No.1055
東京に来ています。4月21日の夜、イギリス映画「BETTER MAN/ベター・マン」をTOHOシネマズ日比谷のプレミアムシートで観ました。ミュージシャンの伝記映画なのに主人公がサルだと知っていたので、あまり観る気はしなかったのですが、一条真也の映画館「グレイテスト・ショーマン」で紹介したミュージカル映画の大傑作の監督であるマイケル・グレイシーがメガホンを取ったということで鑑賞を決意。意外にも面白く、最後は泣けました。
ヤフーの「解説」には、こう書かれています。
「『グレイテスト・ショーマン』などのマイケル・グレイシー監督が、イギリスのミュージシャン、ロビー・ウィリアムスの半生を斬新な演出で描いたミュージカル。自身を『パフォーミング・モンキー』と表現するロビーをサルの姿で登場させるとともに、ポップグループ『テイク・ザット』のメンバーとしてデビューし、ソロアーティストとして飛躍していく彼の表と裏を映し出す。」
ヤフーの「あらすじ」は、以下の通りです。
「イギリス北部の町で生まれ、祖母にかわいがられて育ったロビーは、1990年代に『テイク・ザット』の最年少メンバーとしてデビューする。グループを脱退し、ソロアーティストとしても成功を収めたロビーだったが、その裏では苦悩を抱えていた」
まず、この「BETTER MAN/ベター・マン」という映画、わたしが大好きな「グレイテスト・ショーマン」のマイケル・グレイシー監督の作品でなければ観なかったと思います。同作は、19世紀に活躍した伝説のエンターテイナー、P・T・バーナムをヒュー・ジャックマンが演じるミュージカルです。空想家の主人公が卓越したアイデアと野心で世界中を熱狂させるさまと、ロマンチックな愛の物語が描かれます。P・T・バーナム(ヒュー・ジャックマン)は妻(ミシェル・ウィリアムズ)と娘たちを幸せにすることを願い、これまでにないゴージャスなショーを作ろうと考えるのでした。「グレイテスト・ショーマン」も、「BETTER MAN/ベター・マン」も、ショービジネスの世界をミュージカルで描いた点が共通しています。
「BETTER MAN/ベター・マン」の主人公であるロビー・ウィリアムスは、1974年、イギリス・イングランドのストーク=オン=トレント出身のポップシンガーです。1990年から1995年、2009年から2011年の間までボーイズグループ「テイク・ザット」のメンバーとして活動。テイク・ザット脱退後はソロのアーティストとして7500万枚以上のレコードセールスを記録するなど、多大な成功を収め、全欧的な人気を誇ります。イギリス国内での売り上げは2000万枚を誇り、これは英国人ソロ・アーティストの国内売り上げとしては最多。全英アルバムチャートで最も首位を獲得したソロ・アーティストでもあり、マイケル・ジャクソン、クイーン、ローリング・ストーンズらと並んでイギリスの音楽殿堂入り。
そのようにロビー・ウィリアムスはイギリスを代表する超人気ミュージシャンなのですが、恥ずかしながら、わたしはまったく知りませんでした。テイク・ザットというのも知りませんでした。1990年結成のボーイズグループだそうですが、スクリーンで見たダンスパフォーマンスはジャニーズとEXILEをミックスしたような印象を受けました。ジャニーズといえば、代表的なボーイズグループ「SMAP」が1988年結成なので、テイク・ザットとほぼ同時期。ロビーは1974年生まれですが、SMAPの中居正弘と木村拓哉は1972年生まれ。森且行と草彅剛が1974年生まれで、ロビーと同じですね。
映画「BETTER MAN/ベター・マン」の最大の問題は、主人公ロビーがサルとして描かれていることです。ロビーはステージでパフォーマンスする自分をサルに例えており、グレイシー監督はロビーを「われわれが見ているロビーの姿でなく、ロビーから見た自分自身の姿」で描きたいと明かしました。また、監督は「あるシーンにサルを登場させると、彼がなにも話していなくてもついつい引き寄せられてしまう。それは"スターであることの定義"と似ていると言える。我々はその人から目が離せなくなるのです」と語っています。ロビー自身も、「ぼくの人生は常に安全ベルトのない綱渡りのようなもの」「音楽業界というマシンに身を委ねるには、ロボットかサルになることを要求される。そして、ぼくはサルを選んだ」と語っています。彼がサルとして描かれることは必然だったわけですが、やはり最初は違和感がありました。でも、観ているうちにだんだん気にならなくなってきたから不思議ですね。
ミュージカル映画としての「BETTER MAN/ベター・マン」のハイライトは、リージェント・ストリートでロケ撮影された長尺のミュージカルシーンです。リージェント・ストリートはイギリス王室の関連資産であり、撮影許可が極めて難しいとされます。そんな道路を封鎖して、500人が行き交い歌い踊る場面は、ものすごい迫力です。スピーディなカメラワークと役者のムーブメントはまさにザッツ・エンターテインメントといった印象。しかしながら、ロビーをはじめとしたテイク・ザットのメンバーたちが通行人の物を盗ったり、道路工事の邪魔をしたり、車やバイクなどの通行を妨害したりするシーンは反社会的であり、いただけません。現在では完全にコンプライアンスに反した悪ガキ映像であり、心から楽しむことができませんでした。現在、世間を騒がせている元悪ガキといえば、元SMAPの中居正弘が思い浮かびます。いっそ、彼の姿もサルとして描いた映画を作ったら面白いかもしれませんね。
「BETTER MAN/ベター・マン」でわたしが一番好きなシーンは、船上パーティーでのミュージカルシーンです。"She's The One"というバラ―ドが歌われますが、一条真也の映画館「ラ・ラ・ランド」で紹介した2016年のミュージカル映画の大傑作に通じるロマンティックな雰囲気が良かったです。ロビーは2001年に、アカデミー賞女優のニコール・キッドマンとデュエットした「サムシン・ステューピッド 」(フランク・シナトラとナンシー・シナトラのオリジナルをカヴァーしたもの)がヒットしています。同曲が収められたアルバム『スウィング・ホエン・ユーアー・ウィニング』では1950年代・60年代のスウィング・ジャズの曲をカバーし、ジェーン・ホロックス、ルパート・エヴェレット、ジョン・ロヴィッツなどともデュエットしています。できるなら、このへんの曲も映画で流してほしかったですね。でも、映画のサウンドトラックはロビーにとって15作目の全英アルバムチャート首位に輝き、ビートルズが持つ記録と並んでいます。いやはや、「凄すぎる!」の一言であります。
「BETTER MAN/ベター・マン」は、父と子の物語でもあります。ロビーの父であるピーター・ウィルアムスは歌手志望でしたが、なかなか夢を叶えることができませんでした。彼はイギリス人のはずですが、なぜか、ディーン・マーティン、サミー・デイヴィス・Jr、フランク・シナトラといったアメリカ人歌手に憧れていました。映画では、テレビに映ったシナトラに合わせて、ピーターとロビーの父子が一緒に「マイ・ウェイ」を歌うシーンが登場します。父はいつも息子に「観客を沸かせろ」と語りかけ、それはロビーの人生に大きな影響を与えたのでした。しかし、父は息子の才能を認めず、2人の心は次第に離れていってしまいます。映画の最後に、ロビーが自身のコンサートで父をステージに招き入れ、思い出の「マイ・ウェイ」を一緒に歌います。そのシーンを観たとき、昨年亡くなったわが父を思い出して泣けてきました。ロビーは「親父が自分の原点です」と観客に言いますが、わたしもまったく同じ心境です。子どもの頃から、時には反発しながらも、わたしは「父のような男になりたい」と思ってきました。「マイ・ウェイ」の歌詞のように、父は自分の人生を生き切りましたが、わたしもそのようにありたいと願います。