No.1159
遅ればせながら、「劇場版『チェンソーマン レゼ篇』」をローソン・ユナイテッドシネマ小倉で観ました。その大ヒットぶりはもちろん知っていましたが、さまざまな理由から、あえて観てこなかった作品です。でも、今回ある事情から鑑賞したところ、ものすごい大傑作でした。いろんな意味で「令和のアニメ、凄い!」と思いました。
ヤフーの「解説」には、こう書かれています。
「悪魔の心臓を持ちながらデビルハンターとして活躍する少年の姿を描いた、藤本タツキのコミックを原作とするアニメの劇場版。主人公の少年・デンジが、カフェで働く謎めいた少女レゼと出会う。監督をアニメシリーズ『モンスター娘のいる日常』などの吉原達矢、制作をMAPPAが担当。ボイスキャストに戸谷菊之介、井澤詩織、楠木ともり、坂田将吾、ファイルーズあいなどが名を連ねる」
「MAPPA CHANEL」の「STORY」には、「 悪魔の心臓を持つ『チェンソーマン』となり、公安対魔特異4課に所属するデビルハンターの少年・デンジ(戸谷菊之介)。憧れのマキマ(楠木ともり)とのデートで浮かれている中、急な雨に見舞われ、雨宿りしていると偶然"レゼ"(上田麗奈)という少女と出会った。近所のカフェで働いているという彼女はデンジに優しく微笑み、二人は急速に親密に。この出会いを境に、デンジの日常は変わり始めていく......」と書かれています。
原作は、藤本タツキによる日本の漫画『チェンソーマン』です。「週刊少年ジャンプ」(集英社)において第一部「公安編」が2019年1号から2021年2号まで連載され、第二部「学園編」は「少年ジャンプ+」(同社)において2022年7月13日から連載中。2025年10月時点でシリーズ累計発行部数は3100万部を突破しています。「チェンソーの悪魔」の力を手に入れた少年・デンジの活躍を描くアクション漫画です。主人公であるデンジは一般的な少年漫画に登場する王道のヒーロー像とは異なる「ダークヒーロー」となっており、凶暴かつ過激な演出や、衝撃的な展開が特徴だそうです。ちなみに11月14日の時点で、わたしは原作をまったく読んでおりません。
『チェンソーマン』は、2022年にテレビアニメ化されました。2022年10月から12月までテレビ東京系列ほかにて放送されました。製作委員会方式ではなく、制作会社のMAPPAが全額出資する形で製作されました。アニメーションプロデューサーを務めるMAPPAの瀬下恵介は、このような体制を取った理由について、「『チェンソーマン』をよりよい形で映像化したい」という前提の下でどのようなスタッフィングがよいか話し合った結果、複数の会社の幹部が集まって様々な思想が錯綜する製作委員会方式よりも、自社ですべて制作費を出した方が、表現面においてもビジネス面においても自由度が高いと判断したと語っています。
オリコンニュースより
そのテレビアニメの続編として、「劇場版『チェンソーマン レゼ篇』」が東宝の配給で今年9月19日に公開。全国421館で公開され、公開初日は観客動員数27.2万人、興行収入4.2億円を突破。11月10日、同作の興収情報が発表され、公開52日間で観客動員数543万人、興収83.1億円を突破したことがわかりました。歴代興収ランキングでは、ブログ「シン・ゴジラ」で紹介した2016年のSF怪獣映画を抜き81位にランクインしています。公開初日の段階で配給の東宝は最終興収50億円を狙える好スタートと説明していましたが、その想定記録となる大台興収50億円を公開1ヶ月も待たずに突破する大ヒットとなっています。配給の東宝は「その勢いはまだまだ止まりません!! さらに、韓国やアメリカなど100以上の国と地域で大変な盛り上がりを見せております!!」と反響に驚いています。
「鬼滅の刃」に続いて「チェンソーマン」の劇場版アニメも世界中で旋風を巻き越しているのです。わたしは「劇場版『チェンソーマン レゼ篇』」を公開から55日も経過して鑑賞したわけですが、「今さら!」と言われることは覚悟しています。なぜ、この映画を観るのが送れたかというと、 一条真也の映画館「劇場版『鬼滅の刃』無限城編 第一章 猗窩座再来」で紹介したアニメ映画の大傑作を観た感動から『「鬼滅の刃」と日本人』(産経新聞出版)という次回作を書いていた最中であり、他のアニメ作品を観ると「鬼滅」への集中力が削がれることを恐れたためです。また、「鬼滅」は原作漫画やアニメ作品もすべて予習してから劇場版に臨みましたが、「チェンソーマン」の場合は漫画とアニメを予習する時間が取れなかったからです。予習なしで劇場版をいきなり観ることにためらいがありました。
しかし、わたしは思い出したのです。2021年1月に『「鬼滅の刃」に学ぶ』(現代書林)を上梓したのですが、そのときも一条真也の映画館「劇場版『鬼滅の刃』無限列車編」で紹介した大ヒット映画を観る気がなかったことを。「鬼滅の刃」のように、あまりにも流行になったものはスルーしたいと思っていたのですが、プレジデント・オンラインで桶谷功氏(インサイト代表)が「これだけヒットしているのなら、一度は見ておかねばなりません。家族とは都合が合わなかったので、オジサン一人で映画館に行ってきました。ちなみに、このようにブームを巻き起こしているものがあったら、たとえ自分の趣味ではなかろうが、軽薄なはやりもの好きと思われようが、必ず一度は見ておくべきです。社会現象にまでなるものには、どこか優れたものがあるし、『時代の気分』に応えている何かがある。それが何なのかを考えるための練習材料に最適なのです」と述べていますが、わたしは「その通りだな」と思いました。そのときの考えを「劇場版『チェンソーマン レゼ篇』」でも応用した次第です。
今年の7月18日に公開された「劇場版『鬼滅の刃』無限城編 第一章 猗窩座再来」ですが、現在、世界中で空前の大旋風を起こしています。11月11日の発表では、公開115日間で興収377億円を突破しました。公開3日間で興収55.2億円を突破し、日本で公開された映画史上でオープニング成績、初日成績、単日成績という3つの記録を更新しています。国内歴代1位となる興収407.5億円を突破した前作『劇場版「鬼滅の刃」無限列車編』(2020年10月公開)の記録更新が見えてきました。わたしは7月から1週間後に鑑賞しましたが、非常に感動し、「これは世界のアニメ史上の再校傑作だ!」とまで思いました。わたしは年末の「一条賞」という映画賞を選んでいるのですが、その中には「最優秀アニメ映画賞」もあります。このままでは確実に「劇場版『鬼滅の刃』無限城編 第一章 猗窩座再来」が選出されますが、ふと「『鬼滅』の次にヒットしている『チェンソーマン』の劇場版も観ておかないとフェアでないな」と思い立ち、ようやく鑑賞した次第です。
というわけで、何の予習もせずにいきなり観た「劇場版『チェンソーマン レゼ篇』」ですが、とても面白かったです。もちろん、よくわからない設定などは多々ありました。わが師である宗教学者の島薗進先生も何の予習もせずに「劇場版『鬼滅の刃』無限列車編」を鑑賞されたそうですが、感動のあまり涙を流されたそうです。それと同じく、細かい点はともかく、わたしは「チェンソーマン」の世界観に思いきり浸ることができました。無知のまま鑑賞したことによって、「あっ、これは〇〇に似ている!」と感じたこともありました。ビギナーの特権としての直観のようなものですが、まず映画の冒頭に、頭に角を生やした可愛い女の子が登場します。「パワー早川」という悪魔らしいのですが、みんなからは「パワちゃん」と呼ばれています。このパワちゃんの姿が、高橋留美子の『うる星やつら』(1978年~1987年)の宇宙人美少女・ラムちゃんを連想させました。
それから「チェンソーマン」の世界観そのもの、思春期の少年が悪魔と闘っていくという設定は、やはり永井豪の『デビルマン』(1972年~1973年)の影響を強く感じますね。悪魔(デーモン族)の力を手に入れ「デビルマン」となった主人公「不動明」が、地上侵略を目論むデーモン軍団と熾烈な戦いを繰り広げる物語です。その強烈なストーリーにより多くのフォロワーを生み出し、天使と悪魔との戦いという黙示録的テーマは日本の漫画・アニメでも多数作られました。永井豪の打ち切り漫画『魔王ダンテ』を気に入った東映が、悪魔を主人公にしたヒーローものを多媒体で展開したいと考え、漫画とアニメが同時進行で制作されました。原作は「週刊少年マガジン」に全53話で連載されましたが、同時期にNETテレビ(テレビ朝日)でテレビアニメ版で脚本担当の辻真先がオリジナルストーリーを構成。ただし、漫画版とテレビアニメ版は作品の性質が正反対でした。テレビアニメ版がその特異な設定を活かしつつもあくまで子供向けの勧善懲悪路線を貫いたのに対し、漫画版は黙示録をモチーフにした、極めてヘビーでハードな内容になっています。
不動明はデビルマンに変身し、デンジはチェンソーマンに変身します。デビルマンの姿は悪魔そのものですが、チェンソーマンはチェンソーという電動ノコギリの化身です。本来チェンソーは木の伐採などに使われる工具ですが、ホラー映画では殺人鬼が使う凶器としても知られ、作者の藤本タツキは公式インタビューで、ホラー映画「悪魔のいけにえ」から最も影響を受けたと告白しています。1976年のアメリカ映画である「悪魔のいけにえ」は、旅行中の若者たちがテキサスの片田舎でふと立ち寄った一軒屋で殺人鬼一家に出会う物語です。実際に起きた事件を基に、これが商業映画デビューとなったトビー・フーパー監督が、アングラ的な中にエキサイティングな演出を見せて観る者を圧倒させさせます。レザーフェイスと呼ばれる、人の顔の皮を被って電動ノコギリをふりかざす大男の存在感と、狂気に溢れたショッキングな幕切れに、以降のホラーに多大な影響を与えました。ちなみに「チェンソーマン」において「恐怖」は重要な要素となっており、ホラー映画のパロディやオマージュも多く取り入れられているそうです。
「劇場版『チェンソーマン レゼ篇』」では、前半と後半が違う作品みたいでした。トーンもテンポもまったく異なり、ジャンル自体が違うようにさえ思えます。これはもう周知の情報でネタバレにはならないと思いますが、レゼの正体は「爆弾の悪魔」でした。彼女が正体を現した瞬間から、映画は一気に戦闘アクション映画となります。次々に人や建物が爆破され、「ダイ・ハード」シリーズもびっくりの展開となります。また、そのアクションのスピードの速いこと! まったく目が追いつかず、この作品自体が若者向けに作られていることを痛感しました。アニメの作画も素晴らしかったです。「鬼滅の刃」を制作しているのはUfotableですが、「チェンソーマン」はMAPPAが制作しています。「呪術廻戦」シリーズや「進撃の巨人 The Final Season」を作っているアニメスタジオですが、日本のアニメ界は本当に世界最高レベルですね。
「劇場版『チェンソーマン レゼ篇』」は後半の戦闘シーンも良かったのですが、前半のデンジが2人の女性に恋をするシーンがすごく良かったです。レビューなどを見ると、「前半がかったるかった」といった意見もあるようですが、あのスローな展開の前半があるからこそ、スピード感に溢れる後半が生きてくるのだと思います。主人公のデンジは16歳の少年ですが、公安対魔特異4課の上司であるマキマという美女、カフェに勤めるレゼという美少女に恋をします。2人とデートを楽しむデンジですが、その描写がすごくほのぼのとしていて、思わず「ああ、こういうの良いなあ...」と思ってしまいました。レゼとキスをしたときから、デンジは大変な災難に見舞われます。彼は「どうして俺と出会う女たちは、みんな俺を殺そうとするんだ!」と叫びますが、わたしは彼の悲しみに共感しました。わたしはデンジのようなハニトラに遭ったことはありませんが、その気持ちはわかります。この映画には、デンジの「童貞の悲しみ」のようなグリーフがよく描かれていました。
映画館デートするデンジとマキマ(映画予告編より)
前半の中でもわたしが特に気に入ったシーンが、デンジがマキマと初デートする場面です。なんとマキマは早朝から深夜まで映画館をハシゴするデートにデンジを誘ったのでした。作者の藤本タツキは映画好きとして知られており、1日に4本観たことがあるそうです。ちなみに、わたしは1日に3本が最高記録ですがが、目がすごく疲れました。マキマとデンジはおそらく5本以上の映画を観たと思われますが、興味深かったのは他の観客が笑ったり、泣いたりする場面で、2人はまったく感情が動かなかったことです。わたしは「映縁」という言葉を提唱しています。同じ映画を観る縁としての縁のことです。初対面の人でも映画好きと聞いて映画の話に花が咲き仲良くなったり、友人や家族と観に行って死生観を共有したり。何十年も前に観た映画のたった一言のセリフが今でも心に刻まれていたり、それがまた人と繋がるきっかけになったり。何よりも、映画が昔も今も男女のデートの王道であることが映縁が存在することに最高の証でしょう。同じ映画を観て感動することは最高の人間関係ですね。
次々に映画館をハシゴしながら、笑いもせず、泣きもせず、ひたすら無表情でスクリーンを見つけ続けるマキマとデンジでしたが、最後に観た映画だけは2人とも感情を揺り動かされ、涙を流しています。それは「誓いの休暇」(英題:Ballad of A Soldier)という1959年のソ連映画です。グリゴーリ・チュフライ監督がメガホンを取りました。戦場で思わぬ手柄をたてた兵士が6日間の休暇を貰ったという物語です。彼はその休暇を利用して、往復だけで4日間もかかる、母の待つ故郷へ帰ろうとします。しかし、旅の途中、困っている人を見ると捨てておけない彼は、貴重な時間を割いて人助けをしてしまうのでした。善良な青年の描写を通して反戦テーマを打ち出した作品とされています。「映画で学ぼう」というブログで、"bitotabi"という方が「デンジとマキマが共に鑑賞するこの映画は、レゼ篇が描くテーマ、特に「戦争(非日常)と愛(日常)」という対立構造に深く共鳴し、物語の情緒的な深みを増幅させています」とコメント。「誓いの休暇」の鑑賞後、マキマは「10本に1本しか良い映画は観れない。でも、その1本が人生を変えることがある」とデンジに告げるのでした。
「劇場版『チェンソーマン レゼ篇』」のオープニングでは、米津玄師による主題歌「IRIS OUT」が流れます。一条真也の映画館「秒速5センチメートル」で紹介した日本映画のエンドロールで流れた「1991」も米津の曲でしたが、これはイマイチでした。しかし、「IRIS OUT」は映画の世界観を見事に反映していて素晴らしかったです。「IRIS OUT(アイリスアウト)」は、映画や映像で使われる画面が円形に閉じて暗転する演出技法を指します。米津玄師の楽曲では、この映像技法に加えて、愛にのめり込み正気や世界を見失う感覚、視界の遮断、恋の終わりといった象徴的な意味が込められているとされます。11月12日発表の最新「オリコン週間ストリーミングランキング」で、米津は同曲で男性ソロアーティストとして初めて8週連続で1位を獲得しました。男性ソロアーティスト歴代単独1位の「連続1位獲得週数」記録を自己更新。週間再生数は1738万2090回。9月29日付から8週連続で週間再生数1000万回超えおよび1位をキープし、累積再生数は1億9827万2377回を記録しています。
2位には米津玄師,宇多田ヒカル名義で担当した同じく「劇場版『チェンソーマン レゼ篇』」のエンディングテーマ「JANE DOE」が、週間再生数876万4093回でランクイン。10月6日付から7週連続のTOP3入りで、累積再生数は8108万2121回を記録しています。つまり、「劇場版『チェンソーマン レゼ篇』関連楽曲が7週連続で1位・2位を独占したわけです。これは物凄いことだと思います。そもそも、米津玄師と宇多田ヒカルのコラボそのものが夢のような話ではないですか! オープニングの「IRIS OUT」はまるで儀式における降神之儀、エンディングの「JANE DOE」は昇神之儀といった印象さえあります。そう、「劇場版『チェンソーマン レゼ篇』」は稀代の音楽映画であるとともに、この映画そのものが日常と非日常を往還する儀式なのかもしれません。


