No.894


 6月7日の夜、この日から公開された日本映画「かくしごと」をシネプレックス小倉で観ました。テレビやネットのCMなどでは号泣必至の感動作であることをアピールしていますが、それほど感動できませんでしたね。正直、誇大広告だと思いました。最後のオチもショボかったです。主演の杏をはじめ出演陣の演技もイマイチでしたが、認知症の老人を演じた奥田瑛二だけは素晴らしかったです!
 
 ヤフーの「解説」には、こう書かれています。
「親子と偽って少年と暮らす女性の姿を描く、小説家・北國浩二の原作を映画化したミステリードラマ。事故で記憶を失った少年と出会った女性が、虐待を受けている疑いのある彼を守ろうと、母親と偽って一緒に暮らし始める。監督を務めるのは『生きてるだけで、愛。』などの関根光才。『オケ老人!』などの杏、『さかなのこ』などの中須翔真、『毒娘』などの佐津川愛美のほか、酒向芳、安藤政信、奥田瑛二らが出演する」
 
 ヤフーの「あらすじ」は、以下の通りです。
「絵本作家の千紗子(杏)は、認知症を患う父・孝蔵(奥田瑛二)を介護するために帰郷する。長年絶縁状態にあった父親との同居にへきえきしていた千紗子は、あるとき事故で記憶を失ってしまった少年(中須翔真)を助け、彼の体に虐待を受けた痕を見つける。千紗子は少年を守ろうと考え、自分が母親だとうそをつき、少年と暮らし始める。千紗子と少年、認知症が進行する孝蔵は次第に心を通わせるようになるが、その幸せな生活に終わりが訪れる」
 
 この映画、脚本が悪いのか、それとも原作が原因なのかは知りませんが、物語にリアリティがなく、ミステリーとしてはつまらなかったですね。主演の杏の演技もあまりピンときませんでした。離婚した元夫である東出昌大の方がずっと良い俳優だと思いました。一条真也の映画館「毒娘」で紹介したホラー映画で主演した佐津川愛美が主人公・千紗子の友人・久江を演じていますが、なかなか可愛い女優さんですね。ただ、千紗子も久江も賢くない女性といった印象で、すべての不幸の発端となった飲酒運転も含めてアウトな行動が多かったです。スクリーン上で彼女たちが愚かな行動を繰り返すたびに、観ていてイラッとしました。ただ、千紗子は愛する息子を海で亡くしたグリーフを抱えており、久江もシングルマザーとして必死に生きていることを考えると、彼女たちにも同情すべき点は多々ありました。
 
 千紗子の父親の孝蔵を演じた奥田瑛二は良かったです。妻を亡くした認知症の老人役でしたが、一条真也の映画館「洗骨」で紹介した2019年の日本映画での演技を連想しました。「洗骨」は、土葬または風葬した遺体の骨を洗い再度埋葬する「洗骨」の風習を通じ、バラバラだった家族が再生していく物語です。新城家の長男・剛(筒井道隆)が、4年前に他界した母・恵美子(筒井真理子)の洗骨のため故郷の粟国島に戻ります。実家に住む父・信綱(奥田瑛二)は母の死後、酒に溺れており生活は荒んでいました。「洗骨」の信綱も「かくしごと」の孝蔵も、ともに最愛の妻を亡くして抜け殻のようになった点は共通していました。
 
 奥田瑛二は現在74歳ですが、彼が演じた孝蔵も同じくらいの年齢でした。孝蔵はすっかり認知症を患っており、全裸で徘徊していたという通報を受けて、一人娘の千紗子が実家に戻ってきたのです。徘徊や失禁なども辛いですが、千紗子が最も心を痛めたのは財布を盗んだという嫌疑を父からかけられたときでした。実の親から泥棒呼ばわりされるのはたまりませんが、じつはこれは「物盗られ妄想」といって認知症患者にはよくあるケースです。大切な物をどこに置いたか思い出せなくなり、誰かに盗られたと疑う行動は、記憶障害を起因とする認知症の症状の1つです。
 
 物盗られ妄想は、多くは財布や現金、貯金通帳や実印、宝石類など財産に関連するものを盗まれたと思い込んでしまいます。認知症でなくとも、高齢になると「置き忘れ」をすることがありますが、その場合は「自分が置き忘れた」自覚があります。認知症の物盗られ妄想の場合は、自分が失くした自覚はありません。記憶障害によって置き忘れた事実を覚えていられないため、ほとんど探す事もなく「ない=盗まれた」と即断してしまうようです。「物盗られ妄想」は、一番身近で介護をしている方に強く出る傾向があります。盗んだと疑われると気分を害して感情的になり、その後の関わり方に支障をきたすことがあります。わたしにも高齢の両親がいますので、気をつけたいです。
 
 映画「かくしごと」には、認知症の問題の他にも社会問題が扱われていました。子どもの親権の問題です。「毒親でも親は親」と決めつける民法が諸悪の根源のようにも思えますが、5月17日の参議院本会議で「改正民法」が与野党の賛成多数で可決・成立しました。子どもの親権のあり方が77年ぶりに見直され、両親が離婚した後は共同親権も選択できるようになったのです。しかし、ドメスティックバイオレンス(DV)が原因で離婚した当事者からは「不安を子どもたちに与えてしまう法律」といった不安の声も出ています。緊急手術やDVからの避難といった「急迫の事情」や日々の食事など「日常の行為」は一方の親が判断できるそうですが、果たしてどうなるか。これからの行方を見守りたいですね。