No.1148


 10月24日、この日から公開された日本映画「愚か者の身分」をローソン・ユナイテッドシネマ小倉で観ました。北村匠海、林裕太、綾野剛の3人の競演が素晴らしい大傑作でした。その3人は第30回「釜山国際映画祭」のコンペティション部門に選出され、さらに3人揃って最優秀俳優賞に輝くという快挙を達成。永田琴監督は女性ですが、タランティーノ作品を連想させるようなバイオレンス・シーンが圧巻!

 ヤフーの「解説」には、「西尾潤の小説を原作に、貧しさから闇ビジネスに関与することになった3人の若者を描くヒューマンドラマ。闇ビジネスの世界に身を置かざるを得ない若者たちが過ごす3日間の出来事を、それぞれの視点から映し出す。メガホンを取るのは『いけいけ!バカオンナ~我が道を行け~』などの永田琴。『悪い夏』などの北村匠海、『ロストサマー』などの林裕太、『カラオケ行こ!』などの綾野剛らがキャストに名を連ねている」と書かれています。

 ヤフーの「あらすじ」は、「タクヤ(北村匠海)とマモル(林裕太)はSNSで女性に成り済まし、身寄りのない男性たちの個人情報を引き出しては戸籍を売買していた。闇ビジネスに手を染めながらも、ごく普通の若者である二人はいつも一緒にいるのだった。あるとき、自分を闇ビジネスの世界に誘った兄貴分の梶谷(綾野剛)の力を借りて、タクヤはマモルと共に闇ビジネスの世界から抜け出そうとする」です。
 
 9月26日に最終回を迎えたNHK連続テレビ小説「あんぱん」で主演した北村匠海が演じるタクヤは、先輩の梶谷(綾野剛)を慕い、後輩のマモル(林裕太)を思いやる心優しい青年ですが、闇ビジネスの世界から足を洗おうとして藻掻きます。そんな彼がとんでもない事件に巻き込まれてしまい、とんでもなく悲惨な目に遭います。それは「おいおい、NHKの朝ドラ俳優が大丈夫なのかよ?」と心配になるような凄惨なシーンの連続でした。この映画自体は「あんぱん」よりも前に撮影されていたそうですが、公開は「あんぱん」の終了後しか難しかったでしょうね。今回の演技で北村匠海は一皮も二皮も剥けて、凄い俳優になったと思います。

 そのタクヤに誘われて闇ビジネスに手を染めたマモルは、とにかくピュアで底抜けに明るい若者です。複雑な環境で親の愛情を知らずに育った少年ですが、その痛々しい過去を断片的に知るうちに、「マモルだけは幸せになってほしい」と強く思ってしまいました。また、彼が闇ビジネスの闇の深さに取り込まれていく様子を見ながら、「なんとか、この世界から抜け出てほしい」と親のような心境で見守っている自分がいました。演じた林裕太は現在24歳ですが、北村匠海と綾野剛に負けない存在感を放っているのは大したものです。ちょっと菅田将暉に顔と雰囲気が似ていますが、これからが楽しみな役者さんですね。

 タクヤを闇ビジネスの世界に誘った兄貴分の梶谷は、名優・綾野剛が演じました。これまでの彼の出演作に比べて押さえた演技という印象でしたが、半グレのリーダーとの格闘シーンはド迫力でした。一条真也の映画館「ヤクザと家族 The Family」で紹介した2021年の作品や一条真也の映画館「カラオケ行こ!」で紹介した2024年の作品で、綾野剛はヤクザを演じました。彼は黒づくめの裏社会ファッションが本当によく似合うのですが、今回はヤクザと半グレの間を行き来する運び屋的な存在でした。しかし、ヤクザを超えた「任侠」の心意気を見せてくれました。最高にカッコ良かったです!

 タクヤやマモルの闇ビジネスに加担する"パパ活女子"の女子大生・ 希沙良は山下美月が好演しました。現在、一条真也の映画館「火喰い鳥を、喰う」で紹介した日本映画が上映中ですが、ここにも山下美月は主役級のヒロインを演じています。同時期に映画館で出演した複数作品が上映されるのは売れっ子の証ですね。今や日本を代表する女性アイドルグループに成長した乃木坂46の出身者の中では、彼女は西野七瀬と並んで演技力が優れた本物の「女優」であると思います。とにかく、齋藤飛鳥から「目バキ番長」と呼ばれた目力が凄いですし、表情が豊かです。一条真也の映画館「六人の嘘つきな大学生」で紹介した2024年の出演作でもそうでしたが、彼女は"パパ活女子"のような役を演じさせたら天下一品ですね。つまり、コケティッシュな色気があるのです。
 
 この映画のテーマは「生きる」だと思います。アジの煮つけ、焼肉、カップラーメン、パフェ、おにぎり......劇中にやたらと食事のシーンが出てくるのですが、食べることは生きることですから、永田監督は食事のシーンを通じて、登場人物たちの「生」への意思を描きたかったように思いました。北村匠海、林裕太、綾野剛、山下美月の他にも、自身の戸籍を売るほどの底辺を生きる貧困者を演じた松浦祐也、タクヤやマモルに指示を出す半グレの幹部を演じた嶺豪一、妻がネグレクトで幼い娘を殺してしまったという辛い過去を持つ男性を演じた矢本悠馬、ほとんど電話の声だけで観客に「希望」を感じさせる梶谷の恋人・由衣夏を演じた木南晴夏......いずれも素晴らしい存在感でした。この映画、バイプレーヤーも素晴らしすぎる!

 映画「愚か者の身分」を観て、わたしは、クエンティン・タランティーノ監督のデビュー作「レザボア・ドッグス」(1992年)を連想しました。超弩級のバイオレンスを描いた犯罪映画であり、複数の視点から現実を再構成している点などが似ていると思いました。「レザボア・ドッグス」に登場するのは、宝石店襲撃のために集まった黒スーツの男6人。それぞれを色名で呼びあう彼らは、互いの正体を知りませんでした。やがて計画が実行に移されますが、なぜか現場に待ち構えていた警官らとの銃撃戦になります。間一髪で逃げ延びて集合場所に顔を揃えた男たちは、裏切り者がその中にいると考えて疑心暗鬼に陥るのでした。続く、タランティーノの第2作「パルプ・フィクション」(1994年)にも「愚か者の身分」を思わせる描写があり、おそらく永田監督はタランティーノ作品の影響を受けているのでは?

 PCに詐欺メールが送られてくるたびに、「どういう連中が送ってくるのだろう?」と思うのですが、この映画では詐欺メールどころではないさまざまな闇ビジネスが登場します。その最たるものは臓器売買でしょうが、映画の冒頭には「戸籍売買」が何度も出てきました。インターネットのとある掲示板では、「戸籍売ります。買ってくださる方、メールください」と、あたかも中古車や家具を譲り合うような調子で、戸籍売買のやりとりが交わされています。困窮の果てに戸籍を売ることになったある登場人物は「戸籍を売れば、別の人間になれますか? 違う人生が送れますか?」とタクヤに質問しますが、そうは問屋が卸しません。戸籍を売れば、そこからは地獄が待っています。久々に「この世の地獄」を見せてくれた映画「愚か者の身分」でしたが、ラストがこの上なくハートフルだったのがせめてもの救いでした。これ以上はネタバレになるので書けません。気になる方は、どうぞ、劇場でご鑑賞下さい。いろんな意味で大傑作です!