No.973
11月24日の日曜日、昼間は次回作の校了作業に没頭しましたが、出版社にデータを送付した後、夜はアメリカ映画「ドリーム・シナリオ」を小倉コロナシネマワールドで観ました。前半はなかなか面白かったのですが、後半の展開はありきたりな印象を持ちました。
ヤフーの「解説」には、「『ミッドサマー』などの監督を務めたアリ・アスターが製作に名を連ね、『ゴーストライダー』シリーズなどのニコラス・ケイジが他人の夢に現れる主人公を演じるスリラー。何百万もの人の夢に現れて人気者になった大学教授が、夢の中で悪事を働くようになり、現実の世界でも非難を浴びる。監督は『シック・オブ・マイセルフ』などのクリストファー・ボルグリ。共演はリリー・バード、ジュリアンヌ・ニコルソン、ジェシカ・クレメント、マイケル・セラなど」とあります。
ヤフーの「あらすじ」は、以下の通りです。
「平凡な大学教授のポール・マシューズ(ニコラス・ケイジ)は、世界中の何百万人もの夢に一斉に現れて一躍有名人になる。しかし、ポールが人々の夢の中で悪事を働いたことから、現実世界でも嫌われ始め、悪夢のような日々を過ごすことになる」
「ドリーム・シナリオ」は人間の心理の不思議さを描いた不条理スリラーで、同じA24が製作した一条真也の映画館「ボーはおそれている」で紹介したアリ・アスター監督作品に通じる世界観を感じました。日常のささいなことでも不安になってしまう怖がりの男性・ボー(ホアキン・フェニックス)は、ある日、直前まで電話で会話していた母親が死んだという知らせを受ける。母親のもとへ向かうべくアパートを出ると、世界は様変わりしていた。現実なのか悪夢なのかも分からないまま、次々に奇妙な出来事が起こる里帰りの道のりは、いつしか壮大な旅へと変貌していくのでした。「ボーはおそれている」にはフロイト心理学の影響が見られますが、それは「ドリーム・シナリオ」にも共通しています。さらに「ドリーム・シナリオ」では、ユングの説いた「集合的無意識」もテーマになっています。
映画「ドリーム・シナリオ」では、主人公のポールが世界中の人々の夢の中に現われて有名になります。誰もが彼のことを知っている状態になったのですが、わたしは1冊の本と1本の映画を連想しました。本は、筒井康隆の『おれに関する噂』です。日本を代表するSF作家の1人である筒井が1974年に発表した短編集の中の1編です。主人公は森下ツトムというのですが、ある日、テレビのニュース・アナが、だしぬけに「おれ」のことを喋りはじめます。続いて、新聞が、週刊誌が、おれの噂を書き立てます。なぜ、平凡なサラリーマンであるおれのことを、マスコミはさわぎたてるのか? 黒い笑いと恐怖にみちた作品でした。1991年8月1日放送のフジテレビ「世にも奇妙な物語」で、萩原流行の主演で映像化されました。
もう1つ、一条真也の映画館「THIS MAN」で紹介した日本映画も連想しました。夢の中に現れる、眉のつながった男性の都市伝説「THIS MAN」をモチーフに、奇妙な連続変死事件を描いたパニックスリラーです。眉のつながった男性の夢を見たという人たちが次々と変死する事件が発生する中、主人公の周囲に危険が迫ります。ある田舎町で連続変死事件が発生する。被害者には眉のつながった男性の夢を見たという共通点があった。八坂華(出口亜梨沙)は夫の義男(木ノ本嶺浩)と娘の愛と共に幸せに暮らしていたが、彼女の身にも夢の男性の恐怖が近づいてくる。やがて、華は究極の選択を迫られるのでした。
「ドリーム・シナリオ」の話に戻します。多くの人々の夢に登場しながらも最初は何も行動しなかったポールですが、次第に暴力やレイプ、殺人などの凶行を繰り返します。それで人々はポールを恐れ、忌み嫌うようになります。レストランで食事もできないし、娘が出演する舞台を鑑賞することもできません。愛車は落書きされるし、街を歩けば暴行を受けます。ポールは「ぼくは何もしていないのに、どうしてみんなから忌み嫌われるんだ?」と絶望しますが、これは世に多くいるであろう、いわれのない誹謗中傷をSNSで受けたり、理不尽な差別を受けている人々のメタファーではないかと思いました。また、有名になることは反作用もあるということも痛感しました。現代の日本では、松本人志やフワちゃんといった芸能人たちが「夢」から「悪夢」への体験者ではないでしょうか。
「ドリーム・シナリオ」で主演を務めたニコラス・ケイジですが、最近、 一条真也の映画館「ベルリン・天使の詩」で紹介したばかりです。1987年に公開された「ベルリン・天使の詩」のハリウッド版リメイクである「シティ・オブ・エンジェル」(1998年)に彼が主演したことを紹介。彼は、第68回アカデミー賞で「リービング・ラスベガス」で主演男優賞を受賞しています。すでに100本以上の映画に出演していますが、一時期は浪費癖からの多額な借金や結婚生活の失敗が重なったことなどもあり、作品を選んでいられない状態だったようです。それだけ多くの映画に出演していれば人々の潜在意識に影響を与え、いろんな人の夢に出てきてもおかしくかもしれません。本作「ドリーム・シナリオ」は第81回ゴールデングローブ賞にノミネートされました。21年ぶりのノミネートだそうで、まだまだ多くの映画に出演しそうですね。
それにしても、この映画のニコラス・ケイジはえらく老けていますね。彼はわたしより1歳年下の60歳で、キアヌ・リーブスと同い年、ブラッド・ピットやジョニー・デップの1歳下ですが、彼らと比べてもその老けっぷりは際立っています。ある意味、大学教授の役というのは適役だったと思いますが、彼がことあるごとに自分が「教授」であることをアピールするのはダサかったですね。教授だといっても、自著の1冊も出せない状況で、多くの人の夢に出てきて有名になったときも、謎の人気を利用して著書を出版しようと企んでいました。わたしは客員ながらも大学で教鞭も取らせていただいていますし、著書はいくらでも書かせていただける状況なので、恵まれているのかもしれません。素直に神様に感謝したいと思います。
ネタバレにならないように気をつけて書くと、「ドリーム・シナリオ」には夢を利用して広告を打とうとする集団が現れます。わたしは、かつて広告業界で話題になった『メディア・セックス』(1989年)という本を思い出しました。サブリミナル(潜在意識)という言葉を定着させた本で、その効果が宣伝広告・政治的プロパガンダの面からいかに利用されてきたかを示した内容です。著者のウィルソン・ブライアン・キイは、サブリミナル広告やサブリミナル・メッセージなど、マインドコントロール理論に関する著作を残したアメリカ合衆国の著述家です。『メディア論』(1967年)の著者マーシャル・マクルーハンと親しく、IQ130~148以上の知能をもつ者からなる、世界最大の高IQ団体「メンサ」の会員でもありました。
1921年にカリフォルニア州リッチモンドに生まれたキイは、デンバー大学でコミュニケーション論で博士号を取得し、西オンタリオ大学で一時期、ジャーナリズムの講義を担当。著作は幅広く読まれ、とりわけ大学生に支持されて、しばしば大学で講演を行いました。しかし彼の理論は乱暴だとされ、著書の帰結や結論は疑問視されてきました。現在では、キイのサブリミナル理論は「トンデモ」扱いされていますが、グーグルやメタ、アップルといったIT先端企業がマインドフルネスを取り入れている現在、マインドフルネスの原点である瞑想とバーチャル・リアリティ(VR)の技術が合体すれば、トンデモ扱いされたキイの理論も現実味を帯びてくるかもしれませんね。「ドリーム・シナリオ」を観て、そんなことを思いました。