No.1155
11月7日、一条真也の映画館「ヒポクラテスの盲点」で紹介した日本のドキュメンタリー映画を観た後、日本のドラマ映画「旅と日々」をTOHOシネマズシャンテで観ました。公開前夜の舞台挨拶付です。第78回ロカルノ国際映画祭で金豹賞(グランプリ)を受賞した作品ですが、しみじみと面白かったです。
ヤフーの「解説」には、こう書かれています。 「つげ義春のコミック『海辺の叙景』『ほんやら洞のべんさん』を原作にしたドラマ。旅先である宿に泊まった脚本家が、宿主の男性との出会いをきっかけに人生を見つめ直す。監督は『夜明けのすべて』などの三宅唱。『ブルーアワーにぶっ飛ばす』などのシム・ウンギョン、『木の上の軍隊』などの堤真一らが出演する」
ヤフーの「あらすじ」は、以下の通りです。
「旅に出た脚本家の李(シム・ウンギョン)は、ある宿に泊まり、そこで宿主のべん造(堤真一)と出会う。ぶっきらぼうなべん造が営む宿は、雪の重みによってすぐにでも落ちそうな屋根で、暖房や食事もなく、布団も自分で敷くのだった。ある晩、李はべん造から呼び出され、雪原に向かう」
原作者・つげ義春は、昭和12年生まれの漫画家・随筆家です。幻想性、叙情性の強い作品のほか、テーマを日常や夢に置きリアリズムにこだわった作風を特徴とし、旅をテーマにした作品も多いです。伝説の劇画誌「ガロ」を通じて全共闘世代の大学生を始めとする若い読者を獲得。1970年代前半には「ねじ式」「ゲンセンカン主人」などのシュールな作風の作品が高い評価を得て、熱狂的なファンを獲得。漫画界以外にも美術・文学界からも評価され、作品を読み解く試みを誘発し、漫画評論の発展にも影響を与えています。
つげ義春の漫画はこれまでに何度か映像化されています。1976年にNHKで「紅い花」が、1998年にテレビ東京で「つげ義春ワールド」が全12回でドラマ化された他、1991年には竹中直人の初監督作品として「無能の人」が映画化されています。第34回ブルーリボン賞主演男優賞(竹中直人)、1991年ヴェネツィア国際映画祭の国際批評家連盟賞を受賞しています。多摩川で拾った石を売る助川助三(竹中直人)。かつては漫画家として名をなしたこともありましたが、時流に乗り遅れ、数々の商売に失敗した結果、思いついたのが元手のかからない石を売るという商売でした。
1993年には、「無能の人」で話題を呼んだつげ義春の「李さん一家」「紅い花」「ゲンセンカン主人」「池袋百点会」という著名な短編4本を原作に映画化した映画「ゲンセンカン主人」が公開されました。つげ自身も家族ともども映画のラストに登場しオマージュを捧げられています。監督・脚本は「暴力戦士」(1979年)以来14年ぶりの劇場映画となる石井輝男。つげをモデルにした主人公の漫画家・津部を佐野史郎が演じています。売れない漫画家の淡々と過ごす日常の中で出会う奇妙な出来事を、4つのエピソードを織り混ぜて描くドラマとなっています。
1998年には、つげの代表作「ねじ式」がついに映画化。監督は「ゲンセンカン主人」に続いて石井輝男。売れない貸本漫画家のツベ(浅野忠信)は、どん底生活の果てに遂に内縁の妻の国子(藤谷美紀)と離れて暮らすことになります。国子は世田谷にある会社の寮の賄婦として住み込みで働くようになり、ツベは知り合いの木本(金山一彦)のアパートに転がり込みます。ところが、ツベは国子が浮気をしているのではないかと心配でなりません。そんなある日、彼は国子が別の男の子供をはらんでいることを聞かされ、ショックで自殺を図ります。木本のお陰で一命を取りとめたツベは、その後、放浪の生活と妄想に浸る日々を送るのでした。
2003年には、つげ義春のロングセラー・エッセイ『蒸発旅日記』が映画化。監督は、寺山修司のスタッフとして活躍し、10年ぶりにメガホンを取った山田勇男。美術は日本映画界の重鎮・木村威夫。日々の暮らしに行き詰まりを感じた主人公漫画家の津部(銀座吟八)は、ありったけの金と時刻表だけを持って、顔も知らない、まだ会ったこともない女性・静子(秋桜子)のもとへと旅立ちました。津部は自分の作品の愛読者だという彼女と結婚できさえすれば、今とはまったく違う生活が得られると思っていたのでした。
2004年には、顔見知り程度でしかなかったふたりの青年が織り成す、おかしくせつない旅を描いたオフビート・コメディ「リアリズムの宿」が公開されました。監督は山下敦弘。つげ義春による「会津の釣り宿」と「リアリズムの宿」という2編の漫画を、向井康介と山下監督が共同で脚色しました。駆け出しの脚本家・坪井(長塚圭史)と、同じく駆け出しの映画監督・木下(山本浩司)は、顔見知りではあるが友だちではない微妙な間柄でした。旅行を計画した共通の友人・船木が遅刻した為、仕方なく2人で温泉街を旅することになった彼らでしたが、あてをつけていた旅館は潰れているは、新たに見つけた宿では風変わりな外国人主人に金や酒をふんだくられるは......散々でした。
「リアリズムの宿」からじつに20年ぶりに映画化されたのが、2024年の「雨の中の慾情」です。つげ義春の短編コミックをベースにしたラブストーリーです。貧しい町・北町に住む売れない漫画家の義男(成田凌)は、アパートの大家・尾弥次(竹中直人)から自称小説家の伊守(森田剛)と共に引越しの手伝いを頼まれ、そこで福子(中村映里子)に出会う。義男は離婚したばかりの福子に魅了されるが、彼女には恋人がいる様子だった。やがて義男は伊守が企画する北町のPR誌を手伝うようになるが、彼の家に福子と伊守が転がり込んでくるのでした。
そして、本作「旅と日々」です。原作の「海辺の情景」も「ほんやら洞のべんさん」も好きな作品ですが、映画化としてはちょっとイマイチな感じがしました。主演のシム・ウンギョンが演じた脚本家の役はもともと男性でした。それを女性に変える必然性がまったく理解できませんし、仕切りもない同じ空間で宿屋の親父と女性客が一緒に寝るという設定にはリアリティがありません。ただし、宿主のべん造を演じた堤真一は良かったです。彼は1964年生まれの61歳で、わたしより1歳下ですが、演技力はピカイチですね。一条真也の映画館「アフター・ザ・クエイク」で紹介した村上春樹原作の映画に続いての枯れた初老の男の役でしたが、しみじみとした味がありました。日本映画界を代表する名優ですね。
「旅と日々」は夏編と冬編の二部構成になっているのですが、夏編に日本アカデミー賞最優秀主演女優の河合優実が登場しています。ただ、本当に地味というか、個性も何もない役で、ちょっと彼女を使うのは「もったいない」と思いました。やはり、河合優実といえば、一条真也の映画館「あんのこと」、「ナミビアの砂漠」で紹介した映画での熱演が記憶に残っています。彼女はずばりクセの強い役が似合うのですが、本作「旅と日々」ではクセのない役なので「宝の持ち腐れではないか」と思いました。ちなみに、10月22日にTOHOシネマズ六本木で行われた舞台挨拶では河合優実が黒のドレス姿で登壇しましたが、7日のTOHOシネマズシャンテでの舞台挨拶には姿を見せず。今を時めく彼女のトークを間近で聴きたかったのに残念でした。
TOHOシネマズシャンテにて
舞台挨拶でのフォトセッション


