No.1317


 連休中、アメリカ映画「デッドマンズ・ワイヤー」をローソン・ユナイテッドシネマ小倉で観ました。名匠ガス・ヴァン・サント監督による実話に基づいた犯罪スリラーですが、ネットで高評価にもかかわらず本国での興行成績は今一つだったようです。しかし、わたしにとっては興味深い内容でした。「自分がもしこのような災難に遭ったら」とシミュレーションしながら鑑賞しました。
 
 ヤフーの「解説」には、「実際に起きた籠城事件を基にした犯罪スリラー。不動産会社に財産を奪われたと憤慨する男が、自作の自動発砲装置を付けたショットガンを手にし、不動産会社の役員を人質にして謝罪や補償を要求する。監督は『ドント・ウォーリー』などのガス・ヴァン・サント。『IT/イット』シリーズなどのビル・スカルスガルド、ドラマシリーズ『ストレンジャー・シングス 未知の世界』などのデイカー・モンゴメリー、『アンジェントルメン』などのケイリー・エルウィズのほか、マイハラ、コールマン・ドミンゴ、アル・パチーノらが出演する」と書かれています。
 
 ヤフーの「あらすじ」は、以下の通りです。
「不動産投資会社メリディアン・モーゲージ社に財産を奪われたと思い込んだトニー・キリシス(ビル・スカルスガルド)は、ショットガンを手に同社に乱入する。役員で社長M・L・ホール(アル・パチーノ)の息子リチャード(デイカー・モンゴメリー)を人質に取ったトニーは、謝罪や補償を要求する。マイケル・グレイブル刑事(ケイリー・エルウィズ)らが現場に急行するが、人質が離れたり自身が危害を加えられたりすると自動で発砲する装置をトニーがショットガンに付けたことで、うかつに近づけなくなる」
 
 わたしは実際に起きた犯罪の再現ドラマがけっこう好きなのですが、本作も実話を映画化したクライム・スリラーです。人質と自分の首をワイヤーとショットガンで固定し 63 時間も籠城した異常な事件に基づいていますが、くすんだ色の映像など70年代の雰囲気がよく出ていました。米レビューサイト「ロッテントマト」で92%フレッシュの高評価となっています。実際に鑑賞してみると、ドラマ性にはやや欠けるものの、実話がベースなだけあって非常にリアリティがありました。ただ、映画の最後に実際の犯人と人質の映像が流されるのですが、本作で演じた俳優たちとは似ても似つかないので、ちょっと引きましたね。
 
 本作は、1977年2月にアメリカのインディアナ州インディアナポリスで実際に起きた人質立てこもり事件(トニー・キリシス事件)を基にしています。臨場感をもって映画鑑賞したかったので、この事件の結末については一切情報を入れずに観ました。トニーは同社に押し入り、社長の息子であり役員でもあるディック・ホール(リチャード・ホール)を人質に取ります。その際、警察の突入や抵抗を防ぐために彼が考案したのが、映画のタイトルにもなっている「デッドマンズ・ワイヤー」という装置です。自分と人質の首をワイヤーで結びつけ、それをショットガンの引き金へと連動。もしトニーが警察に撃たれたり、人質が無理に逃げようとしたりして2人の距離が離れると、自動的に引き金が引かれて人質の後頭部が吹き飛びます。デッドマンズ・ワイヤーは極めて残忍かつ確実な仕組みでした。
 
 この完璧な膠着状態により、地元の警察やFBIは手出しが一切できなくなりました。わたしは、「もし、わが社にこの映画の犯人のような無敵の人が押し入ってきたら?」「もし、わたしの首にワイヤーが巻き付けられて人質になったら?」「もし、わたしの家族が人質になって、犯人と交渉することになったら?」など、いろんな場面をシミュレーションしながら観ると、まったく飽きることはありませんでした。経営者あるいは表現者であるわたしのような人間は、いつ何時、頭のいかれた無敵の人の攻撃を受けるかわかりません。そのときの覚悟ができました。
 
 デッドマンズ・ワイヤーという想定外の武器の使用に度肝を抜かれたのか、事件現場に駆け付けた警官たちはただ固唾を呑んで見守るだけでしたが、もっと何か策はなかったのかと思いました。初動がうまくいけば、大した事件にならずに済んだと思います。とはいっても、実際にあのような状況に立ち会えば、警察も人質の安全を第一に考えないといけないのでしょうが。それにしても、トニーの言うなりになって、ディックの両手に手錠をかけ、パトカーを乗っ取られ、トニーの自宅まで運転されて、そのまま籠城されるとは・・・・・・あまりにも警察が情けなくないですか?
 
 本作には1人のテレビ局の女性レポーターが登場します。彼女はこの事件に居合わせて、スクープを狙います。籠城したトニーの自宅の前まで行って中継も行いますが、警察から締め出しを食います。それでも、あきらめない彼女はトニーの兄にインタビューするなどして、執拗にトニーの動きを追い続けるのでした。この事件は典型的な「劇場型犯罪」ですが、米3大ネットワークを含む多くの報道陣を犯行現場に呼び、ディックにショットガンとワイヤーを仕掛けた状態のままカメラの前で記者会見を行いました。この事件は真昼間からリアルタイムでテレビ中継され、全米に凄まじい混乱と衝撃を与えました。それにしても、これが実話とは!
 
 トニーが仕掛けた「劇場型犯罪」はテレビだけでなく、ラジオも巻き込みました。人気ラジオ番組のDJに直接電話をかけ、モーゲージ社の悪事を電波に乗せて告発したのです。「インディアナポリスの声」と呼ばれた有名DJは、本当にイケボというか良い声をしていましたが、トニーは彼の大ファンで、電話で話したときに「俺はあんたが好きなんだ」「あんたを尊敬しているんだ」と手放しでリスペクトの念を示します。凶悪犯罪の犯人から熱いラブコールを受けて、DJもさぞ戸惑ったことでしょうが、このやりとりが事件解決への1つの糸口になるのでした。
 
 籠城中に、トニーがディックの父親であるM・L・ホール(アル・パチーノ)と電話で話す場面があるのですが、謝罪を要求するディックに対して決して謝らなかったのは立派でした。彼は実際に悪徳商人だったのかもしれませんが、犯罪者に屈してはなりません。人質となった息子のディックの態度も立派でした。どんな恐ろしい目に遭っても、パニックにならず、泣きも喚きもせず、ひたすら耐え続けました。ときどき「首が苦しい」「手錠が痛い」「トイレに行きたい」などの言葉を吐くだけでしたが、わたしはトイレが近い方なので、観ていて辛かったです。そんなディックを父は「くじけるな。しっかりやれ!」と激励するのですが、「親父も凄いけど、息子も凄いな!」と思いました。