No.1149


 日本映画「ミーツ・ザ・ワールド」をローソン・ユナイテッドシネマ小倉で観ました。擬人化焼肉漫画をこよなく愛しする女性が主人公で、劇中にもとにかく焼肉を食べるシーンが次々に出てきます。鑑賞しながら、焼肉が無性に食べたくなりました。わたしの知らない世界を描いた物語でしたが、鑑賞後はとても爽やかな気分になれる傑作でした。
 
 ヤフーの「解説」には、「芥川賞作家・金原ひとみによる柴田錬三郎賞受賞作を映画化。擬人化焼肉漫画をこよなく愛しながらも将来への不安や焦りを抱える女性が、ある出会いを経て新たな世界を知る。『ちょっと思い出しただけ』などの松居大悟が監督を務め、本作の舞台である歌舞伎町で撮影を敢行。自己肯定感の低い主人公を『52ヘルツのクジラたち』などの杉咲花が演じる」と書かれています。
 
 ヤフーの「あらすじ」は、「会社員の由嘉里(杉咲花)は、擬人化焼肉漫画『ミート・イズ・マイン』をこよなく愛しながらも自分のことは好きになれずにいた。27歳になってオタク仲間たちが結婚、出産と違う世界に『離脱』していく状況に不安や焦りを感じた彼女は、婚活に乗り出す。合コンに参加するも惨敗した由嘉里は、歌舞伎町の路上で酔いつぶれていたところを美しいキャバクラ嬢・ライに助けられ、その出会いを機に新しい世界へと導かれていく」です。
 
 この映画、一条真也の映画館「愚か者の身分」で紹介した日本映画を観た後に鑑賞したのですが、両作品とも新宿の歌舞伎町が主な舞台でした。「愚か者の身分」では闇ビジネスの住人が中心でしたが、こちらはホスト、キャバ嬢、そして腐女子といった人々が登場します。両作品ともわたしの知らない世界を垣間見せてくれました。「愚か者の身分」ではアジの煮つけ、カップラーメン、菓子パン、おにぎりなどを食べるシーンがありましたが、「ミーツ・ザ・ワールド」ではとにかく焼肉を食べるシーンが多いです。また、九州ラーメンや餃子もよく食べます。「食べる」ことは「生きる」こと。両作品ともに、「生きろ」というメッセージを発しているように思えました。それにしても、今年の日本映画は「一条賞」の候補にしたくなる傑作が多すぎます!
 
「ミーツ・ザ・ワールド」の主人公は、自分を好きになれない腐女子・由嘉里。演じるのは、今や日本を代表する演技派女優となった杉咲花です。最初に彼女をスクリーンで見たのは、一条真也の映画館「湯を沸かすほどの熱い愛」で紹介した2016年の日本映画でしたが、当時19歳ながら、いじめで不登校になる女子高生を熱演しました。その後、 一条真也の映画館「市子」で紹介した2023年公開作品、一条真也の映画館「52ヘルツのクジラたち」で紹介した2024年公開作品でも主演し、圧巻の演技を見せてくれました。どちらも深い悲しみを心に抱えた女性の役でしたが、「ミーツ・ザ・ワールド」の由嘉里にも共通する部分がありました。それでも、お気に入りの焼肉擬人化アニメの話をするときに早口になるなど、能天気な腐女子っぷりも見せてくれました。そういえば、「52ヘルツのクジラたち」では主人公の貴瑚が生まれて初めて焼肉を食べ、その美味しさに驚くというシーンがありましたね。
 
 それにしても「腐女子」なんて言葉、初めて知りました。男性同士の同性愛を扱ったやおい、特にボーイズラブ(BL)などの創作物を好む女性(女子)を指す言葉だそうです。「婦女子をもじった呼称で、以前は「ヤオラー」「やおい少女[]とも呼ばれていたとか。もともとは男性同性愛の要素を含まない作品の男性(的)キャラクターを同性愛的視点で捉えてしまう自らの思考や発想を、自嘲的に「腐っているから」と称したことから生まれたといわれているようです。使われ始めた当時はへりくだったニュアンスとして、自身の特殊な趣向に対する防衛線の役割を果たしていたといいます。「ミーツ・ザ・ワールド」の主人公である由嘉里がなぜ「腐女子」と呼ばれるのか? それは、もちろん、擬人化焼肉漫画「ミート・イズ・マイン」をこよなく愛しており、現実の男性よりも漫画のキャラクターに恋しているからです。
 
 この「ミート・イズ・マイン」、YouTubeで検索したら本当に動画が出てきたので驚きました。でも、これは「ミーツ・ザ・ワールド」の映画化に合わせて作られた動画のようです。松居大悟監督は映画本編に加え、アニメーションの総監督も担い、アニメーション監督の深瀬沙哉とともに1年かけて「ミート・イズ・マイン」を制作。同時進行で漫画、同人誌といった二次創作の制作も手がけました。映画評論・情報サイト「バンガー」のインタビューで、松居監督は「中途半端に作ったら由嘉里が素敵に見えなくなってしまうため、がっつり取り組むことに迷いはありませんでしたが、3本くらい同時に映画を作っている感覚でパンクしそうでした」と明かしています。日常系なのかドタバタ系なのかといったジャンルや、アニメの世界観や全キャラの性格づけ、キャラクターデザインや制服等のビジュアルの方向性を決め、ショートアニメ3話分の脚本を作ったというから凄い!
 
 由嘉里が歌舞伎町で酔い潰れ、路上に倒れていたとき、声を掛けてくれたのがキャバクラで働くライでした。彼女は、由嘉里が「あなた、美人ね。わたしも、こんな顔に生まれたかったわ~」と言うほどの美貌の持ち主という設定でしたが、わたしにはまだ幼さが残るように見えました。ライを演じた南琴奈が現在19歳と知って納得しましたが、天下の名女優・杉咲花と競演するのですから、大したものです。彼女は2006年6月20日生まれ、埼玉県出身。小学6年生(2018年)の春休みに初めて原宿へ行き、ラフォーレ原宿の前で現事務所にスカウトされ、元々モデルの仕事に興味があったため芸能界に入ったそうです。各種のミュージック・ビデオに出演して話題となり、2026年2月20日公開予定の「夜勤事件 The Convenience Store」で深夜シフトに入る新人アルバイト・田鶴結貴乃役を演じ、映画初主演するとか。これからの活躍が楽しみです!
 
 歌舞伎町のNo.1ホスト・アサヒを演じた板垣李光人も良かったです。わたしはホストが苦手なのですが、彼が演じるアサヒは明るく、可愛げがあって、とても好感が持てました。「ウォーカープラス」の取材で、インタビュアーから「既婚者でありながらも不特定多数から愛されたいホストのアサヒを演じるにあたり、どのような役作りをされましたか?」という質問に対して、彼は「ホストという職業は未知の世界だったので、クランクイン前にホストクラブを取材する機会をいただき、そこで働いている方とお話しさせていただきました。その時に営業中の従業員の方々の様子も見せていただいたのですが、底抜けに明るく振る舞っていても、それは歌舞伎町で生きていくための仮の姿なんだろうなと感じました」と語りました。なぜそう思ったのかというと、以前、原作者の金原ひとみ氏が歌舞伎町でホストに声をかけられたことがあり、「その男性はとても寂しそうだった」とのインタビューでの発言が印象に残っていたからだそうです。
「レパード」閉店の日、西山富士雄さんと



 最後に、「ミーツ・ザ・ワールド」を観て、強く心に残ったキャラクターがいました。歌舞伎町のスナックのマスターであるオシンです。渋川清彦が演じました。オシンは男性なのですが、オネエ言葉を使います。そして、とても優しい人物です。スナックを訪れる客の悩みを聴いてあげ、目の前の人が泣いていたら黙って抱きしめてあげます。わたしは、オシンの姿を見て、なつかしい人を思い出しました。ブログ「さようなら、マスター!」で紹介した西山富士雄さんという方です。小倉の紺屋町にあったスナック「レパード」のマスターだったのですが、2017年に71歳で亡くなられました。わたしは、通夜と告別式の両方に参列した。故人は、わたしにとって、とても大切な人でした。レパードは2011年秋に閉店。わたしが東京から小倉に戻ってきた頃、初めて訪れた店でした。人生で最もヘビーだった時期に心を休めに通った「止まり木」でした。オシンの優しい姿を見て、わたしは在りし日の西山さんを思い出したのです。
「サンデー毎日」2017年4月9日号



 西山さんが亡くなったとき、わたしはブログ「死は不幸ではない」で紹介した「サンデー毎日」に書いたコラムのことを思い出しました。それは西山さんの訃報に接したときの想いを書いたコラムでしたが、西山さんは週刊誌が大好きで、生前は何誌も読んでいました。特に、「サンデー毎日」の愛読者で、わたしが同誌にコラムを連載開始したときは「天下の『サンデー毎日』に連載するなんて、たいしたもんだ!」とわざわざ電話をくれました。とても嬉しかったです。わたしは、西山さんのことを書いたコラムの最後に「マスター、あなたのことを『サンデー毎日』に書かせていただきましたよ。あの世で読んでくれますか?」と書きましたが、本当は故人が元気なうちに書いて、喜ばせてあげたかったです。そんなことを「ミーツ・ザ・ワールド」のオシンを見ながら、本当に久しぶりに思い出しました。なつかしい「レパード」のマスターがすぐ近くにいるような気がしました。やはり、「映画は、愛する人を忘れた人への贈り物」ですね。