5月23日の土曜日、2023年のカナダのドキュメンタリー映画「サタンがおまえを待っている」をDVDで鑑賞しました。タイトルからはオカルト・ホラー映画を連想しますが、社会派のドキュメンタリー作品です。初めて知ったことも多々あり、いろいろと興味深かったです。本作は、U-NEXTやFODでも配信されています。
ヤフーの「解説」には、「ある女性の体験を基に、1980年代から1990年代にかけてアメリカを震撼させた悪魔崇拝の実態に迫るドキュメンタリー。悪魔を崇拝する教団に幼少期に引き渡された女性が目にした残酷な儀式の数々や、彼女の本の内容が拡散されたことから巻き起こったパニックの真相などについて、サタン教会の創始者を映すアーカイブ映像などを用いながら掘り下げる。監督をスティーヴ・J・アダムズとショーン・ホーラーが務める」と書かれています。
ヤフーの「あらすじ」は、「1980年、アメリカでミシェル・スミスという女性が自身の幼少期に体験した悪魔崇拝の儀式について著した『ミシェル・リメンバーズ』という本が出版される。すると、同じような体験をしたという告発が相次いで起こり、その後多くの子供が犠牲になったことが判明したことで警察やFBIをも巻き込んだ騒動となる」です。
一条真也の映画館「ゼイ・ウィル・キル・ユー」で紹介したホラー&アクション映画の背景にはかつてアメリカ中を席捲した「サタニック・パニック」の存在がありますが、その元をたどると『ミシェル・リメンバーズ』(Michelle Remembers)という1冊の本に行きつきます。著者は、ミシェル・スミス(相談者)および ローレンス・パズダー(精神科医)です。同書は、ミシェルが精神科医パズダーによる「退行催眠療法」を受け、幼少期(5歳頃)に母親によって悪魔崇拝カルト組織に差し出され、凄惨な儀式や虐待の生贄にされていた記憶を「思い出した」とする内容でした。同書は、1980年代から90年代にかけてアメリカ社会で巻き起こった、悪魔崇拝カルトによる犯罪の恐怖「サタニック・パニック(悪魔崇拝パニック)」の最大の引き金となったことで知られています。
『ミシェル・リメンバーズ』の出版を機に、「身近に子供を誘拐して生贄にする悪魔崇拝組織が潜んでいる」という噂が全米に拡散しました。保育所の経営者やLGBTQなどのマイノリティが「悪魔崇拝儀式を行った」と根拠なく告発され、無実の罪で20年以上投獄される痛ましい冤罪事件(マクマーティン保育所裁判など)が相次ぎました。カトリック教会やローマ教皇、警察、さらにはFBIまでもが調査に乗り出す大騒動へと発展しました。 のちのFBIによる綿密な調査やジャーナリストの追跡により、書籍に書かれたような大規模な悪魔崇拝組織の犯行を示す客観的な証拠は一切存在しないことが証明されました。現在では、精神科医パズダーによる「誘導尋問(不適切な催眠療法)」によって、ミシェルの中に虚偽の記憶(偽記憶)が植え付けられた結果であると結論づけられています。
なお、著者のミシェルとパズダーはのちに結婚しています。映画で見ると実際のパズダーはなかなかのイケメンで、ミシェルが恋愛感情を抱いたことが想像されます。おそらく、ミシェルはパズダーの関心を得たくて、彼が望む通りの内容を語ったのではないでしょうか。というのも、パズダーの家族の証言によれば、当時のアメリカで大ヒットしていた「シビル」という精神科医が活躍するドラマに影響され、彼は精神科医として世間の注目を浴びるような仕事をして有名になりたいという野心を持っていたといいます。ミシェルが語った「悪魔的儀式」のエピソードはまったくのフィクションだったわけですが、彼女とパズダーは『ミシェル・リメンバーズ』の出版によって莫大な印税と知名度を得ます。
ここで思い出す有名なオカルト・ホラー映画があります。「悪魔の棲む家」(1979年)です。1974年にアメリカで起きた一家惨殺事件と、その後に同じ家に引っ越してきた一家が体験したとされる超常現象を描いたホラー作品です。実話ベースの心霊ドキュメンタリーとして映画や小説など数多くのメディアミックスが展開されました。ニューヨーク州アミティヴィルのオーシャン・アベニュー112番地にある豪邸で、一家6人が就寝中に長男ロナルド・デフェオ・ジュニアによって射殺される事件が発生しました。逮捕された犯人は「家が家族を殺すよう命じた」と不可解な供述をしました。惨劇から約1年後、その家にジョージ・ラッツ夫妻と子供たちが引っ越してきました。しかし、原因不明の悪臭、群がるハエ、壁から流れ出る緑の液体、ラップ音やドアの開閉などの強烈なポルターガイスト現象に悩まされ、わずか28日間で家を逃げ出したのでした。
映画「悪魔の棲む家」の原作は、アメリカの作家ジェイ・アンソンが1977年に発表した『アミティヴィルの恐怖』というノンフィクションです。日本では、『ミシェル・リメンバーズ』の刊行年と同じ1980年に徳間書店から『アミティヴィルの恐怖―全米を震撼させた悪魔の家』として翻訳本が出版されました。同書は「実際の出来事」として出版され全米ベストセラーとなりましたが、後にラッツ一家と弁護士が経済的な困窮から話題作りのためにでっち上げたフェイク(虚偽)であったことが暴露され、大きなスキャンダルとなりました。現在では「実話風に書かれたオカルトフィクション」として扱われるのが一般的です。『アミティヴィルの恐怖』も、『ミシェル・リメンバーズ』も本当はフィクションなのに、ノンフィクションとしてベストセラーになったことが共通しています。このような「出版の倫理」にもとる行為を、わたしは絶対に許せません。
『ミシェル・リメンバーズ』が刊行された当時のアメリカは、空前の悪魔ブームの中にありました。「エクソシスト」(1973年)や「オーメン」(1976年)といった悪魔映画の大ヒットが大きな原因とされています。しかし、『ミシェル・リメンバーズ』がベストセラーとなったことに最も影響を与えた映画は、ロマン・ポランスキーが監督した「ローズマリーの赤ちゃん」(1968年)でしょう。主人公はマンハッタンに住む若い新婚女性で、アパートの親切そうな隣人たちが、妊娠中の自分と赤ん坊に対し、邪悪な考えを持っているのではないかと疑い始めます。この映画はパラノイア、カトリック、女性解放、オカルティズムに関連したテーマを扱っています。この映画のヒットによって、大衆の間には「世の中には悪魔崇拝者たちがいて、怪しげな儀式を行っているのでは?」という不安が生まれたのです。そして、この映画が公開された翌年には、現実に悪魔主義者が「マンソン事件」(1969年)を起こしたのでした。
マンソン事件については、一条真也の映画館「ワンス・アポン・ア・イン・ハリウッド」などでも紹介しました。2019年のアメリカ映画「ワンス・アポン・ア・イン・ハリウッド」でマーゴット・ロビーが演じたシャロン・テートは、「悲劇の女優」として知られています。映画「吸血鬼」で共演したのが縁で1968年1月20日に映画監督のロマン・ポランスキーと結婚しましたが、翌1969年8月9日、狂信的カルト指導者チャールズ・マンソンの信奉者ら3人組によって、ロサンゼルスの自宅で殺害されました。当時シャロンは妊娠8か月で、襲撃を受けた際に「子供だけでも助けて」と哀願したそうです。しかし、それが仇となって、ナイフで計16箇所を刺されて惨殺されたのでした。ポランスキーは悪魔崇拝者の恐怖を描いた「ローズマリーの赤ちゃん」の公開翌年に、本物の悪魔崇拝者たちによって愛妻とお腹の中の赤ちゃんを殺されたのです。
『ミシェル・リメンバーズ』が多くの読者を得た結果、1980年から90年代にかけ、「幼い頃、悪魔崇拝の儀式の生贄に捧げられた」という告発が相次ぎ、アメリカで未曾有の大パニックが巻き起こりました。被害者たちの証言によると、子どもに対し数々の残虐な儀式虐待が行われ、年間200万人もの子どもが犠牲になっていたといい、警察やFBIも動かす大騒動に発展しました。きっかけとなった『ミシェル・リメンバーズ』には、ミシェルが退行催眠により思い出した幼少期の記憶が記されていました。それは、あまりにも残虐で恐ろしい悪魔崇拝儀式の内容でした。ローマ教皇にまで伝わったほどの衝撃的内容は、テレビのバラエティやワイドショーでもセンセーショナルに取り上げられていき、アメリカ全土を恐怖に染めていくのでした。
ミシェルの偽記憶に基づく証言から起こった「サタニック・パニック」は多くの無実の逮捕者を産みました。「悪魔崇拝者の巣窟」として狙われたのが、幼い子どもたちを預かる保育園でした。1995年のアメリカ映画「誘導尋問」は、サタニック・パニックのさなかで起こったマクマーティン保育園裁判を描いています。1984年、保育園に幼児を預けていた親から園で虐待があったと警察に通報があり、それをスクープとしてテレビ局が報道したことに端を発したマクマーティン保育園裁判。しかし裁判が進むにつれ、マスコミの報道とはかけ離れた事実が浮かび上がってきました。証言台に立つ汚れを知らない子供たちが話しはじめた衝撃の真実とは? 全米に衝撃を与えた実在の事件を忠実に映画化した法廷サスペンス。幼児虐待をテーマに、マスメディアによって事実が報道されずに真実が歪んでゆく様を描いてゆきます。
現代のアメリカには、実際に「サタニスト(悪魔崇拝者)」を自称する団体が存在しますが、その多くは架空の悪魔を崇拝しているわけではなく、権威への反抗や政教分離の促進を目的とした無神論的な団体です。代表的な存在は、サタン教会 (Church of Satan)。1966年にアントン・ラヴェイによって設立。超自然的な悪魔を信じるのではなく、自己中心主義や個人の自由を象徴する存在として「サタン」を掲げています。また、サタニック・テンプル (The Satanic Temple)も有名です。近年活発な団体で、信教の自由や政教分離を訴える社会・政治活動を主目的としています。公的な場に宗教的シンボルが置かれる際、「平等」を理由に悪魔像の設置を求めるなどの活動で知られます。ちなみに、「サタンがおまえを待っている」では、アントン・ラヴェイが率いるサタン教会が『ミシェル・リメンバーズ』によって大いなる風評被害と名誉棄損に遭ったことが詳しく紹介されています。
現代のアメリカでは、社会的な恐怖や政治的な対立の中で、「悪魔崇拝」という概念が利用されるケースも目立ちます。Qアノン (QAnon)も有名です。Qアノンにおける「悪魔崇拝」とは、米国の政治家やハリウッドセレブなどのエリート層が、秘密結社を組織して子供の性的虐待や人身売買を行い、悪魔の儀式を行っているとする根拠のない陰謀論です。これは政治的な分断を深める要因の1つとなっています。ブログ「エプスタインと『悪魔の儀式』」に書いたように、「エリートやセレブが、誘拐した少女たちを殺害し、儀式を行っている」といった言説が、最近の「エプスタイン・ファイル」公開のタイミングでソーシャルメディアを中心に拡散。これにより、サタニック・パニックのように、邪悪な儀式に関する誇張された噂が再び注目されました。しかし、これは陰謀論に過ぎませんでした。現時点での最新の報道や司法ファイルに基づく情報によると、そうした儀式が実際に行われていた物理的証拠は確認されていません。
「サタンがおまえを待っている」より
「サタンがおまえを待っている」より
「サタンがおまえを待っている」より
「サタンがおまえを待っている」より
「サタンがおまえを待っている」を観ながら、わたしは腹が立って仕方がありませんでした。というのも、「儀式」という言葉がこれ以上ないほどに汚されていたからです。5歳の頃に悪魔崇拝教団に引き渡され、儀式に捧げられたというミシェルの証言によれば、「私を檻に入れ動物を生贄にしたり、ろうそくを立てて詠唱したり...排泄物を食す行為や胎児の手足の切断が行われているのを目撃した」などなそ、「悪魔的儀式虐待」の様子を詳細に描写したあまりに刺激的な内容は、テレビのバラエティ番組、ワイドショーでも多く取り上げられ、大きく拡散されました。
「サタンがおまえを待っている」より
「サタンがおまえを待っている」より
「サタンがおまえを待っている」より
「サタンがおまえを待っている」より
これをきっかけに、「実は私も幼い頃に儀式に参加させられた!」という告発が続出。サタニック・パニックという大混乱が巻き起こるのでした。それは"現代の魔女狩り"ともいわれ数々の事件を引き起こし、警察・FBI・学者・ローマ教皇なども巻き込み、アメリカ全土を恐怖に染めていくのですが、一連の騒動によって「儀式」(RITUAL)という言葉に多くの人々がネガティブ・イメージを持ってしまいました。人々を儀式嫌いにさせることこそ「悪魔の陰謀」ではなかったかと思います。その「儀式は悪」という洗脳は、現代において日本で最も効果を発揮しているように思えてならないのは、わたしだけでしょうか?


