No.1022
2月23日の日曜日、日本映画「死に損なった男」をシネプレックス小倉で観ました。この日の小倉は気温3度で寒かったですが、シネコンの9番シアターはまずまずの入りでした。高齢男性客が多かったですが、「死に損なった男」というタイトルに何か反応したのでしょうか?(笑)
ヤフーの「解説」には、「お笑いコンビ『空気階段』として活動しながらドラマ『罠の戦争」などに出演してきた水川かたまりが主人公を演じるドラマ。自ら命を断とうとしたもののタイミングが悪く死ぬことができなかった主人公が、幽霊に殺しの依頼を受ける。監督を『メランコリック』などの田中征爾が務める」と書かれています。
ヤフーの「あらすじ」は、以下の通りです。
「構成作家の関谷一平(水川かたまり)は人生に疲れ、駅のホームから飛び降りることを決意する。ところが隣の駅で人身事故が起き、一平は死ねなかった。そこへ男性の幽霊が現れ、娘に付きまとう男性を殺してほしいと一平に依頼し、一平がそれを実行するまで取りつこうとする」
わたしは「空気階段」というお笑いコンビも、水川かたまりというお笑い芸人も知りませんでした。「死に損なった男」で主人公の関谷一平を演じた水川かたまりは喋り方もボソボソとしているし、見た目もなんだか気が弱そうです。彼は路上で自転車にぶつかられても、相手から「最悪」と毒づかれ、駅の構内でぶつかった若いサラリーマンからは「殺すぞ、てめえ」と脅されます。メンタルが強くない彼は、仕事上のストレスから駅のホームに飛び降りようとします。わたしは、「東京で働く人たちは、ストレスが多いだろうなあ」と同情しました。そして、そんな人たちが日常で使っている駅のホームというのは常に自死への入口が開いているのだとも思いました。
「死に損なった男」を観て最初に思ったのは、一条真也の映画館「一度死んでみた」で紹介した2020年の日本映画でした。auのCM「三太郎」シリーズなどを担当してきた浜崎慎治がメガホンを取ったコメディーです。製薬会社の社長を務める父の計(堤真一)と一緒に暮らす大学生の七瀬(広瀬すず)は、研究に打ち込むあまり母の死に際にも現れなかった仕事人間で口うるさい父が嫌でたまらず、顔を見るたびに死んでくれと毒づいていました。ある日計は、一度死んで2日後に生き返る薬を飲んだために幽霊になってしまいます。何も知らずに動揺する七瀬は、遺言により社長を継ぐことになり、計の会社に勤める松岡(吉沢亮)から真相と聞かされるのでした。
それから、一条真也の映画館「君の忘れ方」で紹介した日本映画を思い出しました。こ映画の原案は、拙著『愛する人を亡くした人へ』(現代書林・PHP文庫)です。「君の忘れ方」には、岡田義徳が演じる池内武彦という中年男性が登場しますが、彼は亡くなった妻の葬儀をあげていません。そして、日常的に妻の姿を見ています。坂東龍汰演じる主人公の森下昴も、亡くなった婚約者の美紀(西野七瀬)の姿を見ます。でも、池内と昴の見ているものの正体は違います。池内の妻は幽霊ですが、昴が見る美紀は幻影です。というのも、池内は妻の葬儀をあげていませんが、美紀の葬儀はあげている(しかも、担当のフュネーラルディレクターの佐藤は小生が演じました)からです。葬儀をあげた故人は基本的に幽霊にはならないのです。
『唯葬論』(サンガ文庫)
拙著『唯葬論』(三五館、サンガ文庫)の「幽霊論」にも書いたように、「葬儀」と「幽霊」は基本的に相容れません。葬儀とは故人の霊魂を成仏させるために行う儀式です。葬儀によって、故人は「死者」となるのです。幽霊は死者ではありません。死者になり損ねた境界的存在です。つまり、葬儀の失敗から幽霊は誕生するわけです。しかし最近では、「慰霊」「鎮魂」あるいは「グリーフケア」というコンセプトを前にして、怪談も幽霊も、さらには葬儀も、すべては生者と死者とのコミュニケーションの問題としてトータルに考えることができると思っています。
映画「死に損なった男」では、駅のホームに飛び降り損なった関谷一平は、自分が生き延びた原因である隣の駅の人身事故で亡くなった森口友宏(正名僕蔵)という男性の葬儀に参列します。すると友宏の幽霊に付きまとわれることになったわけですが、「葬儀」と「幽霊」は相容れないというわが持論からすると、彼の葬儀は失敗したのです。葬儀の失敗によって出現した友宏の幽霊は、唐田えりか演じる一人娘の森口綾を心配します。彼女は元夫からDVを受けており、父親が亡くなったことによって元夫からストーキングされて危険だから、友宏は「そいつを殺してくれ!」と一平に依頼します。あまりにもムチャクチャな要求なので、一平もほとほと困ってしまうのでした。
駅の人身事故で死んだ森口友宏は、中学校の元国語教師でした。彼は、構成作家である一平が新作のコント作りに苦戦しているのを見て、いろいろとアイデアを出してくれます。そのうちの1つが葬儀に関するコントでした。妻をガンで失くした夫が葬儀で喪主挨拶をするというコントです。挨拶を憶えることができない父を見かねて娘が事前に録音しておいて、それを本番で流せばいいと言い出します。父はカラオケボックスで挨拶を録音し、本番の葬儀では口パクで臨むという設定でした。しかし、思わぬアクシデントから爆笑の展開となります。わたしは基本的に葬儀をネタにしたコントが嫌いなのですが、これはそれほど不謹慎でもなく、最後のオチもホロリとさせました。
「死に損なった男」で元夫からDVを受けていた森口綾、つまり幽霊の娘を演じたのが、女優の唐田えりかでした。2月21日、「死に損なった男」の初日舞台挨拶に登壇した彼女は、本作の撮影時期がブログ「極悪女王」で紹介したNETFLIXの大ヒットドラマの2~3カ月後だったと明かしました。彼女は「極悪女王」で挑んだプロレスラーの長与千種役のため、増量トレーニングや、プロレス技の習得までするなど、ストイックに役作りに取り組んでいたことで知られます。そのため、「死に損なった男」の撮影にあたり10キロの減量をしたそうです。短時間での体重変化は相当ハードだったでしょうが、女優魂というものは凄いものですね。元不倫相手の東出昌大も再婚しましたし、唐田えりかにも頑張ってほしいですね!