No.713
5月17日、東京での会議の後、北九州に戻りました。16日、一条真也の映画館「EO イーオー」で紹介した映画をヒューマントラストシネマ有楽町で観た後、出版の打ち合わせをしてから同じ劇場で、フランス映画「ウィ、シェフ!」のレイトショーを観ました。わたしは「ウェルビーイング」と「コンパッション」についての本を書き上げ、刊行に向けての最終打合せをこの日に行ったのですが、「ウィ、シェフ!」にはまさにこの二大テーマが描かれていました。
ヤフー映画の「解説」には、こう書かれています。
「移民の少年たちが暮らす自立支援施設を舞台にしたコメディー。一流料理店のシェフだった女性が、調理アシスタントとして迎えた難民の少年たちと交流を重ねる。監督は『社会の片隅で』などのルイ=ジュリアン・プティ。『崖っぷちの女たち』などのオドレイ・ラミー、『最強のふたり』などのフランソワ・クリュゼらが出演する」
ヤフー映画の「あらすじ」は、以下の通りです。
「カティ(オドレイ・ラミー)は、一流レストランの副料理長を務めていたが、シェフと大ゲンカをして店を辞めてしまう。移民の少年たちが暮らす自立支援組織の調理担当として働きだすが、まともな食材も器具もないことに不満を抱えていたところ、施設長のロレンゾ(フランソワ・クリュゼ)から少年たちを調理アシスタントにしてはどうかと持ち掛けられる。天涯孤独で他者とのコミュニケーションが苦手なカティとフランス語が不得意な少年たちは、料理を通じて少しずつ心を通わせていく」
グルメ映画というか、レストランを舞台にした映画は多いです。わが社はホテルや結婚式場を経営しているので、勉強の意味も込めてなるべくその手の映画は観ることにしています。最近でも、一条真也の映画館「ボイリング・ポイント/沸騰」、「デリシュ」、「ザ・メニュー」といった作品が思い出されます。レストランは訪れた人を幸せにする場所です。特に高級レストランは、非日常的な空間で最高の食材を使った料理を楽しめます。見た目も美しい極上の一皿を口にしたときは、天国にも上るような気分になり、こころが満たされます。そう、そのとき、人はハートフルになるのです。わたしも、最近、還暦を迎える日の前夜に帝国ホテルのフレンチレストラン「レセゾン」でフルコースを食し、そんな至高の体験をしました。
そのような高級レストランでの極上体験ももちろん素晴らしいですが、人は毎日食事をしなければなりません。健康にも良くて美味しい食事を毎日できることは最高の幸せです。レストランでの食事が「ハピネス」に繋がるとしたら、日々の食事は持続的幸福としての「ウェルビーイング」に繋がります。映画「ウィ、シェフ!」でオドレイ・ラミーが演じる主人公カティは、一流レストランの副料理長を辞めて、移民の少年たちが暮らす自立支援組織の調理担当になります。それまでは缶詰中心の食事に慣れていた移民の少年たちは、カティが作る本物の料理に大喜びします。それが毎日続くのですから、こんな幸せなことはありません。そう、カティは「ハピネス」から「ウェルビーイング」に仕事を基軸を変えたのでした。この映画は「幸せとは何か?」を問う作品だと思いました。
カティのもとで移民の少年たちは料理を学びます。彼女の弟子となった彼らは、カティが何か指示をするたびに「ウィ、シェフ!」と言います。このような言葉を高圧的でハラスメントに通じるなどと批判する人もいるかもしれませんが、組織には絶対に必要な言葉です。この映画の原題は「LA BRIGADE」で、「旅団」という意味ですが、そこから「分隊」「チーム」「組」といった意味になります。レストランに限らず、結婚式場の披露宴でもそうですが、大人数に提供する料理は1人ではできません。チームワークでなんとか料理を作っても、それをお客様にきちんと説明出来るホール担当も必要です。レストランのシェフとは職人たちを束ねて統率する親方そのもので、それを可能にするのが「ウィ、シェフ!」という呪文です。この呪文によって、カティはリーダーシップを発揮し、料理に取り組む少年たちは団結するのです。
『隣人の時代』(三五館)
フランス映画をはじめ、ヨーロッパ映画ではよく移民問題が取り上げられます。でも、「ウィ、シェフ!」のように移民が平凡に暮らしている場面を描いたものは珍しく、彼らが犯罪に手を染めたり、逆に差別され搾取されたりする悲惨な物語の方が多いです。それゆえ移民というとネガティブな印象を抱きやすく、その意味でも、この映画が良かったです。特に興味深かったのは、アフリカやアジアや世界各国からフランスにやってきた移民の子たちが故郷の料理を作って、他のみんなに食べさせるシーンでした。そこには、国家や民族や宗教などを超えた「平和」と「平等」がありました。「隣人愛」を感じました。隣人愛といえば、フランスは「隣人祭り」が生まれた国です。拙著『隣人の時代』(三五館)に詳しく書いたように、隣人祭りとは、地域の隣人たちが食べ物や飲み物を持ち寄って集い、食事をしながら語り合うことです。移民施設ではまさに、隣人祭りが毎日のように開かれていたのでした!
そして、「ウィ、シェフ!」はコンパッションの映画です。コンパッションの「パッション」はイエス・キリストの受難を意味します。その苦しみを共有することが「コンパッション」です。この映画の舞台は、親元を離れた未成年の移民に教育を受けさせ、フランスに定住させることを目的とした自立支援施設。世界各地からフランスに集まってきた移民の少年たちは、みんな複雑な事情を抱えています。家は貧しく、フランスで働いて故郷の家族に仕送りをしたい者ばかりです。でも、フランスの法律では、18歳までに就学しなかった子は母国に送還されます。そんな彼らの苦しみや悲しみや不安を共有し、なんとか彼らを料理人としてフランスに定住させたいと思ったカティは、フランス版「料理の鉄人」のような料理番組で奇想天外な作戦を実行するのでした。
カティは、なぜ、それほどまでに親元を離れた移民の子たちにコンパッションを抱いたのでしょうか? それは彼女自身が少女時代を児童養護施設で育ったからです。料理人になるという夢を叶えた彼女は、少年たちの夢も叶えてやりたいと思ったのです。わたしは、ブログ「クイーンズ・ギャンビット」で紹介したネットフリックスの大ヒットドラマを思い出しました。冷戦期を舞台にチェスの天才少女を描いたヒューマンドラマです。1950年代の児童養護施設で人並外れたチェスの才能を開花させた少女エリザベス・ハーモン(ベス)が、薬物やアルコールへの依存症に苦しみながら、想像もしていなかった華やかなスターへの道を歩いていく物語です。主人公べス役のアニャ・テイラー=ジョイの熱演が素晴らしかったです。
「クイーンズ・ギャンビット」に登場する養護施設では薬物を子どもたちに投与しており、幼いベスは依存症になっていきます。黒人の同級生以外には生徒とも教師とも馴染めないベスはある日ひとり地下室で用務員のシャイベル老人が打つチェスに興味をそそられ、彼からチェスの手ほどきを受けるのでした。子どもに潜む才能を見つけ、それを育てるのは親の役割ですが、ベスには親がいません。その代わりに、シャイベルが親の役目を果たしたのです。映画「ウィ、シェフ!」でも、少女だったカティの料理の才能を認めた大人がいました。そのカティも1人の移民の少年の料理の才能を発見しました。わが社は、児童養護施設のお子さんたちに七五三や成人式の晴れ着の無償提供などを行っていますが、いずれはシャイベルやカティのような才能の発掘、育成のような活動も手掛けたいと思います。
「ウィ、シェフ!」の二大テーマについて書いた本
料理対決のテレビ番組への流れとか、カティの前の職場だったレストランに大人数で食事に行く流れなどがわかりにくかったは残念でしたが、この映画はコメディでもあるところは良かったです。深刻な移民問題と笑いを組み合わせたところが素晴らしく、人生にはユーモアが欠かせないというメッセージだと思いました。なぜなら、ユーモアとは「愛」に通じるからです。わたしの次回作である『ウェルビーング?』と『コンパッション!』(ともに、オリーブの木)でもユーモアの大切さについて書きました。わが社は、愛する人を亡くされた遺族の方々に寄り添う「グリーフケア」の支援活動を行っていますが、そこでは落語家や漫談師などを呼んで「笑いの会」も開催しています。「笑い」とは陰気を陽気に変えることのできる気の転換術だからです。映画「ウィ、シェフ!」のメッセージにも通じる『ウェルビーング?』と『コンパッション!』のツインブックスは来月中旬に発売です。どうぞ、お楽しみに!
次回作のツインブックスをお楽しみに!