No.1313


 
 東京に来ています。出版の打ち合わせを終えた7月16日の夜、映画「ユースフル・ゴースト」をヒューマントラストシネマ有楽町で観ました。シンガポール・タイ・ドイツ・フランスの合作です。カンヌ国際映画祭で批評家週間グランプリに輝いた話題作ですが、わたし的にはイマイチでした。
 
 ヤフーの「解説」には、「夫のところへ死んだ妻が掃除機の姿で帰ってくる型破りなラブストーリー。粉じん公害が深刻化するタイ・バンコクを舞台に、呼吸器疾患で亡くなった妻の魂が掃除機に宿り、夫のもとへと舞い戻る。メガホンを取るのはラッチャプーム・ブンバンチャーチョーク。『愛しのゴースト』などのダヴィカ・ホーン、ウィサルット・ヒンマラットのほか、アパシリ・ニティポン、ワンロップ・ルンカムチャットらがキャストに名を連ねる」と書かれています。

 ヤフーの「あらすじ」は、「粉じんによる公害が悪化の一途をたどるタイのバンコク。愛する妻・ナット(ダヴィカ・ホーン)を呼吸器疾患で亡くし、悲しみに暮れるマーチ(ウィサルット・ヒンマラット)のもとにある日、亡くなった妻が掃除機の姿になって戻ってくる。同じころ、マーチの家族が営む工場では、亡くなった従業員の霊が機械に憑依したことから操業停止の窮地に立たされていた」となっています。
 
 本作「ユースフル・ゴースト」と前日U-NEXTで鑑賞し、ブログ「愛しのゴースト」で紹介した2013年のタイ映画は、同じ女優がヒロインのゴーストを演じています。ダヴィカ・ホーンというモデル出身の女優ですが、本当に美しい人ですね。そして、「愛しのゴースト」と同じように、「ユースフル・ゴースト」もタイで知らない者がいないほどの有名な怪談である「プラカノーンのメー・ナーク」をベースとした物語となっています。ダヴィカ・ホーンは1992年生まれ。「愛しのゴースト」のときは21歳でしたが、本作「ユースフル・ゴースト」では34歳。しかし、現在の方がずっと美しいですね。いや、本当に美しい。いまアジアで一番の美女ではないでしょうか?
 
 マーチの妻であるナットは呼吸器疾患で亡くなってしまいますが、「どうしても、愛する夫に会いたい」という想いが強く、この世に戻ってきます。しかも、掃除機に憑依するというトンデモ設定でした。この掃除機の姿をした妻という物語を最後まで押し通すのかと思ったら、そうではありませんでした。掃除機妻は前半だけ登場し、後半はまったく違う方向へと物語が進んでいきます。最初はファンタジー感いっぱいでしたが、徐々にサスペンスからスリラー、スリラーからホラーへと怖い映画になっていきます。
 
 ナットとマーチは深く愛し合っていましたが、マーチの一族から結婚を反対されていました。2人がようやく結婚した後も、マーチの母親や叔母たちはナットを嫌い、いじめ続けました。マーチの母親は、ナットの霊を祓うべく僧侶たちに除霊を依頼します。生きているときもマーチの親族に嫌われて、死んだ後も嫌われる可哀想なナット。彼女の人生を哀れに感じました。ナット自身もマーチに「わたしの人生はろくなものじゃなかったわ。でも、あなたに会えて幸せだった。あなたの子どもを産みたかった」と言います。じつは、ナットは生前に卵子を凍結していたのでした。
 
 タイトルの「ユースフル・ゴースト」とは「役に立つ幽霊」という意味です。何の役に立つかというと、生きている人間の役に立つのです。マーチの家族が営む工場では、亡くなった従業員の霊が機械に憑依したことから操業停止の窮地に立たされていました。幽霊であるナットは、人間を困らせる幽霊を退治します。幽霊を退治する幽霊ということで、わたしは「ゲゲゲの鬼太郎」を思い浮かべました。鬼太郎は、妖怪を退治する妖怪ですから。それにしても、あれだけナットのことを嫌っていじめていたくせに、「役に立つ」とわかったとたん認めるマーチの家族は、なんか嫌らしいですね。
 
 本作は「プラカノーンのメー・ナーク」がベースですから、当然ながら赤ちゃんが登場します。しかし、オリジナルの「プラカノーンのメー・ナーク」怪談や映画「愛しのゴースト」とは違って、卵子凍結によって産まれた赤ちゃんという設定です。それを知ったわたしは、「おいおい、ずいぶんトリッキーな設定だな」と思ったのですが、調べてみたら卵子凍結というのは荒唐無稽な話でも何でもなく、現在では完全に認知されているのですね。卵子凍結は、将来の妊娠に備えて若い卵子をマイナス196℃の液体窒素で保存する技術です。自費診療となりますが、年齢が若い(30代半ばまで)ほど質が高く妊娠率も高くなるそうです。
 
 本作の後半は非常に政治色が強くなり、2010年にタイで発生した「血の暴動」で犠牲となった人々の幽霊が大量に登場します。2010年、タクシン元首相派の市民(通称「赤シャツ隊」)とアピシット政権(当時)との間で激化した反政府デモと武力衝突が起こりました。3月から5月にかけてバンコク中心部が占拠され、軍の強制排除により日本人カメラマンを含む90人以上が死亡、1800人以上が負傷しました。しかし、掃除機妻のファンタジー映画かと思っていたら、どんどん思わぬ方向へ進んでいき、最後は政治映画のようになったことには戸惑いました。もしかすると、この体制批判の部分やマーチの兄のLGBTQエピソードなどがカンヌの批評家たちに受けた理由かもしれませんね。