No.1075
東京に来ています。
6月6日、新橋で財団の会議、銀座で出版の打ち合わせをした後、フランス映画「秋が来るとき」をTOHOシネマズシャンテで観ました。ほぼ満席でしたが、すべて高齢者でした。オール・シニア料金上映といった感じでした。第72回サン・セバスティアン映画祭で脚本賞と助演俳優賞を受賞していますが、内容はまあまあでした。
ヤフーの「解説」には、こう書かれています。
「『8人の女たち』などのフランソワ・オゾン監督が自身の少年時代の思い出に着想を得て、秘密を抱えながら人生の最後を生きる女性の姿を描いたヒューマンドラマ。田舎で一人暮らしをする80歳の主人公が娘と孫に料理を振る舞い、そのことを機にそれぞれの過去が明らかになる。主人公を『母の身終い』などのエレーヌ・ヴァンサンが演じ、ジョジアーヌ・バラスコ、リュディヴィーヌ・サニエ、ピエール・ロタンなどが共演する」
ヤフーの「あらすじ」は、以下の通りです。
「パリを離れて自然豊かなブルゴーニュで一人暮らしをしている80歳のミシェル(エレーヌ・ヴァンサン)は、娘と孫が秋の休暇を過ごすために訪れることを楽しみにしていた。しかし、ミシェルが二人のために振る舞ったきのこ料理をきっかけに、それぞれの過去が浮き彫りになる」
ブルゴーニュで一人暮らしをしている老女の物語だというので、なんとなく心ゆたかな人生を送っているのかなと思っていましたが、実際は80歳のミシェル(エレーヌ・ヴァンサン)の孤独が描かれていました。彼女にはある過去があり、それを理由に一人娘(リュディヴィ−ヌ・サニエ)から嫌われ続けています。そんなミシェルの一番の生きがいは、休暇でブルゴーニュを訪れた孫と過ごす時間でした。孫と一緒にいることは、彼女にとって生きる希望であり、さらには生きる目的だったのです。
ミシェルは、家庭菜園で採れたにんじんをスープにし、デザートは自作のケーキ、そして秋の気配が色づく森の中を親友とおしゃべりしながら散歩します。ブルゴーニュの美しい自然を背景にしたその光景はまことに穏やかです。しかし、ミシェルの採ったキノコを食べた娘が発作を起こしたことによって、ただでさえ複雑だった母娘の関係はいよいよこじれてしまうのでした。
その後、ミシェルの一人娘はアパートのベランダから転落死します。そこにはある秘密があったのですが、ミシェルは最後の人生を自分らしく生き抜くために、その秘密を守り抜くことを決心します。物語は一気にサスペンスの様相を呈していきますが、ミシェルの親友(ジョジアーヌ・バラスコ)息子役を演じたピエール・ロタンの存在感が素晴らしかったです。彼は、本作の演技でサン・セバスティアン映画祭で助演俳優賞を受賞しました。
この「秋が来るとき」という作品、ミステリー映画あるいはサスペンス映画として上映されていますが、じつはグリーフケア映画でもあります。グリーフケアには、「死別の悲嘆に寄り添う」ことと「死の不安を乗り越える」ことの2つの目的がありますが、この映画には両方が描かれています。まず、娘の死、親友の死を経験したミシェルは悲嘆に暮れますが、特に娘の死に関する秘密を守っているため、彼女は娘の幽霊をたびたび見ることになります。そして、最愛の孫が立派な青年に成長してくれたことが、ミシェル自身の死への不安の超克に繋がるのでした。
直近で観たオゾン監督の作品は、一条真也の映画館「私がやりました」で紹介した2023年のクライム・コメディでした。著名な映画プロデューサーが自宅で殺害され、新人女優・マドレーヌ(ナディア・テレスキウィッツ)が容疑者として連行されます。彼女はプロデューサーに襲われて自分の身を守るために殺害したと自供し、親友の新米弁護士・ポーリーヌ(レベッカ・マルデール)と共に法廷に立ちます。正当防衛を訴えるマドレーヌは人々の心を揺さぶる陳述を披露し、無罪を勝ち取ったばかりか、悲劇のヒロインとして一躍スターになります。そんな彼女たちの前にかつての大女優・オデット(イザベル・ユペール)が現れ、プロデューサー殺しの真犯人は自分だと主張するのでした。
わたしが一番好きなオゾン作品は、一条真也の映画館「すべてうまくいきますように」で紹介した2021年のヒューマン・ドラマです。人生を謳歌していた85歳のアンドレ(アンドレ・デュソリエ)は脳卒中で倒れて体が不自由になり、娘のエマニュエル(ソフィー・マルソー)に人生を終わらせる手助けをしてほしいと頼みます。戸惑う彼女は父の考えが変わることを期待しつつも、合法的な安楽死を支援するスイスの協会と連絡を取り合います。一方、リハビリによって順調に回復するアンドレは積極的に日々を楽しみ、生きる希望を取り戻したかのようでした。しかし、彼は自ら定めた最期の日を娘たちに告げ、娘たちは葛藤しながらも父の決断を尊重しようとするのでした。オゾン監督はいつも「老い」と「死」を描いています。この日、TOHOシネマズシャンテのスクリーン3に集った日本の老人たちは「秋が来るとき」をどのような心境で観たのでしょうか?