No.1234
金沢に来ています。3月9日の夜、わが社が提唱しているシネマネジメントの一環で、サンレー北陸の幹部社員と日本映画「宣誓」をユナイテッドシネマ金沢で観ました。非常に感動し、何度も涙しました。観客は非常に少なかったですが、この素晴らしい作品を多くの日本国民に観てほしい!
ヤフーの「解説」には、こう書かれています。
「東日本大震災の被災地を舞台に、震災で家族を失った自衛隊員と少年の交流を描く人間ドラマ。悲嘆をこらえながら避難所支援の任務に当たる男が、支援活動を通じて出会った少年と心を通わせていく。脚本・監督などを務めたのは『コウイン ~光陰~』などの柿崎ゆうじ。同監督作『陽が落ちる』にも出演した前川泰之が妻子を亡くした自衛隊員を演じ、同じく竹島由夏、黄川田雅哉、出合正幸らのほか、齋藤優聖、辰巳琢郎、徳重聡、大地康雄らが共演する」
ヤフーの「あらすじ」は、「東日本大震災の被災地に派遣された自衛隊員・春日三尉(前川泰之)は、自身も津波で妻子を失った悲しみを抱えながらも、避難所支援の任務に当たっていた。そんな中、彼は自分と同じように家族を失い、心を閉ざした少年・吉村和樹と出会う。自衛隊の活動を目の当たりにした和樹は、被災した人々を手助けしようと自ら行動し始める。共に喪失の痛みを抱えた春日と和樹は、徐々に心を通わせ生きる希望を取り戻していく」となっています。
明日、2026年3月11日で発生から15年目を迎える東日本大震災では、自衛隊がめざましい活動をしました。過去最大規模の約10万7千人(最大時)を投入し、人命救助、生活支援、原発対応など多岐にわたりました。災害派遣初の「統合任務部隊」を編成し、震災直後から半年以上、2万人近くの救助や3万トン以上の給水支援など、復興の基盤を築く献身的な活動が行われました。主な任務は人命救助(19286名)、遺体収容(9408体)ですが、給水・給食、入浴支援、道路啓開、福島第一原発への放水・支援活動も行っています。本当に頭が下がります。
生活支援小隊はケアの集団だった!
映画「宣誓」は、この東日本大震災における自衛隊の生活支援小隊の活動を描いています。「国土と国民を守る」という使命感に燃えた彼らの生きざまから、わたしは腰が抜けるほどの感動をおぼえました。彼らは避難所の人々に「どうしましたか?」「何かお困りのことはありませんか?」と声をかけ、炊き出しを行い、トイレを作り、入浴をさせ、医療のサポートをし、花やぬいぐるみを飾り、遺体を探し、見つかった遺体を弔います。さらには、愛する人を亡くした人に寄り添うのです。それはもう「ケア」のあらゆる分野が集まった「トータル・ライフケア」ともいえる仕事ぶりでした。
『コンパッション!』(オリーブの木)
わたしは、この映画を観ながら、「互助会というのは、自衛隊の生活支援部隊の民間版であるべきだ」と痛感しました。拙著『コンパッション!』(オリーブの木)にも書きましたが、互助会であるわが社は「思いやり」を意味するコンパッションを経営理念とし、それを実践するコンパッショナリー・カンパニーを目指していますが、映画「宣誓」に登場する生活支援小隊の隊員たちはまさに「コンパッションの塊」でした。特に、被災地での遺体捜索や遺品収拾のシーンには胸を打たれました。東日本大震災における遺体確認は困難を極めました。津波によって遺体が流されたことが大きな原因の1つです。阪神淡路大震災のときとは、まったく事情が違いました。
『死者とともに生きる』(産経新聞出版)
拙著『死者とともに生きる』(産経新聞出版)にも書きましたが、これまでの日本の災害や人災の歴史を見ても、東日本大震災の被災地は史上最悪の埋葬環境と言えたでしょう。そんな劣悪な環境の中で、日夜、必死に頑張られたのが自衛隊の方々でした。大震災の発生後、自衛隊は多くの遺体搬送を担当。「統合任務部隊」として、最大で隊員200人が「おくりびと」となったのです。災害派遣では初めての任務とのことで、整列、敬礼、6人で棺を運ぶという手順を現場で決められました。本来は人命を守るはずの自衛隊員が遺体の前で整列し、丁寧に敬礼をする姿には日本中の人々が感銘を受けました。そこには、亡くなった方に敬意を表するという「人間尊重」の姿がありました。そして、埋葬という行為がいかに「人間の尊厳」に直結しているかを痛感しました。
「宣誓」に登場した気仙沼の遺体安置所のシーンを見て、一条真也の映画館「遺体 明日への十日間」で紹介した2013年の日本映画を思い出しました。一条真也の読書館『遺体』で紹介した本の映画化作品で、東日本大震災の遺体安置所を舞台にした作品です。上映開始10分で、いきなり遺体安置所のシーンが登場します。そして、その後は終了まで延々とその場面が続きます。それはもうリアルな描写で、「宣誓」のように遺体は立派な棺に納められていません。体育館に敷かれたブルーシートの上に並べられているだけです。この映画を観て、わたしは「よく、遺体安置所だけで映画を撮ったな」と思いましたが、何よりも驚いたのは、東日本大震災における地震や津波の発生の瞬間のシーンが皆無だったことです。主役は無数の遺体そのものであり、それから遺体に接する人々なのです。ある意味で、前代未聞の映画でした。
一条真也の映画館「ほどなく、お別れです」で紹介した日本映画で紹介した日本映画も思い出しました。就職活動に全敗し途方に暮れる清水美空(浜辺美波)は、葬祭プランナー・漆原礼二(目黒蓮)との出会いをきっかけに葬儀会社でインターンとして働く物語です。残された遺族のみならず故人も納得できる葬儀を模索する中、美空は礼二の背中を追いかけるように葬祭プランナーを目指すことを決断するのですが、この作品は大ヒットし、日本中の人々の涙を誘いました。しかし、葬儀のプロから見ると、いろいろアラも目立ったようです。特に、故人も遺族もお金がないのに、東京から長野まで霊柩車で長距離移動するエピソードには疑問の声が多かったようです。わたしも「ほどなく、お別れです」を観て感動しましたが、それはファンタジー映画としての感動であったことに気づきました。「遺体 明日への十日間」や「宣誓」には、リアルな迫力とそれゆえの深い感動がありました。
避難所で生活支援活動をする自衛隊たちは被災者のために食事を作りますが、自分たちはその食事を食べることができません。車両の中で冷たい缶詰の食事をするのです。被災者のために風呂テントを設営しますが、自分たちはその風呂に入ることができません。1週間以上、シャワーも浴びずに、1日も休まず、被災者の生活支援を続けるのです。この映画は陸上自衛隊の全面協力のもとで制作されたそうで、自衛官たちが自衛隊の理念を唱えるシーンも多いです。では、「自衛隊のPR映画」かというと、逆にこのような過酷な現実を見せると、自衛隊に入ることに躊躇する若者は少なくないと思います。
それでも、この映画を観た若者の中で「自衛隊に入りたい」と思う者はいるはずです。たとえ任務は過酷でも、そこには「国土と国民を守る」という使命と志のM&A(ミッション&アンビション)はどんな仕事よりも大きく、仕事への揺るぎない誇りがあるからです。映画の中で、竹島由夏演じる女性自衛官が「わたしの曾祖父は知覧から特攻で飛び立ち、沖縄の海で散りました」と前川泰之演じる小隊長に打ち明けるシーンがあります。そこで、「小隊長は特攻に行けますか?」と真剣な顔で問うのですが、問われた小隊長は「特攻は良くないが、それで国民が守れるのなら行くかもな」と言うのでした。
憂国の女性自衛官を熱演した竹島由夏は良かったです。劇中で、彼女は誰よりも国を想い、被災者に寄り添い、自分自身を律していました。その厳しさは「まるで、武士の妻のようだ」と思いましたが、実際、彼女は同じ柿崎ゆうじ監督の「陽が落ちる」(2025年)で主人公の武士の妻を演じていたことを知りました。江戸時代の文政12年(1829年)、良乃(竹島由夏)は幕府の書院番を務める夫の古田久蔵正成(出合正幸)、一人息子の駒之助と共に暮らしていました。ある日、江戸城在番の際に起きた問題により、久蔵は謹慎処分である蟄居を命ぜられます。不安な思いを抱えながらも、普段と変わりなく冷静に振る舞う良乃でしたが、ついに久蔵への沙汰が決まります。この映画、未見なので、ぜひ観たいです!
グリーフを抱える2人には「悲縁」があった!
その「陽が落ちる」で武士の妻、夫婦の覚悟に焦点を当てた重厚な人間ドラマを描き、高い評価を得た柿崎ゆうじ監督が、「宣誓」で新たに挑んだのは"喪失"と"再生"の物語でした。津波で妻と幼い娘を失いながら任務に立ち続ける自衛隊員・春日は、深い痛みを抱えながらも、人々と正面から向き合う日々を過ごしていました。そんな中で出会ったのが、両親を亡くし心を閉ざした少年・吉村和樹(齋藤優聖)でした。立場も年齢も違う2人でしたが、失ったものの大きさは同じでした。2人には「悲縁」がありました。静かな日常の積み重ねの中で、春日は少年に、少年は春日に、寄り添いあうようにして再び"生きる力"を取り戻していきます。そう、映画「宣誓」はグリーフケア映画の大傑作でした!
最後に「礼」の話をしたいと思います。一条真也の映画館「教場 Reunion」や「教場 Requiem」にも書きましたが、それらの映画では警察学校における礼儀の描写が興味深かったです。警察学校は軍隊のように規律を重んじるのですが、そこで交わされるお辞儀が非常に浅いのです。生徒が教官とも会釈のような浅い礼を交わすのですが、わたしのようにホテルや冠婚葬祭の仕事をしていると、かなり違和感をおぼえました。これには、いくつかの理由が考えられます。1つは、警察学校という厳しい訓練環境で、効率を重視しているためです。また、通常の式典などで行われる「最も丁寧な敬礼」とは異なる、訓練や日常業務における「簡略化された敬礼」が用いられているためです。
『イラストでわかる 美しい所作・振る舞い』
警察学校の訓練では、常に時間との戦いです。1つ1つの動作を素早く、正確に行うことが求められます。そのため、敬礼も「型崩れせず、かつ迅速に」を重んじているのではないかと思われます。警察学校では、敬礼の角度や動作について厳しく指導されますが、それは「美しさ」よりも「実用性」を重視するはずです。実際の現場での迅速な対応を想定し、素早い動作を重視するのです。そこでは反復練習が重視され、何度も繰り返す訓練の中で効率的な動きが定着します。わたしは礼法家だった父の影響でお辞儀にはうるさく、『イラストでわかる 美しい所作・振る舞い』(メディアパル)という監修書もありますが、「教場」シリーズで描かれた警察礼式は違和感をおぼえつつも、興味深く感じました。
避難所の人々との別れも敬礼で!
「宣誓」を観て、「教場」シリーズを観たときとまったく同じことを感じました。自衛官の礼式とは常に敬礼なのです。最後に、生活支援小隊が避難所を去るとき、人々は「自衛隊さん、ありがとう!」の横断幕を掲げ、見送ってくれます。胸が熱くなりましたが、そのときも自衛隊員たちの返礼は敬礼でした。ラストで数年後に自衛隊員となった和樹が「宣誓」を読み上げます。それは防人としての誇りと覚悟に満ちた宣言でした。4月1日、わが社にも新入社員たちが入ってきます。彼らが「礼の社」の「文化の防人」としてどのような宣誓をしてくれるか、今から楽しみです。この日、「宣誓」の上映前に金沢のシネコンでもわが社のCMが流れ、そこでは「ありがとう」の言葉が繰り返されていました。


