No.1087
猛暑の東京に来ています。6月19日は財団の打ち合わせ、映画関係の打ち合わせなどをしました。その間を縫って、アメリカ・メキシコ映画「ラ・コシーナ/厨房」をヒューマントラストシネマ有楽町で観ました。想定外の展開に唖然としました。なお本作は、今年観た100本目の映画となります。今年はかなりのハイペースですが、猛暑もあってかなり疲労しております。今後はペースを落とそうかな?
ヤフーの「解説」には、こう書かれています。
「蜷川幸雄の演出により『キッチン KITCHEN』として上演されたこともあるアーノルド・ウェスカーの戯曲『調理場』を映画化。舞台をアメリカ・ニューヨークの大型レストランに移し、大勢の移民スタッフが働く厨房で巻き起こる騒動を描く。監督・脚本は『コップ・ムービー』などのアロンソ・ルイスパラシオス。主人公を『巣窟の祭典』などのラウール・ブリオネス、彼の恋人を『ドラゴン・タトゥーの女』などのルーニー・マーラが演じる」
ヤフーの「あらすじ」は、「アメリカ・ニューヨークにある観光客向けの大型レストラン『ザ・グリル』。厨房では大勢の移民がスタッフとして慌ただしく働いていたが、あるとき売上金の盗難事件が起こり、犯人疑惑が店のスタッフ全員にかけられる。オーナーの指令で犯人捜しが始まる中、メキシコ人シェフのペドロ(ラウール・ブリオネス)をはじめスタッフたちのストレスはピークに達し、次々にトラブルが起きてキッチン内は大混乱に陥る」です。
わが社はホテルや結婚式場を経営していることもあって、わたしは、いわゆるレストラン映画の類はなるべく観ることにしています。美味しそうな料理を見るのも勉強になりますが、それ以上に調理人たちの心情に関心があります。わが社にも多くの調理人が在籍しているので、少しでも彼らの気持ちを理解したいと思っています。そんな理由で「ラ・コシーナ/厨房」を観たわけですが、メキシコ警察の腐敗にメスを入れたドキュメンタリー映画「コップ・ムービー」(2021年)などで知られるメキシコ出身のアロンソ・ルイスパラシオスが監督・脚本を手がけたこともあって、まぶしく先進的なニューヨークの街とアメリカンドリームを求めて滞在する移民たちの姿を対比させています。モノクロ映像がスタイリッシュですね。
「ラ・コシーナ/厨房」のヒロインのジュリアは、ルーニー・マーラが演じています。彼女には上品な役を演じることが多いイメージがありますが、この映画ではそうでもありません。調理人の子どもを身ごもるウェイトレスの役です。中絶するためには800ドルのお金が必要なのですが、偶然にもレストランのレジから売上金の800ドルが消えて、店では犯人捜しが始まります。そんなとき、ラウール・ブリオネスが演じるペドロが恋人であるジュリアに800ドルが入った封筒を渡すのでした。なお、ジュリアにはマックスという白人の調理人が想いを寄せており、そのせいもあってマックスはペドロを敵視します。
ペドロとジュリアが恋に落ちるシーンはなかなかロマンティックでした。店内の清掃をしているジュリアにちょっかいをかけるペドロでしたが、彼女が彼に好意を抱いていることを知ります。ペドロは店内の水槽にロブスターを入れるのですが、そのシーンが幻想的で、まるで店内が異世界に一変したようでした。ペドロは、「ロブスターはもともと貧しい人の食料だった。漁師は浮浪者にロブスターを与えたり、釣りの餌にしていたほどだ」「それを一部の金持ちが珍しがったから、高級食材に変わったのだ」「コーヒー牛乳がマキアートになったように、金持ちの気まぐれで高級料理は生まれる。もしかしたら、チキンナゲットだって高級になるかもしれない」......などなど、ペドロは雄弁を振るうのですが、ジュリアはそんな彼に心を惹かれてキスをするのでした。
さて、「ラ・コシーナ/厨房」の予告編にもタイトルが出ていましたが、ニューヨークのレストランを舞台にしたヒューマンドラマということで、2001年のアメリカ映画「ディナーラッシュ」を連想しました。冬のニューヨーク、トライベッカ。イタリアン・レストラン"ジジーノ"のオーナー、ルイは、長年のビジネスパートナー、エンリコがギャングに殺害されたことを知り気分が滅入っていました。もう1つルイを悩ませていたのは、彼の息子ウードの存在です。イタリア帰りのこのチーフ・シェフは、ルイの反対を押し切り、伝統的な家庭料理で街の人々に愛されてきたこの店を、おしゃれな人々が集うトレンディ・レストランへと変えてしまったのでした。やがて日が沈み、今日もまた厨房もフロアも様々な思惑が錯綜する<ディナーラッシュ>の時間がやって来ます。しかし、この日はいつもとどこか様子が違っていたのでした。
また、予告編には 一条真也の映画館「ボイリング・ポイント/沸騰」で紹介した2022年のイギリス映画のタイトルも出ていました。こちらの舞台はロンドンの超人気レストランですが、卓越したカメラワークが「ラ・コシーナ/厨房」と共通しています。1年で最も多忙なクリスマス前の金曜日、イギリス・ロンドンの人気レストラン。妻子と別居し疲れ果てていたオーナーシェフのアンディ(スティーヴン・グレアム)は、多くの予約によってスタッフたちが多忙を極める中、衛生管理検査で店の評価を下げられてしまうなど、次々にトラブルに見舞われます。そこへ、ライバルシェフが著名なグルメ評論家を連れて予告なしに来店し、彼に脅迫同然の取引を持ち掛けてくるのでした。
異なる国で生まれて、異なる言語を話す者同士が狭い職場に集まると、そこには差別もあり、軋轢も起きます。「ラ・コシーナ/厨房」でも、メキシコ移民たちとアメリカ人の間で対立がありました。それが最後は救いようのない事態に陥るわけですが、わたしは一条真也の映画館「イン・ザ・ハイツ」で紹介した2021年公開のミュージカル映画のことを考えました。ブロードウェイ・ミュージカルの映画化で、ニューヨークの片隅にある街、ワシントン・ハイツが舞台となっています。祖国を離れてそこに暮らす人々が、ストリートに繰り出しては歌とダンスに興じるシーンが展開されますが、明らかに民族間の悲劇的対立をミュージカル化した「ウエスト・サイド・ストーリー」へのアンチテーゼ的作品でした。「ザ・グリル」の厨房も、「イン・ザ・ハイツ」みたいな平和な世界であれば良かったのに!
映画「ラ・コシーナ/厨房」の舞台となるニューヨークの大型レストラン「ザ・グリル」の厨房で、いつも通りの忙しい朝が始まります。そんな中、前日の売上金の一部が消えたことが判明し、従業員全員に盗難の疑いがかけられます。さらにチェリーコークの機械が故障して厨房の床がコーラの池になるなど、新たなトラブルが次々と発生します。料理人やウェイトレスたちのストレスはピークを迎え、厨房はカオスと化すのでした。そこにやってきたオーナーのラシッドは激怒し、「どうして、わたしの世界を壊すんだ!」と言います。「ラ・コシーナ/厨房」の原作者であるアーノルド・ウェスカーは「シェイクスピアにとってはこの世界が舞台であったろう。しかし、私にとっては、それは調理場なのだ」と語っていますが、ラシッドにとってはレストランが世界そのものなのでした。
『最短で一流のビジネスマンになる!ドラッカー思考』
さらにラシッドは、居並ぶ従業員を前に「わたしはお前たちに仕事と給料を与えてきた。食事も与えてきた。これ以上、何を望むのだ?」と言い放ちますが、これはまったく間違っています。経営者である彼は、仕事の価値を従業員たちに与えなければなりません。拙著『最短で一流のビジネスマンになる!ドラッカー思考』(フォレスト出版)にも書きましたが、世界最高の経営学者ピーター・ドラッカーは「仕事に価値を与えよ」と力説しました。これはとりもなおさず、その仕事の持つミッションに気づかせるということです。わが社は冠婚葬祭業を営む会社ですが、わたしは、この仕事くらい社会的に価値のある仕事はないと心の底から思っています。その考えは「礼業」や「礼の社」や「文化の防人」といった言葉に集約されていますが、日々、わたしはこの仕事の価値をどうやって社員のみなさんに伝えるべきかを考え続けています。最後に、わたしは「ザ・グリル」で食事はしたくありません。調理人はビールを飲みながら料理を作っているし、従業員同士が口汚く罵り合っているために厨房が飛沫だらけだからです!