No.1233


 3月6日から公開のアメリカ映画「ウィキッド 永遠の約束」をローソン・ユナイテッドシネマ小倉のIMAXで観ました。一条真也の映画館「ウィキッド ふたりの魔女」で紹介した映画の後編です。前編は161分もあって疲れましたが、後編である本作は137分。こちらは飽きずに一気に鑑賞。ミュージカル版とはまったく違った物語で、面白かったです!
 
 ヤフーの「解説」には、こう書かれています。
「ブロードウェイで上演された舞台を原作に、シンシア・エリヴォとアリアナ・グランデが魔女を演じた『ウィキッド ふたりの魔女』の続編となるミュージカル。友人でありながら正反対の道に進んだ二人の魔女が、互いに和解を望みながらもすれ違う中、ある少女の出現によってオズの国に危機が訪れる。『クレイジー・リッチ!』などのジョン・M・チュウが前作に引き続き監督を務め、ミシェル・ヨー、ジェフ・ゴールドブラムなどが共演する」
 
 ヤフーの「あらすじ」は、以下の通りです。
「エルファバ(シンシア・エリヴォ)とグリンダ(アリアナ・グランデ)は友人同士で、エルファバは悪い魔女として人々に敵視されながらも言葉を奪われた動物たちのために尽力し、一方のグリンダは善い魔女として名声を得ながらもエルファバとの決別に心を痛めていた。しかし、オズの国の運命を左右する少女の出現により、エルファバとグリンダは再び相対することになる」
 
 前編となる「ウィキッド ふたりの魔女」は、おとぎの国オズを舞台に、2人の魔女の友情を描いたブロードウェイミュージカル「ウィキッド」を映画化したものです。大学生のエルファバ(シンシア・エリヴォ)とグリンダ(アリアナ・グランデ)は、魔法と幻想の国オズにあるシズ大学で出会います。誰よりも優しく聡明でありながら周りの人々に誤解されがちなエルファバと、人気者のグリンダは大学の寮で同室になります。外見も性格も全く異なる2人は最初は反発し合うものの、やがてかけがえのない絆で結ばれていくのでした。
 
「ウィキッド」は、もともとブロードウェイのミュージカル舞台です。サンフランシスコでのトライアウトを経て2003年10月30日にニューヨークのガーシュイン劇場で初演を迎えました。原作は、1995年に刊行されたグレゴリー・マグワイアの『ウィキッド 誰も知らない、もう一つのオズの物語』です。エルファバ(Elphaba)の名前は『オズの魔法使い』(1900年)の作者ライマン・フランク・ボーム (Lyman Frank Baum) の頭文字L、F、Baから作られました。この作品はオズの国の魔女達の視点で描かれ、ドロシーがカンザス州からオズの国に到着する前から到着した後まで映画や小説のディテールと絡め、『オズの魔法使い』の裏の歴史物語としてもの悲しく語られています。
 
 マグワイアの小説をウィニー・ホルツマンが書き直して脚本化し、スティーヴン・シュワルツが作詞作曲を手掛けたミュージカル版「ウィキッド」は、原作を大幅に脚色しなおして、テンポがよく趣のある作品に仕上げました。そのため、キャラクターやストーリーは原作とは異なっています。境遇の全く異なる魔女2人、西の悪い魔女エルファバと南の良い魔女グリンダが互いの性格や視点の違いに戸惑いながらの友情、ボーイフレンドとの三角関係、オズの魔法使いによる腐敗政治、エルファバの世間の評判の陥落に焦点を当てながらも、肌の色の違いや動物たちに象徴させたアメリカ社会が抱える弱者への差別問題があります。

「ウィキッド」は1990年に起こった湾岸戦争がきっかけで制作されたミュージカルであるという話があります。「アメリカにはアメリカの正義があり、イラクにはイラクの正義がある」といった「表の正義と裏の正義」、「正義とは一体なにか?」といったところにメッセージを込めたいといった製作者の思いがあったという裏話があり、最後にはどんでん返しも用意されている。ちなみに、ミュージカル版にはオズの魔法使いにも出てくる、ブリキ男、カカシ、空を飛ぶ猿たちが誕生秘話も含めて登場します。意気地のないライオンは尻尾だけ、ドロシーは影絵だけで、愛犬トトは名前しか出てきません。
 
 ミュージカル「ウィキッド」は、本場・ブロードウェイの開幕から、ロサンゼルス、シカゴでのロングランをはじめ全米ツアー、さらにはロンドン、シドニー、トロント、東京、大阪、福岡と上演都市を増やし、世界各地で何度も興業収入記録を打ち立ててきました。日本では、2006年712日より、ストーリーを短縮した35分の特別版が大阪のユニバーサル・スタジオ・ジャパンのランド・オブ・オズ内のエメラルド・シアターで上演されました。また、2007年6月17日には劇団四季による完全日本語翻訳版が東京・新橋の電通四季劇場[海]にて開幕。なお、タイトルについて、ユニバーサルがタイトル表記を「ウィケッド」とすることを先に決めたため、上演開始が後になった劇団四季版は「ウィキッド」となっています。
 
 2009年3月に、わたしは劇団四季の「ウィキッド」を電通四季劇場[海]で観ました。そして、差別や偏見は政治的に作られるものであることを改めて強く感じました。「誰も知らない、もう一つのオズの物語」であるこの作品は、『オズの魔法使い』に登場する「悪い魔女」と「善い魔女」の誕生秘話です。美しいルックスで皆から愛されるグリンダと、生まれつき緑色の肌を持ち周囲から差別され続けてきたエルファバ。この2人が世の中から「善」と「悪」というレッテルを貼られてゆくさまは、「正義とは何か」「悪とは何か」について深く考えさせます。
 
「ウィキッド」は『オズの魔法使い』の前日譚ですが、さらに古い過去を描いた前日譚として、一条真也の映画館「オズ はじまりの戦い」で紹介した2013年のディズニー映画があります。傲慢ながらも、どこか憎めない奇術師のオズ(ジェームズ・フランコ)。ある日、気球に乗り込んだ彼は竜巻に遭遇し、カンザスから魔法の国オズへとたどり着きます。そこは邪悪な魔女に支配されており、人々は予言書に記された魔法使いオズが国を救ってくれると信じていました。その魔法使いと同じ名前だったことから救世主だと思われたオズは、西の魔女セオドラ(ミラ・クニス)に引き合わされた東の魔女エヴァノラ(レイチェル・ワイズ)から、南の魔女グリンダ(ミシェル・ウィリアムズ)の退治を頼まれるのでした。
 
 わたしは、もともとミュージカル映画史上に燦然と輝くMGMの「オズの魔法使」(1939年)が大好きでした。思えば、小学生のときにテレビの洋画劇場でこの映画を観てから、ファンタジーの世界に魅せられたのでした。主人公ドロシーを演じた主演のジュディ・ガーランドが歌う「虹の彼方へ」も素晴らしい名曲でした。「オズの魔法使」では冒頭部分がモノクロで、オズの国に入ると、フルカラーに一変します。「オズ はじまりの戦い」でも、まったく同じでした。偉大なる名作「オズの魔法使」へのオマージュなのでしょうが、この趣向は嬉しかったです。
よくわかる伝説の「聖地・幻想世界」事典』

よくわかる伝説の「聖地・幻想世界」事典』より



 わたしは、ボームの『オズの魔法使い』は明らかにルイス・キャロルの『ふしぎの国のアリス』の影響によって書かれた作品であると思います。メーテルリンクの『青い鳥』の影響で、宮沢賢治の『銀河鉄道の夜』が書かれたのと同じです。チルチルとミチルは、ジョバンニとカンパネルラに姿を変えました。それと同じように、アリスはドロシーへと転身したのではないでしょうか? アリスもドロシーもともに初潮を迎える直前の少女であり、その不安定な心理状態が彼女たちを「ふしぎの国」や「オズの国」といったワンダーランドに導いたという見方もできます。なお、「ふしぎの国」も「オズの国」も、わたしが監修した『よくわかる伝説の「聖地・幻想世界」事典』(廣済堂文庫)で詳しく紹介しています。

 
 ちなみに、映画「ウィキッド 永遠の約束」には、『オズの魔法使い』の主要キャラクターである少女ドロシー、脳のないカカシ、心のないブリキ、勇気のないライオンたちが登場します。でも、ドロシーの顔は最初から最後まではっきりと映りません。これは「オズの魔法使」という映画史上に燦然と輝く名作のイメージを壊したくないという想いが伝わってきました。カカシ、ブリキ、ライオンはしっかり顔が映し出されますが、彼らがどうして「脳」や「心」や「勇気」を失ってしまったのかという説明がされていて、「なるほど、そうきたか」と思いましたね。
 
「オズの魔法使」はミュージカル映画の歴史に残る名作とされていますが、「ウィキッド」前後編もミュージカルシーンが多々あります。エルファバ役のシンシア・エリヴォも、グリンダ役のアリアナ・グランデもプロの歌手なので、その歌唱力は素晴らしいです。前編から続く「ディファイング・グラヴィティ」や、二人の絆を歌う「フォー・グッド(For Good/あなたを忘れない)」など、圧倒的な歌唱シーンが見どころです。「フォー・グッド」は、本作のクライマックスを飾る、エルファバとグリンダの深い絆を歌ったデュエット曲です。アリアナ・グランデとシンシア・エリヴォによる初の歌合せ映像 が公開され、2人が涙を流しながら熱唱する姿が大きな話題となりました。
 
 また、前作から続く人気曲として、「ポピュラー(Popular)」や「アイ・クドント・ビー・ハピアー(I Couldn'T Be Happier / 幸せでいなきゃ)」があります。「ポピュラー」は、グリンダがエルファバを「人気者」にしようと奮闘するキュートな楽曲です。アリアナ・グランデのアドリブ満載のパフォーマンスが注目を集めました。また、「アイ・クドント・ビー・ハピアー」は、前作ラストの緊迫した場面から繋がり、グリンダの揺れ動く心情を映し出す楽曲です。この曲、グリンダの結婚式のシーンで流れるのですが、本当に幸せそうなグリンダを演じたアリアナ・グランデが可愛かったです。世界で最も売れている音楽アーティストの1人である彼女ですが、現在32歳。この映画では彼女の体型もあって、とても幼く見えますね。
 
 そして、グリンダとエルファバの永遠の友情を象徴する名曲として、「ワンダフル(Wonderful)」があります。オズの魔法使いとエルファバが歌い踊る、軽快ながらも物語の核心に迫る楽曲です。歌唱映像が解禁されていますが、シンシア・エリヴォの圧倒的な歌唱力を堪能できます。その他、映画版完結編となる「ウィキッド 永遠の約束」では、ミュージカル版の生みの親であるスティーヴン・シュワルツによる2つの新曲が追加されています。1つは、「ノー・プレイス・ライク・ホーム」。エルファバが歌う、決意と感情が溢れる一曲です。そして、もう1つは「ザ・ガール・イン・ザ・バブル」。グリンダが歌う、彼女の内面をより深く掘り下げる楽曲ですね。
 
 さて、「ウィキッド」2部作では、オズの国で動物たちは人間の言葉を話します。それをよく思わない人間もいて、不穏な状況が生まれていることが描かれています。わたしは、一条真也の映画館「動物界」で紹介した2024年のフランス映画を連想しました。第49回セザール賞12部門にノミネートされたスリラー。人間がさまざまな動物に変異する奇病がまん延した近未来を舞台に、動物に変異したまま姿を消した妻を捜す男と、その息子の姿を描きます。徐々に体が動物へと変異し凶暴化するという原因不明の感染病が拡大する近未来。動物に変異した者たちは施設に隔離され、フランソワ(ロマン・デュリス)の妻ラナも変異して施設に送られることになるが、移送中に事故が起きてラナは逃げ出してしまう。フランソワは16歳の息子エミールと共にラナの行方を捜すが、エミールの体にも動物化の兆しが現れるのでした。
 
「動物界」の新生物たちは森に逃げ込むところが興味深かったです。キリスト教化される以前の古代欧州世界では、深い森林地帯で狩猟するゲルマンやケルトの諸民族が森に棲む神々を畏敬する"森の宗教"を営んでいましたが、ローマ帝国の征服が及んで、やがて彼らもキリスト教徒に改宗すると、森は一転して邪悪な魔物や狼のような恐ろしい野獣が棲む異界と化しました。中世では、教会が支配する都市や農村が神聖な神の世界を構成し、周辺の自然や森林は、いずれ神の栄光の下に征服さるべき野蛮な闇の世界とみなされたのです。魔女として迫害された女性たちも森に逃げ込んだことは有名です。「ウィキッド 」2部作では、エルファバが迫害される動物たちに強いコンパッションを抱くシーンがありますが、この描写にこそ魔女の本質が示されていると思いました。また、エルファバの肌は緑色ですが、それはきっと「森の色」なのでしょう。
 
 この映画、前編の公開からちょうど1年後に後編が公開されました。正直言って、時間が空き過ぎましたね。できれば3ヵ月後、遅くとも半年後ぐらいには後編を公開すべきだったと思います。これだけ情報過多で、数えきれないほどの映画が公開され続ける現在にあって、1年間というブランクは長過ぎます。わたしも前編の「あらすじ」をほとんど忘れていました。でも、後編の物語の展開は悪くなかったです。というより、オリジナルである『オズの魔法使い』との関連づけが上手だなと思いました。ラストシーンで、グリンダの「敵などいない」というセリフがあるのですが、アメリカが戦争を始めて「今」こそ、このセリフは重く感じられます。そう、本作のようなファンタジー映画、そしてミュージカル映画は「平和」を志向しているのです!