No.965


 11月10日の日曜日、日本映画「本心」をシネプレックス小倉で鑑賞。北九州市出身の芥川賞作家である平野敬一郎氏の長編小説の映画化です。母を亡くした青年のAIあるいはVRによるグリーフケアを中心に描いたミステリーでしたが、深刻なテーマながら面白かったです。
 
 ヤフーの「解説」には、「平野啓一郎の小説『本心』を実写化したミステリードラマ。自らの意思で死を選んだ母親の気持ちを知りたいと願う男性が、母親をAIでよみがえらせる。メガホンを取るのは『愛にイナズマ』などの石井裕也。石井監督作『アジアの天使』などの池松壮亮、『ダンスウィズミー』などの三吉彩花、『あの花が咲く丘で、君とまた出会えたら。』などの水上恒司のほか、綾野剛、妻夫木聡、田中裕子らが出演する」と書かれています。
 
 ヤフーの「あらすじ」は、「工場で働く朔也(池松壮亮)は、同居する母(田中裕子)から不穏な内容の電話を受け取る。家路に急ぐ朔也は、豪雨で氾濫する川べりに立つ母を見つけ、助けようと飛び込むが重傷を負い、昏睡状態に陥る。1年後に目覚めた彼は、母が亡くなり、彼女が生前に『自由死』を選択していたことを知る。新たに就いた仕事を通じて、仮想空間上に任意の人間を作るVF(バーチャルフィギュア)という技術を知った朔也は、その開発者・野崎(妻夫木聡)に母のVF制作を頼み、母が死を選んだ理由を探ろうとする」となっています。
 
 原作の主題は「最愛の人の他者性」だそうです。 アマゾンの「あらすじ」には「舞台は、『自由死』が合法化された近未来の日本。最新技術を使い、生前そっくりの母を再生させた息子は、『自由死』を望んだ母の、〈本心〉を探ろうとする。母の友人だった女性、かつて交際関係のあった老作家...。それらの人たちから語られる、まったく知らなかった母のもう一つの顔。さらには、母が自分に隠していた衝撃の事実を知る──」と書かれています。また、「ロスジェネ世代に生まれ、シングルマザーとして生きてきた母が、生涯隠し続けた事実とは──急逝した母を、AI/VR技術で再生させた青年が経験する魂の遍歴」とも書かれています。
 
 さらに、「四半世紀後の日本を舞台に、愛と幸福の真実を問いかける、分人主義の最先端」「ミステリー的な手法を使いながらも、『死の自己決定』『貧困』『社会の分断』といった、現代人がこれから直面する課題を浮き彫りにし、愛と幸福の真実を問いかける平野文学の到達点」「読書の醍醐味を味合わせてくれる本格小説!」と書かれ、「常に冷静に全てを観察している賢い主人公の感情が、優しくそして大きく揺れるたび、涙せずにはいられない。── 吉本ばなな」「私たちの存在価値と欲望は、これから何処へ向かうのか。コロナ後の世界、並外れた傑作。──池松壮亮」というコメントが紹介されています。
 
 この映画の予告編は何度も観ていました。ブログ「AIによる死者の復活」ブログ「生成ゴーストについて」で紹介したような問題を深く掘り下げた作品とばかり思っていましたが、実際は想像していた内容とは少し違いました。もちろん、AIで死者を蘇らせるグリーフケアも描いているのですが、それだけにとどまらず、AI社会における人間疎外、貧困と格差社会、さらには「他者の心はどこまでわかるのか」といった、さまざまなテーマを扱っており、非常に興味深かったです。
 
 ちなみに、生成AIさらにはVRは、今後のグリーフケアにとって大きな力になるような気がするとしながらも、「再会後さらに心を痛めるのではないか」という問題も指摘しました。その点に注意しながら、グリーフケアにおけるVR(仮想現実)の可能性は探るべきであると思います。仮想現実の中で今は亡き愛する人に会う。それはもちろん現実ではありませんが、悲しみの淵にある心を慰めることはできるはずです。何よりも、自死の危険を回避するだけでも、グリーフケアにおけるVRの活用は前向きに検討すべきではないかと思っています。
 
 映画「本心」には、「自由死」という言葉が登場します。田中泯が演じる老人が自由死を選択し、リアル・アバターを務める主人公に「海に沈む夕日が見たい」と依頼します。夕日を見た後は「もう何も思い残すことはない」と言って死んでいく姿は、亡くなったばかりの父を思い出して悲しくなりました。「本心」の舞台は、自由死(安楽死)が合法化された2040年代の日本です。自由死を選べば経済面で優遇されるという設定に、わたしは一条真也の映画館「PLAN75」で紹介した2022年の日本映画を連想しました。75歳以上の高齢者に自ら死を選ぶ権利を保障・支援する制度「プラン75」の施行された社会が、その制度に振り回される物語です。職を失い、「プラン75」の申請を考え始める主人公を賠償千恵子が熱演しました。
 
 映画「本心」のヒロインの三吉彩花は元セックス・ワーカーを演じましたが、役名が「三吉彩花」そのままでした。これは何か意味があったのでしょうか? 劇中、生まれて初めて訪れた高級レストランで、彼女が不慣れなダンスを踊るシーンがあります。それを見て、わたしは一条真也の映画館「ダンスウィズミー」で紹介した2019年の矢口史晴監督のミュージカル・コメディ映画を思い出しました。ミュージカルスターになる催眠術をかけられた女性が、ゆく先々で騒動を起こす。一流商社に勤務する鈴木静香(三吉彩花)は、曲が流れた途端に歌って踊らずにはいられなくなるという催眠を催眠術師にかけられる。翌日から静香は、テレビから流れる音、携帯電話の着信音、駅の発車メロディーなど、ちまたにあふれる音楽に体が勝手に反応してしまう物語です。彼女が披露したダンスは本当に華麗でした。
 
 三吉彩花も相変わらず美しかったですが、なんといっても映画「本心」で強烈な存在感を放っていたのは、田中裕子です。原作を読んだ主演の池松壮亮が、石井監督に「この原作が素晴らしい。読んでほしい」と提案したことをきっかけに映画化が実現したそうですが、田中は池松演じる主人公・石川朔也に黙って「自由死」を選び、死後にヴァーチャルフィギュア(VF)として復活する母・秋子を演じました。1979年にデビューし、数々の作品に出演してきた田中裕子ですが、映画づくりの現場の変遷を振り返り「自分で変えたこと、変えられたことはない」と語ったそうです。映画「本心」では、VFとなった母を演じた田中裕子が優雅にダンスを踊るシーンがあります。とても幸せそうな笑顔で舞いながら、彼女は「ロイヤル・アルバート・ホールに出れないかしら?」と冗談を言うのでした。
 
 ロイヤル・アルバート・ホールは、イギリスのヴィクトリア女王の夫であるアルバート公に捧げられた演劇場ですが、そのときのジョークの言い方がとてもチャーミングでした。このシーンを観て、昔、田中裕子が「夜のヒットスタジオ」のマンスリーに出演して、フルーツのパッチがたくさん付いた可愛い衣装を着て、「恋うらら」という曲を歌ったことを思い出しました。キグレサーカスの共演で、ファンタジックでキュートなパフォーマンスでした。わたしは若い頃の田中裕子のファンだったのですが、「ジュリーが不倫するのも無理ないな」と思えるほど魅力に溢れていましたね。老いた現在の姿からはちょっと想像しにくいですが。まあ、アンチエイジングなどに無関心なナチュラル志向の女優さんなのでしょう。