No.1291


 6月19日、東京から北九州に戻りました。その夜、この日から公開された日本映画「黒牢城」をローソン・ユナイテッドシネマ小倉で観ました。初日舞台挨拶ライブビューイング付です。ライブビューイングは初体験でしたが、なかなか面白かったです。ただし、映画そのものはちょっと説明不足でわかりにくかったですね。あと、画面が暗過ぎます。イビキかいて寝てる観客がいました!
 
 ヤフーの「解説」には、こう書かれています。
「『スパイの妻<劇場版>』などの黒沢清監督が、『インシテミル 7日間のデス・ゲーム』の原作などで知られる米澤穂信の直木賞受賞作を映画化。戦国時代、織田信長に反旗を翻し籠城作戦を決行した武将・荒木村重が、城内で相次ぐ怪事件の解明に挑む。城主を『おくりびと』などの本木雅弘、信長の使者として説得に訪れ捕らわれるも、事件解決に助言を与える軍師・黒田官兵衛を黒沢監督作『Cloud クラウド』などの菅田将暉、城主の妻を『ユリゴコロ』などの吉高由里子が演じるほか、青木崇高、宮舘涼太、柄本佑、オダギリジョーらが共演する」
 
 ヤフーの「あらすじ」は、「織田信長の非道なやり方に反発した武将・荒木村重(本木雅弘)は謀反を起こし、城に立てこもる。織田軍に包囲され孤立無援となった城内で血気盛んな家臣たちを抑えながら、彼は妻・千代保(吉高由里子)を心の支えに、城と人々を守ろうと心を砕いていた。そんな中、ある少年が不審死を遂げ、その後も怪事件が続発したことで、密室と化した城内にいる者たちは疑心暗鬼に陥っていく。追い詰められた村重は、信長の使者として説得に来て牢に捕らわれた軍師・黒田官兵衛(菅田将暉)に協力を求め、怪事件の謎を解き明かそうとする」となっています。
 
 原作の『黒牢城』は、米澤穂信による日本の推理小説の連作短編集です。『文芸カドカワ』や『カドブンノベル』などに掲載された4作品に加筆修正して、KADOKAWAより2021年6月に刊行。第166回直木三十五賞受賞、第22回本格ミステリ大賞(小説部門)受賞、第12回山田風太郎賞受賞。さらに「このミステリーがすごい!」2022年版国内編第1位、「週刊文春ミステリーベスト10」2021年国内部門第1位、「ミステリが読みたい!」2022年版国内篇第1位、「本格ミステリ・ベスト10」2022年国内ランキング第1位と、史上初となる4大ミステリランキング制覇を達成しています。
 
 荒木村重は、1535年(天文4年)、摂津国の国衆である池田氏の家臣の家に生まれました。池田家の内紛に乗じて頭角を現すと、織田信長の上洛に合わせて臣従。信長にその豪胆さと有能さを気に入られ、摂津国(現在の大阪府北中部・兵庫県南東部)の支配を丸ごと委ねられる大名へと出世し、有岡城(伊丹城)を本拠地としました。天正6年(1578年)、突如として信長に反旗を翻し、有岡城に籠城します。動機には諸説あり、「本願寺への兵糧横流しの嫌疑をかけられ、処刑を恐れた」とする説や「急速に拡大し家臣を冷遇し始めた信長への不信感」などが挙げられています。黒田官兵衛の幽閉: 説得に訪れた織田方の軍師・黒田官兵衛(孝高)を捕らえ、約1年間にわたって土牢に幽閉しました。
 
 籠城から約10ヶ月後、村重は夜に紛れて単身で城を脱出し、息子のいる尼崎城へ逃亡します。激怒した信長により、残された妻の「だし」や幼い子ども、一族、家臣ら600人以上が惨殺・処刑される凄惨な結末を迎えました。本作「黒牢城」は、この史実を基に大胆な創作を加えた作品ですが、登場人物たちの背景がわからないと物語もわかりにくかったですね。カンヌで絶賛されたなどと宣伝されていますが、日本人でもわかりにくいこの物語をカンヌの観客たちに理解できたか、はなはだ疑問です。
 
 本作のメガホンを取った黒沢清監督が世界的に認められている巨匠であることは間違いありませんが、それはあくまでもホラー映画の監督としてのこと。本作は黒沢監督初の時代劇とあって注目されましたが、まず画面の暗さが気になって仕方ありませんでした。あと、登場人物たちの関係性のわかりにくさ。この2点は、同じ「世界のクロサワ」でも黒澤明監督の晩年の大作時代劇である「影武者」(1980年)や「乱」(1985年)に通じるものがありました。案外、黒沢清監督は「影武者」や「乱」のような作品を目指していたのかもしれません。
 
 映画「黒牢城」には5つの謎が登場します。1.少年の密室殺人、2.変貌した敵将の首、3.殺された僧侶の謎、4.消えた村重の名器、5.信長に通じる裏切者の5つです。しかし、これらの戦国時代に詳しい歴史マニアなら面白いのかもしれませんが、一般の観客には「どこが謎なの?」という部分もあったように思います。これが全5話のドラマならば詳細な描写が加わって理解度も高まり、謎も輝きを増したと思います。しかし、なにぶん時間がなくて駆け足のため、説明が足りませんでした。

 地下牢に繋がれた黒田官兵衛はあまり存在感があるとは思えませんでしたが、稀代の軍師だけあって頭脳は冴えています。中でも、官兵衛が推理を和歌に詠んだところが興味深く感じました。戦国史研究の第一人者である静岡大学教授の小和田哲男氏によれば、和歌や連歌は戦国武将たちの教養として欠くべからざるものであったといいます。加藤清正などは、武士があまりに和歌・連歌に熱中してしまうと、本業である「武」の方がおろそかになってしまうことを警戒していたぐらいだったというのです。北条早雲は、「歌道を心得ていれば、常の出言に慎みがある」と述べたそうです。ちなみに、現在わたしは初の歌集である『禮の言霊』(言視舎)に収める歌を選んでいるところであります。
 
 「黒牢城」には日本映画界を代表する男優たちが出演していますが、中でもひときわ光っているのが、主人公の荒木村重を演じた本木雅弘です。かれはすでに還暦を迎えていますが、相変わらずカッコいいですね。というより若い頃よりも男前に磨きがかかっているのではないでしょうか。黒澤明作品の三船敏郎を彷彿とさせる男の色気を放っていました。他では、本木雅弘の事務所(ジャニーズ事務所→スタート・エンターテインメント)の後輩である宮舘涼太が良かったです。彼は一条真也の映画館「火喰い鳥を、喰う」で紹介した2025年の日本映画にも怪異現象研究家の役で出演していましたが、本作「黒牢城」の助三郎の方がずっと似合っていました。恰幅の良い助三郎を演じるために7キロも増量したとか。
 
 本作で描かれる荒木村重の考え方というか、思想は興味深かったです。彼はやたらと殺しまくる織田信長への疑問や反発から「殺さず」を信条としていました。だから人質の少年も、地下牢に幽閉した官兵衛も簡単に殺さなかったのです。「殺さず」という村重の姿勢はわが信条である「天下布礼」に通じるような気がします。礼とは「人間尊重」という意味です。信長は上洛以前、美濃攻略後に井ノ口を岐阜と改名した頃から「天下布武」という印章を用いています。訓読で「天下に武を布(し)く」であることから、「武力を以て天下を取る」「武家の政権を以て天下を支配する」という意味に理解されることが多いです。黄金の信長像の前に立つ!
 
 
 しかし、ブログ「『天下布武』と『天下布礼』」に書いたように、「天下布武」の真意は、軍事力ではなく、中国の史書からの引用で「七徳の武」という為政者の徳を説く内容の「武」であったと解釈されています。また、近年の歴史学では、戦国時代の「天下」とは日本全土を指しておらず、むしろ概念的に「室町幕府の支配領域」および「将軍権力自体」を指しており、地理的には厳密に五畿内(山城、大和、河内、和泉、摂津の5ヵ国。現在の京都府南部、奈良県、大阪府、兵庫県南東部)を指しており、それ以外の地域(たとえば同じ畿内であっても滋賀県や和歌山県)を含んでいないことが明らかとされました。
 
 村重が目指したものは「武」ではなく「礼」だったように思うのですが、それは彼が茶を点てる所作を見て強く感じました。一条真也の映画館「おくりびと」で本木雅弘が見せた納棺師の所作を思い出しました。茶道にしろ、華道にしろ、香道にしろ、そして納棺の儀にしろ、日本文化の真髄は所作にあり、さらに言えば指の動きにあります。「おくりびと」がアカデミー賞で日本映画初の外国語作品賞を受賞した最大の理由は、主演の本木雅弘の所作の美しさにあったと、わたしは思っています。「おくりびと」という映画は「眼に見える」部分で評価された作品であると言えるでしょう。
 
 荒木村重は、織田信長への謀反と有岡城の戦いの後は「道薫」と号して堺で茶の湯三昧の日々を送り、千利休の高弟「利休十哲」の1人に数えられるほどの優れた茶人となりました。1578年に信長に反旗を翻し、最終的に城を脱出して毛利氏を頼りました。もともと茶道に造詣が深かった彼は、本能寺の変後に堺へ移り、剃髪して茶人「道薫」として再起したのです。津田宗及ら堺の茶人や千利休と親交を結び、独自の境地を築きました。秀吉に近侍した時期もあり、利休の優れた高弟である「利休十哲」の一人に名を連ねています。村重は茶道具をこよなく愛し、名物茶入「荒木高麗」などにその名を残しています。彼は武将ではなく茶人として、歴史にその名を残したのでした。