No.947


 日本映画「ナミビアの砂漠」をシネプレックス小倉で観ました。今年観た120本目の映画です。カンヌ国際映画祭の監督週間に出品され国際映画批評家連盟賞を受賞しました。カンヌ受賞作はつまらない作品は多いのですが、この映画は冗漫な印象はありますが、主演を務めた河合優美の存在感と演技力が光っていました。さすがです。
 
 ヤフーの「解説」には、こう書かれています。
「『あみこ』などの山中瑶子監督による青春ドラマ。何に対しても情熱を持てず行き場のない感情を抱える女性が、自分の居場所を求めてもがくさまを描く。主人公を『あんのこと』などの河合優実、彼女の恋人を『モダンかアナーキー』などの金子大地と『プロミスト・ランド』などの寛一郎が演じるほか、新谷ゆづみ、中島歩、唐田えりか、渡辺真起子らが共演。第77回カンヌ国際映画祭の監督週間に出品され国際映画批評家連盟賞を受賞した」
 
 ヤフーの「あらすじ」は、以下の通りです。
「将来の夢や目標もなく、やり場のない感情を持て余したまま日々を過ごす21歳のカナ(河合優実)。一緒に暮らしている恋人・ホンダ(寛一郎)は献身的で優しいものの、すでに彼との生活が退屈に感じるようになっていた。そんな中、カナは刺激を求めて自信家の映像クリエイター、ハヤシ(金子大地)と仲を深めていき、ホンダと別れて彼と暮らし始める。新生活に心躍らせたのもつかの間、カナは徐々に互いの相性が合わなくなっていることを感じ、いら立ちを募らせ始める」
 
 とにかく、この映画、主演の河合優美のためにあるような作品です。2019年に自ら演技の世界に飛び込んだ河合。 デビューから5年間、出演した映画は20本以上。 数々の賞を受賞した「若き演技派」として、映画や舞台では早くからその名が知られていました。わたしが彼女を初めて知ったのは、ブログ「不適切にもほどがある!」で紹介した大人気ドラマでした。宮藤官九郎がオリジナル脚本を手掛けた作品ですが、主人公の小川市郎(阿部サダヲ)の一人娘である小川純子役で河合優美が出演しています。純子は高校2年生で17歳。聖子ちゃんカットでロングスカートを穿くスケバン女子高校生です。喫煙・飲酒等も行う不良少女ですが、本来は親思いの優しい性格で母親の病死後、抜け殻状態だった父親の気を紛らわすために、非行に走るようになりました。当初は学年最下位を争うほどの学力でしたが、猛勉強の末に現役で青山学院大学に合格します。そんな純子を河合優美は健気に演じました。
 
 一条真也の映画館「あんのこと」で紹介した河合優実の主演映画には衝撃を受けました。世界的パンデミックが起きた2020年のある日の新聞記事に着想を得て撮り上げた人間ドラマで、機能不全の家庭に育ちすさんだ生活を送る少女が、ある出会いをきっかけに生きる希望を見いだそうとする中、非情な現実に翻弄されます。ホステスの母親、足が不自由な祖母と暮らす香川杏(河合優実)は幼いころから虐待を受けて育ち、若くして売春に手を染め、さらに違法薬物の常習者になってしまいます。ある日人情深い刑事・多々羅(佐藤二朗)に補導されたことをきっかけに、更生の道を歩み出します。さらに多々羅の友人である記者・桐野(稲垣吾郎)らの助けを借りながら、杏は新たな仕事や住まいを探し始めます。そうしてかすかな希望をつかみかけた矢先、世界的パンデミックによって事態が一変します。
 
 3度目に河合優美の凄さを思い知ったのは、一条真也の映画館「ルックバック」で紹介したアニメ映画においてでした。『チェンソーマン』などの藤本タツキによるコミックが原作で、小学生の少女が、漫画好きという共通点を持つ不登校の少女と共に漫画制作に邁進するも、やがて衝撃的な出来事が起こる物語です。小学4年生の藤野は学生新聞で4コマ漫画を連載し、クラスメートから絶賛されていました。ある日、藤野は先生から不登校の京本が手掛けた4コマ漫画を学生新聞に載せたいと告げられます。そのことを機に藤野と京本は親しくなっていきますが、やがて成長した2人に、全てを打ち砕く出来事が起こるのでした。この「ルックバック」で、河合優美は主人公・藤野の声を担当しています。それがもう初めて声優を務めたとは思えないほど素晴らしく、まさに藤野そのものになり切っていました。
 
「不適切にもほどがある!」も、「あんのこと」も、「ルックバック」も、すべて今年の作品であるという事実が凄いのですが、さらに「河合優美の年」を印象づけるかのように本作「ナミビアの砂漠」が9月6日に公開されました。タイトルは、アフリカ南西部に位置するナミビア共和国、通称ナミビアに由来します。国名はその地が擁する"世界最古の砂漠"と言われるナミブ砂漠に由来するそうです。ナミブ、という言葉には、諸説あるが"なにもない"という意味もあるといいます。ナミビア共和国のナミブ砂漠。「なんもない共和国のなんもない砂漠」から「なんもない人生」を表現したのでしょうか。この映画は、世の中も、人生も全部つまらないく感じ、やり場のない感情を抱いたまま毎日を生きている、21歳のカナの物語です。
 
「ナミビアの砂漠」のカナは、次第に自分自身に追い詰められていきます。もがき、ぶつかり、精神を病んでいくのですが、わたしは1986年のフランス映画「ベティ・ブルー」の主人公を連想しました。海岸でペンキ塗りの仕事に従事している小説家志望の青年ゾルグ(ジャン=ユーグ・アングラード)は、感情の起伏の激しい性格の女性ベティ・ブルー(ベアトリス・ダル)と恋に落ちていきますが、愛が深まれば深まるほど彼女の奇異な言動はエスカレートしていきます。フランスの俊英ジャン=ジャック・ベネックス監督が、愛の狂気を赤裸々に描き、世界中にベティ・ブルー現象を巻き起こし大絶賛されたヒット作です。主演女優のB・ダルの狂おしい熱演は壮絶でありながらも物悲しいロマンティシズムに満ちあふれており、河合優美が演じたカナのようでした。
 
「ナミビアの砂漠」には、身心のバランスを崩したカナが恋人のハヤシ(金子大地)と繰り広げる壮絶な大喧嘩のシーンが登場します。アクション部の監修の下、2人の壮絶な大げんかシーンが撮影されたそうですが、河合は「生々しい男女の喧嘩にしたい」と撮影に臨み、金子も「一番体力を使ったシーンだったかもしれない」と語っています。この2人の喧嘩はマスコミ試写会でもとにかく話題となるなど、本作でも指折りの名シーンとなっています。また、河合は、2人の幸せの絶頂を描くシーンを「トイレのシーン」と明かしています。確かに、カナとハヤシのトイレのシーンは映画史に残る名場面かもしれませんね。いずれにしても、カナのような女性はわたしは無理で、秒で別れると思いますが、Z世代のライフスタイルの一環を垣間見ることが出来た気がします。