No.1157
11月7日の夜、一条真也の映画館「モンテ・クリスト伯」で紹介したフランス・ベルギー映画を観た後、日比谷から有楽町に移動。アイルランド・アメリカ・ベルギー映画「ボンヘッファー ヒトラーを暗殺しようとした牧師」をヒューマントラスト有楽町で観ました。本作は、今年観た170本目の映画です。
ヤフーの「解説」には、こう書かれています。
「ナチスに反抗した実在のドイツ人牧師ディートリヒ・ボンヘッファーの半生にフォーカスしたドラマ。ユダヤ人迫害や聖職者のアドルフ・ヒトラーへの崇拝を危惧したボンヘッファーがスパイになって「ヒトラー暗殺計画」に加わる。メガホンを取るのは『戦場のレジスタンス』などのトッド・コマーニキ。『屋根裏の殺人鬼 フリッツ・ホンカ』などのヨナス・ダスラー、『復讐者たち』などのアウグスト・ディールのほか、デヴィッド・ジョンソン、モーリッツ・ブライブトロイらが出演する」
ヤフーの「あらすじ」は、以下の通りです。
「第2次世界大戦下のドイツ。牧師のボンヘッファー(ヨナス・ダスラー)は、ユダヤ人迫害を推し進めるアドルフ・ヒトラー率いるナチス政権に怒りを覚え、聖職者にもヒトラーを崇拝する人が現れていることに危機感を抱く。宗教にまで影響をおよぼすヒトラーを全人類の脅威と見なしたボンヘッファーは、ドイツの教会を守るために反ヒトラー勢力に加わる。スパイとして活動するボンヘッファーは、やがて『ヒトラー暗殺計画』に加担する」
アドルフ・ヒトラーは幼少期にキリスト教に触れ、聖職者になることを夢見た時期もあったそうです。でも、これは信仰心よりも儀式や建物への憧れが強かったようです。実際、ナチスの儀式や建物、そしてデザインは明らかにカトリックの影響を受けています。ナチスは、初期にはキリスト教の教義を自らのイデオロギーに取り込もうとし、一部の信条を「積極的キリスト教」として掲げましたが、これはナチスの人種主義と結びついたものでした。
ナチスはユダヤ人を迫害しましたが、そもそもキリスト教の開祖であるイエスはユダヤ人として生まれ、ユダヤ人のメシア(救世主)であると信じられていました。イエスはユダヤ教の律法に従い、シナゴーグ(会堂)に通い、ユダヤ教の祭りに参加するなど、ユダヤ人としての生活を送っていました。イエスの教えや生涯を記した新約聖書の最初の節では、イエスがアブラハムとダビデの子孫だと記されています。
『ユダヤ教vsキリスト教vsイスラム教』
拙著『ユダヤ教vsキリスト教vsイスラム教』(だいわ文庫)に書いたように、イエスは、ユダヤ教徒が待ち望んでいたメシア(救世主)として、神の愛と隣人愛を説きました。イエスはユダヤ教を批判的な形で継承し、神の国がすでにこの世に実現されつつあると教えました。イエスの死後、弟子たちはイエスを「キリスト」とみなし、彼らの信仰と宣教の対象として原始キリスト教が成立したのです。ちなみに、『旧約聖書』はユダヤ教、キリスト教の共通聖典です。
ナチスは、ユダヤ人の迫害(ホロコースト)と並行して、ドイツ国内のキリスト教に対しても弾圧を行いました。ナチスが掲げる人種主義や国家への絶対的な忠誠と、キリスト教の教義が対立したからです。ナチスは、国家のイデオロギーに沿わない教会やキリスト教徒を抑圧し、宗教団体を国家統制下に置きました。ナチスに批判的な聖職者を投獄したり、教会関係者の行動を監視したりしました。これに対し、ディートリヒ・ボンヘッファー牧師のように、ナチスに抵抗する活動に身を投じたキリスト教徒も存在したのです。
トッド・コマーニキ監督が「キリスト新聞」の取材を受けているのですが、「聖書の十戒に『殺してはならない』とあるように、牧師が殺人計画へ参与することは深刻な存在論的矛盾と言えるほどに困難な問題が伴うように感じます」というインタビュアーの発言に対して、監督は「まさしくその点こそ、ボンヘッファーが死の刻まで抱えた問いであったはずです。これについて友人との会話が遺されていますが、ボンヘッファーはそこで、『ヒトラー暗殺、神はこれをすることを罪とみなすだろうか。あるいは、これをせざることを罪とみなすだろうか』と問うているのです」と答えています。
ディートリヒ・ボンヘッファー(1906年~1945年は、ドイツの古プロイセン合同福音主義教会(ルター派)の牧師でした。20世紀を代表するキリスト教神学者の一人とされています。反ナチ主義者として知られた彼は、第二次世界大戦中にヒトラー暗殺計画に加担し、別件で逮捕された後、極めて限定された条件の中で著述を続けました。その後、暗殺計画は挫折。ドイツ降伏直前にフロッセンビュルク強制収容所で処刑。ベルリン州立図書館の一階には、絞首台のロープが首にかけられたボンヘッファーを描いた大理石の胸像が展示されています。
それにしても、ナチスを題材とした映画の数の多さには驚きます。一条真也の読書館『ナチス映画史』で紹介した馬庭教二氏の著書によれば、近年、ヒトラーやナチスを題材とする映画が多数製作、公開されています。2015年から2021年の7年間に日本で劇場公開された外国映画のうち、ヒトラー、ナチスを直接的テーマとするものや、第2次大戦欧州戦線、戦後東西ドイツ等を題材にした作品は筆者がざっと数えただけで70本ほどありました。この間毎年10本、ほぼ月に1本のペースでこうした映画が封切られていたことになるわけで、異常なまでの数の多さです。さすがにネタ切れになってきたため、新手のネタとして一条真也の映画館「関心領域」で紹介したアメリカ・イギリス・ポーランド映画や 一条真也の映画館「ステラ ヒトラーにユダヤ人同胞を売った女」で紹介したイギリス・オーストリア・ドイツ・スイス合作映画、そして本作「ボンヘッファー ヒトラーを暗殺しようとした牧師」のような作品が生まれたという見方もできます。これからもナチスやヒトラーを描いた映画は続々と作られ、公開されるでしょう。


