺人事件」で紹介した2020年の映画に続いて、ケネス・ブラナーが監督・主演を務めました。「オリエント急行殺人事件」は、これまで幾度も映像化されてきたアガサ・クリスティーの傑作ミステリーの映画化です。ヨーロッパ各地を巡る豪華列車を舞台に、世界的な名探偵エルキュール・ポアロが客室で起きた刺殺事件の解明に挑みます。ジョニー・デップ、ミシェル・ファイファー、デイジー・リドリー、ジュディ・デンチ、ペネロペ・クルスら豪華キャストが集結しました。「オリエント急行殺人事件」に関しては、わたしはトリックや真犯人を知っていましたが、それでも大いに楽しめるエンターテインメント大作でした。とにかく映像が美しかったです。
 
「ナイル殺人事件」は、エジプトのナイル川をめぐるクルーズ船を舞台に、名探偵ポアロが密室殺人の解明に挑む物語です。エジプトのナイル川をめぐる豪華客船内で、新婚旅行を楽しんでいた大富豪の娘リネット(ガル・ガドット)が何者かに殺害される。容疑者は、彼女とサイモン(アーミー・ハマー)の結婚を祝いに駆け付けた乗客全員だった。リネットに招かれていた私立探偵ポアロ(ケネス・ブラナー)が捜査を進めていくうちに、それぞれの思惑や愛憎が絡み合う複雑な人間関係が浮き彫りになっていきます。前作「オリエント急行殺人事件」と同じく、豪華キャスト陣によるエンターテインメント大作でした。
 
 今回の最新作で、「オリエント急行殺人事件」「ナイル殺人事件」「名探偵ポアロ ベネチアの亡霊」と三部作(?)が揃ったわけですが、いずれもミステリー映画であることはもちろん、観光映画としても楽しめる内容です。コロナ禍が落ち着いて世界的な観光ブームが起きている今、イタリアを代表する観光地の1つであるベネチアが魅力的に描かれています。本当は、もっと昼間の屋外のシーンもあると良かったですが、ほとんどは屋敷の中の暗い照明のシーンが多いですね。ただ、ハロウィーンの祝祭のシーンは幻想的で、素晴らしかったです。ハロウィーンは、日本の「お盆」やメキシコの「死者の日」と同じく死者の祭りであり、「リメンバー・フェス」の1つですね。
 
 わたしは30年以上前にベネチアを訪れましたが、その魅力にすっかり心を奪われました。そのときの感動を拙著『ハートビジネス宣言』(東急エージェンシー)の「あとがき」に書いています。永遠の都・ローマから花の都・フィレンツェを経て、水の都・ベネチアに入ったわたしは、「ベネチアはアドリア海に浮かぶ大小の島々を数多くの橋と運河とで結んでつくられた美しい海上都市だ。文明都市で唯一、車がまったく走っていない街でもある。したがって交通手段はといえば、船か徒歩しかない。狭い路地をようやく抜けて小さな運河に出る。橋をわたって再び狭い路地へ入る。それを抜けて、やっと広場に出るが、そこは見知らぬ場所である。長く歩きつづけると、いつしか迷宮に迷い込んでしまったような不思議な気分になってしまう」と書いています。なつかしい思い出です。
 
 ベネチアのあらゆる橋あらゆる建物からはギリシャ神話の神々の彫頭やカーニバルの仮面などが世界をじっと見おろしています。この街は明らかに、人間の意識を変容させる魔力をもっていると感じました。ニューサイエンスの旗手であった生物学者のライアル・ワトソンも『生命潮流』の冒頭に書いていましたが、ベネチアには現実のものとは思えないところがあります。何かとりとめのない、夢の中の像のようなはかなさが柔らかな光と暗い水、古い18世紀の家具と超近代的なガラスの組み合わせには漂っているのです。この魔法の街で、ワトソンはテニス・ボールの表面と裏面を反転させる奇妙な超能力をもった少女に出会ったといいます。たしかに、ベネチアでなら何が起こっても不思議ではない気がします。
 
 考えてみれば、マルコ・ポーロの昔から、ベネチアという都市はヨーロッパの東洋からの玄関口でした。その頃、東洋に比べて文化的に遅れていたヨーロッパは、ベネチアを通して東洋の進んだ文化を取り入れました。常に東洋の息吹にさらされていたベネチアは、ヨーロッパの他のどの都市にも見られない、高度に洗練されたエキゾチックな風情を身につけたのです。このエキゾチズムに触れると、誰もが詩人になってしまいます。「ベネチア・エ・ウーニカ(ベネチアは他に比べようもない街)」と、訪れる者にいわせずにはおかないほど、ベネチアは訪問者に浮世離れした気分を存分に味わわせてくれます。
 
 さて、「名探偵ポアロ ベネチアの亡霊」には降霊会のシーンがあります。一条真也の映画館「エブリシング・エブリウェア・オール・アット・ワンス」で紹介した2022年のSF映画でオスカー女優となったミシェル・ヨーが謎めいた霊媒師に扮しています。1848年にアメリカで起こった「ハイズビル事件」という奇怪な事件を発端に、スピリチュアリズム(心霊主義)が流行し、アメリカからヨーロッパ各地へとまたたく間にブームが広がりました。多くの霊媒が次々に輩出し、降霊会が各地で盛んに行われ、『シャーロック・ホームズ』の著者コナン・ドイルをはじめとする著名な知識人や科学者たちが参加しました。

唯葬論』(サンガ文庫)
 
 
 
 拙著『唯葬論』(三五館、サンガ文庫)の「交霊論」にも書きましたが、スピリチュアリズムが基礎を置いているのは、死後における生の存続という考えです。この考えの真実性を立証する場が降霊会であり、そこでは一人の霊媒を通じて死者たちが直接的あるいは間接的にコミュニケートします。そして、スピリチュアリストたちはその真実性を認めるのです。スピリチュアリズムは、唯物論の貧弱な想像力と闘い続けました。ブラヴァツキーの神智学はもともとスピリチュアリズムの流れから生じたましし、その神智学からはルドルフ・シュタイナーの人智学も生まれました。ちなみに超能力などを研究する超心理学もスピリチュアリズムの子孫であると言えます。
 
 スピリチュアリズムの全盛期、当時の霊媒たちの活動は、「物質化現象」と呼ばれる死者の出現に力点が置かれていました。物質化現象によって生じる死者の姿は「幽姿」と呼ばれます。スピリチュアリストの主張によると、降霊会への幽姿の出現は、霊界の住人が協同作業で分担しつつ霊媒の複体に蓄えられたエクトプラズムという謎の物体を抜き出し、その上に死者の生前の像を刻印するのだといいます。なるほどその幽姿は死者そのものではなく、また必ずしも死後にそのような姿で霊界に存在するというわけでもありません。これは、もっぱら証拠を必要とする現世の人々のために、霊界が工夫したものであるというのです。「名探偵ポアロ ベネチアの亡霊」の降霊会のシーンは妖しくて良かったです。ポアロは基本的に亡霊を信じませんが、この映画では人智を超えた現象も起こり、名探偵は大いに困惑します。詳しくは、映画館でお確かめ下さい。