No.918
東京に来ています。7月10日の夜、TOHOシネマズ日比谷のシアター1(プレミアムシアター)で映画「ゴジラ」を観ました。「ゴジラ」といっても一条真也の映画館「ゴジラ-1.0」や 一条真也の映画館「ゴジラ×コング 新たなる帝国」で紹介した最近の作品ではありません。1954年に公開された「ゴジラ」第一作で、怪獣映画の金字塔です。プレミアボックスシートで鑑賞しましたが、最高の映画体験でした!
ヤフーの「解説」には、「東京を襲う怪獣ゴジラと人間との戦いを迫力ある特殊撮影技術によって描き出し、特撮映画の金字塔となった特撮ムービー。『宇宙大戦争』『モスラ』などをその後に手掛けた本多猪四郎がメガホンを取り、特撮は後に円谷プロダクションを設立する円谷英二が担当。船舶会社社員を宝田明が演じるほか、古生物学者役に志村喬、若き天才科学者役で平田昭彦が共演する。ゴジラの圧倒的なビジュアルや破壊シーンに加えて、原水爆への批判を込めたストーリーも心に残る」とあります。
ヤフーの「あらすじ」は、「1954年の日本。太平洋沖で船舶遭難事故が発生。何度も行われた水爆実験によって太古の生物が目覚めて暴れたことが原因だった。その凶暴な怪獣は、ゴジラと名付けられる。やがてゴジラは東京を襲い始め、人間側が反撃するも成すすべがない。一方、古生物学者の山根(志村喬)の娘・恵美子(河内桃子)とフィアンセのような関係である芹沢博士(平田昭彦)は、ある研究に没頭しており......」となっています。
わたしは子どもの頃から怪獣映画が大好きで、小学生の頃は「東宝チャンピオンまつり」のゴジラ映画を観るのが本当に楽しみでした。大学生になってから、ビデオで「キングコング」(1933年)や「ゴジラ」(1954年)を観て、その幻想的な魅力に取りつかれました。この2作は観客の無意識に働きかける強い影響力を持った作品ですが、「キングコング」が上映された年に、作中に登場する首長竜が突如としてスコットランドのネス湖で目撃されました。今ではネッシーは「キングコング」から生まれた幻影であるという説は有名です。その「キングコング」のような怪獣映画を日本でも作ろうということで生まれたのが「ゴジラ」です。
「キングコング」と同様に、「ゴジラ」も、日本人の心に多大なインパクトを与えました。わが書斎には、ゴジラの大型フィギュアが置いてありますが、1954年に製作された映画「ゴジラ」第一作は怪獣映画の最高傑作などというより、世界の怪奇映画史に残る最も陰鬱で怖い映画だったと思います。それは、その後に作られた一連の「ゴジラ」シリーズや無数の怪獣映画などとは比較にもならない、人間の深層心理に訴える名作でした。ある心理学者によれば、原初の人類を一番悩ませていたのは、飢えでも戦争でもなく、「悪夢」だったそうです。「ゴジラ」の暗い画面と黒く巨大な怪獣は、まさに「悪夢」を造型化したものだったと言えるでしょう。
冒頭から「協力 海上保安庁」の大きな文字がスクリーンに踊る「ゴジラ」は終戦間もない日本の雰囲気をよく表現していました。おおむね現在から見ても古く感じませんでしたが、終盤の戦闘機のシーンはあまりにもチャチで興覚めしましたね。「ゴジラー1.0」の戦闘機シーンのリアルな迫力とは大違いでした。「ゴジラー1.0」はゴジラ生誕70周年となる2024年に先駆けて製作された、実写版第30作品目となるゴジラ映画です。「ゴジラー1.0」のゴジラは太平洋戦争末期の1945年に神風特攻隊の不時着用の基地に姿を現し、終戦からわずか2年しか経っていない1947年に東京に出現して銀座を破壊します。敗戦のショックと悪夢からいまだ覚めやらない日本人にさらなる絶望が降りかかるわけです。
2016年、一条真也の映画館「シン・ゴジラ」で紹介した庵野秀明監督の映画が公開されました。東京湾アクアトンネルが崩落する事故が発生。首相官邸での緊急会議で内閣官房副長官・矢口蘭堂(長谷川博己)が、海中に潜む謎の生物が事故を起こした可能性を指摘します。その後、海上に巨大不明生物が出現。さらには鎌倉に上陸し、街を破壊しながら突進していきます。政府の緊急対策本部は自衛隊に対し防衛出動命令を下し、"ゴジラ"と名付けられた巨大不明生物に立ち向かうのでした。この「シン・ゴジラ」は、東日本大震災を強くイメージさせる内容となっていました。東日本大震災での福島第一原発事故の発端となったのは、同発電所の一号機の水素爆発でした。
この「水素爆発」という言葉を聞いた瞬間に連想したのも、やはりゴジラでした。なにしろ、映画「ゴジラ」第一作のサブタイトルは「水爆大怪獣映画」だったのです。この映画が作られた1954年という年は、日本のマグロ漁船である第五福竜丸が、ビキニ環礁でアメリカの水爆実験の犠牲になった年です。当時の日本人には、広島、長崎で原爆を浴びたという生々しい記憶がしっかりと刻まれていました。ゴジラは、人間の水爆実験によって、放射能を自己強化のエキスとして巨大化した太古の恐竜という設定です。世界最初にして唯一の被爆国である日本では、多くの観客が放射能怪獣という存在に異様なリアリティをおぼえ、震え上がりました。
水爆に先んじて、原爆がありました。原爆は、人類が初めて生んだ核兵器です。核兵器というのは、世界史上で2回しか使われていません。その土地は日本の広島と長崎です。原爆を開発したのはアメリカの物理学者、J・ロバート・オッペンハイマーです。「原爆の父」と呼ばれた彼の生涯を描いた映画が 一条真也の映画館「オッペンハイマー」で紹介した2023年のアメリカ映画です。ドイツで理論物理学を学び、博士号を取得したオッペンハイマー(キリアン・マーフィ)は、アメリカへ帰国します。第2次世界大戦中、極秘プロジェクト『マンハッタン計画』に参加した彼は、世界初の原子爆弾の開発に成功。しかし実際に原爆が広島と長崎に投下されると、その惨状を知ったオッペンハイマーは苦悩します。冷戦時代に入り、核開発競争の加速を懸念した彼は、水素爆弾の開発に反対の姿勢を示したことから追い詰められていくのでした。
平田昭彦が演じた芹沢博士
「ゴジラ」には、芹沢大介という博士が登場します。ブラック・ジャックのような風貌をした人物ですが、平田昭彦が熱演しました。芹沢は、水中の酸素を一瞬のうちに破壊し尽くしあらゆる生物を窒息死させ、さらに溶解する液体中の酸素破壊剤「オキシジェン・デストロイヤー」を開発。しかし、平和利用できるまで公表しないつもりでいました。彼はゴジラを倒すためにそれを使わせてほしいと必死に懇願されますが、「オキシジェン・デストロイヤーは原水爆に匹敵する恐るべき破壊兵器になり得るものであり、いったんこれを使ったならば世界の為政者たちが看過しているはずはない。彼らは必ず武器として使用するに決まっている」と言い、使用を断固として拒絶。しかし、テレビに映し出された変わり果てた東京の光景・苦悶する被災者たちの姿・女子学生らによる真摯な「平和への祈り」の斉唱を目の当たりにして心動かされた芹沢は、「今回一回限り」の条件でオキシジェン・デストロイヤーの使用を承諾し、それに関するすべての資料を焼却するのでした。
海上保安庁の巡視船「しきね」の甲板では、ガイガーカウンターで東京湾に潜むゴジラの所在をつきとめます。芹沢は「完全な状態で作動するには水中操作以外にない」と潜水服を着てオキシジェン・デストロイヤーのカプセルを受け取ると海底に潜り、ゴジラの足元でカプセルの安全弁を抜いてオキシジェン・デストロイヤーを1人で起動します。一瞬のうちに海水が激しく泡立ち、もがき苦しんだゴジラは海上で断末魔を残すと力尽きて海底へ沈み、死骸は溶解して骨となり海の泡と化して消えました。しかし、人間不信の芹沢もオキシジェン・デストロイヤーの悪用を恐れ、ゴジラ絶命の成功を見届けると、ジャックナイフで潜水服の命綱とエアパイプを切断して海中で自決しオキシジェン・デストロイヤーの秘密を誰にも知られないよう永遠に封印します。恐るべき発明と引き換えに自身の命を投げ出すところは、オッペンハイマーへの批判のように思えてなりません。「オッペンハイマーよ、芹沢博士のように科学者としての良心を持て!」と言いたいです。
さて、ゴジラの正体とは、東京の破壊者でした。アメリカを代表する怪獣であるキングコングがニューヨークの破壊者なら、ゴジラは東京を蹂躙する破壊者なのです。映画「ゴジラ」では、東京が炎に包まれ、自衛隊のサーチライトが虚しく照らされます。 その光を浴びて、小山のような怪獣のシルエットが、ゆっくりとビル群の向こうに姿を現わします。それはもう「怪獣」などというより、『旧約聖書』に出てくる破壊的な神そのものです。海からやって来たゴジラは銀座をはじめとする東京の繁華街をのし歩き、次々に堅牢なビルが灰燼に帰してゆくのです。その後には、不気味なほどの静けさが漂っています。
この東京で大暴れするゴジラの姿を見て、わたしは先の東京都知事選挙で大きな話題をさらった石丸伸二氏を連想しました。彼も東京で大暴れし、都知事選では蓮舫氏を抜いて2位の得票を果たしています。ゴジラが敗れた怪獣といえば「怪獣の女王」と呼ばれるモスラが代表的です。ならば、石丸氏が東京から追い出した女帝・小池百合子氏こそは人間界のモスラなのでしょうか?
日比谷のゴジラ(屋外)
日比谷のゴジラ(屋外)を背景に
日比谷のゴジラ(屋内)と
TOHOシネマズ日比谷内のゴジラ