No.1250


 4月18日、日本映画「人はなぜラブレターを書くのか」をローソン・ユナイテッドシネマ小倉で観ました。泣ける映画と予想はしていましたが、やはり泣けました。グリーフケア映画の名作がまた1つ生まれました。
 
 ヤフーの「解説」には、「2000年3月に発生した地下鉄脱線事故にまつわる実話を基に、『舟を編む』などの石井裕也監督が手掛けた人間ドラマ。事故から20年以上を経て、犠牲者の家族のもとに届いた一通の手紙が奇跡を起こす。かつて恋心を抱いていた青年宛ての手紙をつづる主人公を『海街diary』などの綾瀬はるか、彼女の学生時代を『おいしくて泣くとき』などの當真あみ、彼女の初恋相手を石井監督作『町田くんの世界』などの細田佳央太が演じるほか、妻夫木聡、菅田将暉、佐藤浩市らが共演する」とあります。
 
 ヤフーの「あらすじ」は、以下の通りです。
「定食屋を切り盛りする寺田ナズナ(綾瀬はるか)は、ある青年宛てに手紙を書き始める。24年前、17歳のナズナ(當真あみ)は、毎日同じ電車で見かける名前も知らない青年にひそかな恋心を抱いていた。一方、その青年・富久信介(細田佳央太)は進学校に通いながらプロボクサーを目指し、学校帰りにボクシングの練習に励む日々を送っていたが、2000年3月8日に発生した地下鉄脱線事故の犠牲となる。そして2024年、信介の父・隆治(佐藤浩市)のもとにナズナからの手紙が届く」 
 
 公式HPの【ストーリー】は、こう紹介されています。
「寺田ナズナ(綾瀬はるか)は、とある青年に手紙を書きはじめる。――24年前、17歳のナズナ(當真あみ)は、いつも同じ電車で見かける高校生・富久信介(細田佳央太)にひそかな想いを抱いてた。一方、信介は学校帰りにボクシングに夢中な生活を送り、プロボクサーを目指していた。そんな彼らに、運命の日、2000年3月8日が訪れる。――2024年、ナズナからの手紙を受け取った信介の父・隆治(佐藤浩市)。その手紙の中に亡くなった息子の生きた証を確かに感じ、知りえなかった信介の在りし日が明らかになっていく。そして、隆治はナズナに宛てて手紙を綴りはじめる。愛する者を亡くして生き続けた隆治とナズナとの邂逅により、24年前の真実とナズナが手紙を書いた理由が明らかになる。人はなぜラブレターを書くのか――その手紙が"奇跡"を起こす」
 
 もともと17歳のナズナは信介に好意を寄せていましたが、あるとき、通学の電車内で中年男性から痴漢の被害に遭います。怖くて動くこともできず、ただ涙を流すだけだったナズナを救ってくれたのは信介その人でした。それで、2人の心はさらに惹かれ合うのですが、その淡い想いは結ばれることはありませんでした。わたしは、痴漢のシーンを見ながら、同じ男として本当に情けない最低の行為だと思いました。もちろん悪質な犯罪です。電車内の痴漢は朝の通勤通学時間帯(7〜9時)に集中し、被害の9割以上が電車内で発生しているそうです。被害に遭ったら、すぐ周囲に助けを求める、非常ボタンを押す、デジポリスなどのアプリを活用する、次の駅で降りるなどの対応が必要です。混雑した場所を避け、女性専用車両や鞄でのガードも有効です。

 この映画、初めはあまり興味が湧かなかったのですが、綾瀬はるか、當真あみ、妻夫木聡、菅田将暉、佐藤浩市といった俳優陣の顔ぶれを信じて鑑賞しました。結果的に満足できる作品でしたが、初めてスクリーンで見る細田佳央太がすごく良かったです。東大合格者数が全国トップクラスの麻布高校に通いながらプロボクサーを目指す17歳の富久信介を演じていますが、本当に真っすぐで、負けず嫌いで、正義感が強くて、還暦を超えたわたしでも惚れてしまうような若者です。ボクシングの練習や試合のシーンも多々ありましたが、すごく鋭い目をしていて似合っていました。彼の父親を演じている佐藤浩市も渋かったですが、一条真也の映画館「春に散る」で紹介した2023年のボクシング映画で横浜流星の老トレーナーを演じていましたね。
 
 細田佳央太も良かったですが、綾瀬はるか演じる成長したナズナの娘・舞を演じた西川愛莉も良かったですね。彼女もスクリーンで初めて見たのですが、知的で魅力的な美少女でした。第9回「東宝シンデレラ」オーディション審査員特別賞を受賞していますが、さすが東宝は目が高いですね。まだ16歳といいますから、将来が楽しみです。彼女の父親である良一は、妻夫木聡が演じました。良一は古風で不器用な男ですが、ナズナや舞のことを深く愛しています。ラスト近くで、舞が東大受験する日に駅のホームまで送った後、号泣する場面は、「ジョゼと虎と魚たち」(2003年)や一条真也の映画館「涙そうそう」で紹介した2006年の作品で見せた男泣きの感動シーンを連想しました。妻夫木聡は、泣かせたら日本一の俳優だと思います。
 
 映画「人はなぜラブレターを書くのか」は、実話に基づいています。地下鉄日比谷線の脱線事故も事実ですし、それによって命を落とした高校生の存在も、彼にラブレターを書いた女性の存在も、みんな本当です。本作のメガホンを取った石井裕也監督は、亡くなった富久信介さんと同世代でした。石井監督は、「otocoto」のインタビューの中で「富久さんに当時の自分を重ね合わせました。しかも、今は僕も人の親になりましたから、子どもを失うという親の気持ちもわかるようになった。ただ、この記事には大きな謎がありました。富久さんが亡くなられた20年後に、彼に思いを寄せていた女性がメッセージを送ったことです。その理由がどうしてもわからなくて、強く興味を引かれました。そもそも『ラブレターを書く』ということ自体も人間の行為としてすごく興味深いんですけど、それが20年後ですからね。なぜそのタイミングだったのかがすごく謎であり不思議でもあり、余計に惹きつけられたんです」と語っています。
 
 石井監督は、また「生と死が交わったり交わらなかったりっていうのが世界で、それを感じることが人生なのかなと最近特に思うんです。すごく言葉にしづらい感覚ですし、観る人が気づいても気づかなくてもいいんですが、僕としてはそういう想いで作ったということです」と述べ、それを「コネクト」という言葉で表現しています。今生きているこの世界というのは、生者の世界と死者の世界、あるいは自分が生まれる前の世界とか死後の世界とか、そうしたさまざまな世界ときっと隣接していると感じるとして、石井監督は「その境界線というのは、一応あるんでしょうけれど、それがふとした瞬間、あるいは何かのきっかけで、境界が曖昧になる瞬間がくる、そういう感覚があるんです。この映画の例で言えば、会えないはずの人に会えるような気がする、そういう心情、期待のようなものは人間だったら誰しもあるんじゃないかと思うんです」と語っています。
死者とともに生きる』(産経新聞出版)


 
 わたしは、映画「人はなぜラブレターを書くのか」を観ながら、亡くなった人は生きている人の側にいるという持論を再確認しました。昨年、終戦80年の節目に上梓した『死者とともに生きる』(産経新聞出版)では、戦後80年を迎える沖縄、広島、長崎、靖国などの慰霊の地を巡り、戦争の犠牲者への鎮魂について書きました。また、大震災や日航機墜落事故などにおける供養についても触れています。同書で、わたしはは「すべての人間は、死者とともに生きている」と訴えました。柳田國男らが創設した日本民俗学が明らかにしたように、日本には、祖先崇拝のような「死者との共生」という強い精神的伝統があります。しかし、日本のみならず、世界中のどんな民族にも「死者との共生」や「死者との共闘」という意識が根底にあります。それが基底となり、さまざまな文明や文化を生み出してきました。
父の遺影を持って「君の忘れ方」を鑑賞


 
 映画「人はなぜラブレターを書くのか」で特に泣けたのは、ボクシングジムの可愛い後輩だった信介の死を深く悲しむ川嶋勝重(菅田将暉)が、信介の死から4年後に世界タイトルに挑戦したときです。川嶋は信介の両親に試合のチケットを送っていましたが、川嶋が負けてリングに沈むのを見るのが怖かった父親(佐藤浩市)と母親(原日出子)は自宅でテレビ観戦します。そのとき、父は亡き息子・信介の遺影を持って観戦するのでした。わたしは、このシーンを見ながら、ブログ「『君の忘れ方』舞台挨拶inシネプレックス小倉」で紹介した昨年1月の「君の忘れ方」の上映会で父の遺影を持って鑑賞したことを思い出しました。同作は拙著『愛する人を亡くした人へ』(現代書林・PHP文庫)が原案であり、父は映画館で鑑賞することを大変楽しみにしていましたが、公開の約4ヵ月前に旅立ったのです。あのとき、わたしは確かに父が一緒に鑑賞しているという実感がありました。わたしたちは、死者とともに生きているのです!