No.1142


 10月11日の朝、次回作『本の読み方』『映画の観方』(ともにオリーブの木)の打ち合わせをしてから、北九州に戻りました。10日の夜、一条真也の映画館「グランドツアー」で紹介した映画をTOHOシネマズシャンテで観た後、そのまま同劇場で日本・フランス・シンガポール合作映画「SPIRIT WORLD スピリットワールド」を鑑賞。想像していた以上にわたし向きの内容で驚きました。まさに「リメンバー・フェス」の世界が描かれていました。
 
 ヤフーの「解説」には、こう書かれています。
「コンサートで訪れた日本で亡くなり、魂としてさまようフランス人歌手を描くヒューマンドラマ。異国の地で魂となった女性が、彼女と同じようにさまようある男性と出会い、生前はお互い疎遠だった彼の息子を見守る旅に出る。メガホンを取るのは『家族のレシピ』などのエリック・クー。『ベルナデット 最強のファーストレディ』などのカトリーヌ・ドヌーヴ、『雪風 YUKIKAZE』などの竹野内豊のほか、堺正章、風吹ジュンらが出演している」
 
 ヤフーの「あらすじ」は、「父親のユウゾウ(堺正章)が亡くなったため、ハヤト(竹野内豊)は群馬県高崎市を訪れる。そこで彼は離婚した母親に思い出のサーフボードを届けてもらいたいというユウゾウの遺言とともに、フランス人歌手であるクレア(カトリーヌ・ドヌーヴ)のコンサートチケットを見つける。しかしその翌日、ハヤトはクレアが急逝したことを知る」となっています。
 
 いやあ、この映画、本当に驚きました。なんといっても、フランスの大女優カトリーヌ・ドヌーヴが出演しているのですから。群馬県高崎市や千葉県いすみ市で撮影が行われたそうですが、それらの土地の光景にカトリーヌ・ドヌーヴが溶け込んでいるシュールさ! これは、たまらなかったですね。彼女は1943年10月22日生まれなので現在81歳で、その容姿はまだまだ衰えを見せていません。60代いや50代でも通るのではないでしょうか。じつは、ヒューマントラストシネマ有楽町では「ミシェル・ルグラン 世界を変えた映画音楽家」という作品が上映されていますが、そこには「シェルブールの雨傘」(1964年)でデビューした20歳のドヌーヴが登場します。
 
 なんと、同時期に東京の映画館でカトリーヌ・ドヌーヴの20代と80代の姿が同時に拝めるという珍現象が発生しているのです。これは、かなり凄いことではないでしょうか。「シェルブールの雨傘」は、ジャック・ドゥミが脚本・監督したフランス・西ドイツ合作のミュージカル映画です。第17回カンヌ国際映画祭でグランプリを受賞しました。全編音楽のみで他の台詞が一切ないミュージカルであり、映画としては画期的な形式でした。ミシェル・ルグランによる音楽が大評判となり、特に主題曲は世界中で大ヒットした。のちに舞台化もされ、世界各国で上演されています。 ドヌーヴの出世作となった作品ですが、出演者は歌の素人のため、すべて歌手による吹き替えでした。
 
 この映画で驚いたことは他にもあります。内容がガチの心霊映画だったことです。「SPIRIT WORLD スピリットワールド」というタイトルそのものの内容でしたが、特に人間が死んだ後にどうなるかという点を描いており、まるで「丹波哲郎の大霊界 死んだらどうなる」(1989年)のようでした。わたしとも交流がありましたが、心霊学と霊界の研究家としても知られた俳優の丹波哲郎さんのベストセラー『丹波哲郎の大霊界』の映画化作品です。学会へ出席する途中に事故に遭い死亡した物理学者の曽我隆(丹波義隆)が、霊人キヨ(岡安久美子)に導かれて霊界へ行き、様々な冒険を繰り広げながら、人間界へ転生するチャンスを探る物語です。丹波さんは原作・脚本・総監督を兼任。後に舞台化もされました。

 カトリーヌ・ドヌーヴが演じるクレアとともに魂の旅に出るユウゾウを演じた堺正章も良かったです。ザ・スパイダースで人気絶頂だったことの彼は多くの映画に出演していますが、本作は久しぶりの出演ではないでしょうか。それが死ぬ直前と死んだ直後の人物を見事に演じ切っていました。劇中でも彼は若い頃に人気バンドのメンバーという設定でしたが、バンドのボーカルで妻でもあったメイコに会いに行きます。このメイコは風吹ジュンが演じているのですが、これがまた良かったです。 一条真也の映画館「沈黙の艦隊 北極海大海戦」で紹介した日本映画で大物女性政治家を貫禄たっぷりに演じたときの迫力とはまた違った名演技でした。女優って、本当に凄いですね!
 
 そして、ユウゾウとメイコの間に生まれた一人息子であるハヤトを演じた竹野内豊も素晴らしい存在感を示していました。この映画では、ハヤトはアニメ映画を2本作った監督ということになっています。しかし、アルコールに依存し、周囲から期待されながらも新作が作れない状況にありました。父・ユウゾウの死をきっかけに群馬県高崎市を訪れたハヤトは、離婚した母に思い出のサーフボードを届けてほしいという父からの遺言と、フランス人歌手・クレアのコンサートチケットを見つけます。彼は父ユウゾウが大ファンだったクレアのコンサートを訪れます。高齢とは思えない彼女の歌声に感動するハヤトの横には透明人間になったユウゾウの微笑む姿がありました。
 
 クレアのラスト・コンサートを一緒に聴く父子。生きているハヤトと死んでいるユウゾウのツーショットをスクリーンで見ながら、わたしは昨年亡くなった父のことを考えました。そして、通夜でも葬儀でもお別れの会でも、父は挨拶をするわたしの隣で見守っていてくれたのではないかと思いました。映画の中には、亡くなったユウゾウがある曲を思いついて、それを寝ているハヤトに聴かせる場面があります。翌朝目覚めたハヤトはその曲を知らないうちに口ずさむのですが、突然思いついたアイデアというのは、亡くなった親や先祖からのプレゼントなのかもしれません。それは拙著『愛する人を亡くした人へ』(現代書林・PHP文庫)にも書きましたが、ドイツの神秘哲学者ルドルフ・シュタイナーが生前に唱えていたことでもあります。
 
 この映画では、日本のお盆について詳しく説明されます。それも、マチャアキがカトリーヌ・ドヌーヴにお盆について説明し、ドヌーヴは「まあ、なんて素敵な慣習なのかしら!」と言うのですから、ビックリです。お盆は、日本の代表的な先祖供養の文化です。なぜ先祖を供養するのかというと、もともと2つの相反する感情からはじまったと思われます。1つは死者の霊魂に対する畏怖の念であり、もう1つは死者に対する追慕の情。やがて2つの感情が1つにまとまっていきます。死者の霊魂は死後一定の期間を経過すると、この世におけるケガレが浄化され、「カミ」や「ホトケ」となって子孫を守ってくれる祖霊という存在になります。かくて日本人の歴史の中で、神道の「先祖祭り」は仏教の「お盆」へと継承されました。そこで、生きている自分たちを守ってくれる先祖を供養することは、感謝や報恩の表現と理解されてくるわけです。

 お盆といえば、「盆踊り」の存在を忘れることはできません。日本の夏の風物詩ですが、もともとはお盆の行事の1つとして、ご先祖さまをお迎えするためにはじまったものです。今ではご先祖さまを意識できる楽しい行事となっています。昔は、旧暦の7月15日に初盆の供養を目的に、地域によっては催されていました。盆踊りというものは、生者が踊っている中で、目には見えないけれども死者も一緒に踊っているという考え方もあるようです。照明のない昔は、盆踊りはいつも満月の夜に開かれたといいます。太鼓と「口説き」と呼ばれる唄に合わせて踊るもので、やぐらを中央に据えて、その周りをみんなが踊ります。地域によっては、初盆の家を回って踊るところもありました。太鼓とは死者を楽しませるものでした。わたしの出身地である北九州市小倉では祇園太鼓が夏祭りとして有名ですが、もともと先祖の霊をもてなすためのものです。
 
 さらに、夏の風物詩といえば、大人気なのが花火大会です。そのいわれをご存知でしょうか? たとえば隅田川の花火大会。じつは死者の慰霊と悪霊退散を祈ったものでした。時の将軍吉宗は、1733年、隅田川の水神祭りを催し、そのとき大花火を披露したのだとか。当時、江戸ではコレラが流行、しかも異常気象で全国的に飢饉もあり、多数の死者も出たからです。花火は、死者の御霊を慰めるという意味があったのです。 ゆえに、花火大会は、先祖の供養という意味もあり、お盆の時期に行われるわけです。大輪の花火を見ながら、先祖を懐かしみ、あの世での幸せを祈る。日本人の先祖を愛しむ心は、こんなところにも表れています。つまり、太鼓も花火も死者のためのエンターテインメントだったわけです。映画「SPIRIT WORLD スピリットワールド」にも美しい花火のシーンがありました。ハヤトが花火を見上げながら、父を想っていましたね。
 
 アフリカのある部族では、死者を二通りに分ける風習があるそうです。人が死んでも、生前について知る人が生きているうちは、死んだことにはなりません。生き残った者が心の中に呼び起こすことができるからです。しかし、記憶する人が死に絶えてしまったとき、死者は本当の死者になってしまうというのです。誰からも忘れ去られたとき、死者はもう一度死ぬのです。一条真也の映画館「リメンバー・ミー」で紹介したディズニー&ピクサーの2017年の名作アニメ映画の中でも、同じメッセージが訴えらえました。死者の国では死んでもその人のことを忘れない限り、その人は死者の国で生き続けられますが、誰からも忘れられてしまって繋がりを失ってしまうと、その人は本当の意味で存在することができなくなってしまうというのです。
 
 わたしたちは、死者を忘れてはいけません。それは死者へのコンパッションのためだけではなく、わたしたち生者のウェルビーイングのためでもあります。お盆とは、都会に住んでいる人が故郷に帰省して亡き祖父母や両親と会い、久しぶりに実家の家族と語り合うイベントでもあります。それは、あの世とこの世の誰もが参加できる祭りなのです。日本には「お盆」、海外には「死者の日」など先祖や亡き人を想い、供養する習慣がありますが、国や人種や宗教や老若男女...何ものにもとらわれない人類共通の言葉として、「リメンバー・フェス」を提案します。将来、ニュースなどで「今日は世界共通のリメンバー・フェスの日です」などと報道される日を夢見ています。最後に、「SPIRIT WORLD スピリットワールド」の中で霊となったクレアが海辺で彷徨う青年の霊をケアする場面が印象的でした。その青年を演じていたのは齋藤工です!
リメンバー・フェス』(オリーブの木)