No.639
10月18日の夜、日比谷で映画の打ち合わせをした後、TOHOシネマズ日比谷で映画「スペンサー ダイアナの決意」を観ました。ダイアナ妃を演じたクリステン・スチュワートが美しかったです。しかし、内容はひたすら重苦しく、ストレスフルでした。
ヤフー映画の「解説」には、こう書かれています。
「『アクトレス ~女たちの舞台~』などのクリステン・スチュワートが、ダイアナ元皇太子妃を演じたドラマ。1991年にクリスマス休暇を過ごしていたダイアナ妃が、自身の人生を見つめ直して重大な決断をする。監督は『ジャッキー/ファーストレディ 最後の使命』などのパブロ・ラライン。ドラマシリーズ『風の勇士 ポルダーク』などのジャック・ファーシング、『ターナー、光に愛を求めて』などのティモシー・スポールのほか、サリー・ホーキンス、ショーン・ハリスらが共演する」
ヤフー映画の「あらすじ」は、以下の通りです。
「1991年のクリスマス。ダイアナ妃(クリステン・スチュワート)は、クリスマスを祝うために王族が集まるエリザベス女王の私邸サンドリンガム・ハウスへ向かう。チャールズ皇太子との関係は冷え切っており、不倫や離婚がうわさされているにも関わらず、周囲は平静を装っていた。ダイアナは、外出しても他人からの視線を感じ、自分らしくいられる場所がないことに追い詰められていき、やがて限界に達した彼女は、ある決断を下す」
この映画、最初はダイアナ妃が自動車事故死する話かと思っていたのですが、彼女が離婚を決意するに至るクリスマス休暇の3日間を描いたサスペンスでした。冒頭に「実際に起こった悲劇に基づく寓話」と断っているので、フィクションの部分も多いのでしょう。ダイアナにとって王室の一員であることのストレスの大きさは尋常でなく、パパラッチからの攻撃(それは攻撃として呼びようがありません)もあって、ダイアナの精神は次第に変調をきたしていきます。エリザベス女王より早く来ていなければならない王族の集まりに何度も遅刻したり、晩餐の途中で気持ちが悪くなってトイレに逃げ込み、晩餐に戻れなくなったり......几帳面なわたしとしてはハラハラドキドキの連続で、とにかくストレスフルな映画でしたね。
この映画の原題「スペンサー」とは、彼女の実家であるスペンサー伯爵家を指しますが、先祖の1人に有名なアン・ブーリンがいます。ダイアナは自分の寝室に、アン・ブーリンの伝記本が置かれているのを見つけます。16世紀、国王ヘンリー8世が侍女ジェイン・シーモアとの結婚を望んだため、処刑された悲運の妃です。ヘンリー8世の王妃でありながら、斬首刑に処された悲劇の女性です。愛は憎悪へと変わり、ヘンリーは、アンに反逆罪と姦通罪の濡れ衣を着せて牢獄に送って斬首刑に処したのでした。そのアン・ブーリンの子孫であるダイアナにとって最大の苦悩は、夫チャールズの不倫でした。ダイアナは、自分が不倫をしているくせに妻を責める夫にヘンリー8世の影を見たのでした。映画の中でダイアナがアンの亡霊を見たり、声を聴いたりするシーンが何度か出てきますが、もうホラー映画そのものでしたね。
アン・ブーリンの亡霊を見るだけでなく、ダイアナが精神のバランスを崩して現実が歪んでゆくさまは、まるでサイコホラー映画のようでした。ダイアナが晩餐会を抜け出し、少女時代に住んでいたスペンサー邸を訪れるシーンがあるのですが、そのとき夜空には満月が浮かんでいました。それを見て、わたしは「ああ、ダイアナは月の女神だったな」と思い出しました。ギリシャ・ローマ神話における月の女神は、ギリシャ名がアルテミス、ローマ名がディアナ、英語名がダイアナです。彼女は、月と狩りと野生動物の女神です。美しく、人を寄せつけない狩りの女神であり、容赦ない残忍な一面も持ち合わせています。人間不信で、野生動物やお供の女性たちとの森での生活をこよなく愛していました。そして、月といえば「ルナティック」の言葉があるように、「狂気」の代名詞でもあります。この映画におけるダイアナはまさに月の女神でした。
映画の冒頭、軍用トラックの車列がものものしく登場します。トラックは鳥の死骸と思われるものを次々とまたぎ越していきます。やがて観客は、この鳥が、王室の男たちがたしなむ狩りのために育てられているキジだと知ります。ダイアナの2人の息子たちもキジ狩りをさせられますが、彼女はそれを必死で拒みます。月の女神は狩りの女神でもあるはずですが、ダイアナ妃はとにかく息子たちが狩りをすることに抵抗感があるのです。それはキジ狩りという営みそのものが、彼女を精神的に追い詰めた王室の悪しき伝統や慣習のシンボルだからでしょう。そして、冒頭に登場したキジの死骸とは、ボロボロになった彼女の精神そのものだったのです。辛いことばかりだったと思われるダイアナの結婚生活でしたが、楽しい思い出もありました。2人の息子たちとの生活です。息子たちも母を慕っており、テムズ川のほとりでロンドン橋を眺めながら母子3人でケンタッキーフライドチキンを食べるラストシーンは、彼女の切ない願望を表現していました。
冒頭の軍用トラックはサンドリンガム・ハウスへ食材の搬入にやって来たのでした。任務を完了した軍人たちと、料理人たちとが、それぞれ規律正しく列を成してすれ違います。サンドリンガム・ハウスの規律の厳格さを印象づける描写でした。晩餐会などでの王族たちの作法、王家に仕える執事や使用人たちのマナーなども、一条真也の映画館「ダウントン・アビー」や「ダウントン・アビー/新たなる時代へ」で紹介した英国貴族を描いた映画に魅せられた者にとっては興味深かったです。ただ、精神的に追い詰められ、摂食と過食を繰り返していたダイアナにとっては窮屈でしかない世界だったでしょう。王室の人々の中に明確な悪人はいません。エリザベス女王も特に意地悪には描かれていません。ダイアナは衣裳係のマギーという女性にだけは心を許しますが、現実のダイアナにもマギーのような存在がいれば良かったのにと思います。
この映画は歴史に残る「ロイヤルウエディング」から10年を経たダイアナの物語ですが、ジャック・ファーシング演じる夫・チャールズ皇太子との仲は冷え切っています。その上、彼女を四六時中監視しているグレゴリー少佐の存在にストレスを覚えるのですが、このグレゴリー少佐は名優ティモシー・スポールが演じていました。スポールといえば、一条真也の映画館「君を想い、バスに乗る」で紹介した2021年のイギリス映画で主演していましたね。妻を亡くした90歳の男性が、路線バスのフリーパスを利用してイギリス縦断の旅に出るロードムービーであり、グリーフケア映画です。道中さまざまな出会いやトラブルを経験しながら、妻との思い出の地を目指す主人公の姿が描かれます。映画の中の主人公はヨボヨボのお爺ちゃんですが、実際のティモシー・スポールはまだ65歳だと知って驚きました。俳優の演技力というのは凄いですね。感服しました!
この映画を観て、わたしは一条真也の映画館「ブロンド」で紹介したマリリン・モンローの伝記映画を連想しました。不安定な幼少期を過ごしたのち、映画スターへの道を歩み始めたノーマ・ジーン(アナ・デ・アルマス)の不幸な人生を描いた作品です。女優マリリン・モンローとして「紳士は金髪がお好き」などに出演して一躍トップスターとなった彼女は、ハリウッドのセックスシンボルとして脚光を浴びます。しかしその裏側では、本来の自分であるノーマと、世間がイメージするマリリンという虚像とのギャップに苦しんでいたのでした。もちろんモンローとダイアナは時代も立場も違いますが、ともに時代を象徴する女性であり、また、その死が陰謀の香りが強いことも共通しています。つまり、モンローはアメリカという国家あるいはCIAに、ダイアナはイギリスという国家あるいはイギリス王室に殺されたのではないかと囁かれ続けているのです。さらには、「ブロンド」も「スペンサー ダイアナの決意」も、ともに女性の心の闇を描いたトラウマ映画です。
「スペンサー ダイアナの決意」に話を戻すと、ダイアナを演じたクリステン・スチュワートは美しく、観ていて心地良かったです。しかし、ダイアナの孤独や切なさ、悲しみなどの描き方があまりにも救いがなく、ひたすら重苦しいだけでした。チャールズや王室との訣別を決めたクリスマス前後の出来事や心情に焦点を当てて作られたとのことですが、ダイアナの奇行ばかりが目立って、どうにも彼女に共感することができません。映画全体としてのメッセージもよく理解できません。
映画の中では、彼女はポルシェに乗り、シャネルのバッグを持ち歩いています。世界中の女性たちが憧れるような暮らしをしていたわけですが、食事の度に着替えるドレスも、晩餐会の料理も、ある意味では夢のようなプリンセス・ライフです。ダイアナは割り切って、この生活をもっと積極的にエンジョイできなかったのかと思う人もいるでしょう。いずれにせよ、この映画を観ただけでは理解できない謎がいくつも生まれましたので、もっとダイアナについて詳しく知るために、TOHOシネマズ日比谷からTOHOシネマズシャンテに移動して、ドキュメンタリー映画「プリンセス・ダイアナ」を観たいと思います。