No.792
今年130本目の映画ブログとなります。10月 27日から公開された映画「ドミノ」をシネプレックス小倉で観ました。奇妙な味のサスペンス映画で、SFの要素もあります。とても面白かったです。優れたエンターテイメント作品を観ると、わたしはスキップしながら映画館を出たくなるのですが、今回もそうでした。
ヤフーの「解説」には、「行方不明の娘を捜す刑事が、現実と見まがう世界に入り込んでいくサスペンス。銀行強盗の現場である男を見つけた刑事が、その男を追って不思議な世界に足を踏み入れる。監督などを手掛けるのは『シン・シティ』シリーズなどのロバート・ロドリゲス。『底知れぬ愛の闇』などのベン・アフレック、『アイ・アム・レジェンド』などのアリシー・ブラガのほか、J・D・パルド、ジャッキー・アール・ヘイリー、ウィリアム・フィクトナーらが出演している」とあります。
ヤフーの「あらすじ」は、「刑事のダニー・ローク(ベン・アフレック)の一人娘ミニーの行方がわからなくなり、彼は心身のバランスを崩していた。そんな折、銀行強盗を予告する匿名の通報が入り、銀行の外にいた怪しげな男(ウィリアム・フィクトナー)を見つけたダニーは、犯人より前に貸金庫を開ける。中には行方不明のミニーの写真が入っており、そこには『レヴ・デルレーンを見つけろ』と書いてあった。その後ダニーは、二人の警官と共に男を追って屋上へとたどりつく」となっています。
この「ドミノ」という映画、ネタバレしないようにギリギリのラインで書くと、原題が「ヒプノティック」というのですが、人の脳をハッキングして自由自在に操り、現実を再構築した"もうひとつの現実"を生み出す力のことです。強力な催眠術というか、もうこれは超能力の一種ですね。ですから、この映画はSF映画なのです。ウィリアム・フィクナーが演じるデルレーンは「絶対に捕まらない男」ですが、じつに不気味な存在でした。
SFというのはイマジネーションの宝庫ですが、わたしは新しいSF的アイデアに触れたとき、ものすごく感動してしまいます。「マトリックス」(1999年)を初めて観たときの仮想現実も刺激的でしたが、「ドミノ」の"もうひとつの現実"はそれとは違います。実際には映画のセットのようなものを使って現実を再構築するのですが、わたしは「これは映画そのもののメタファーではないか」と思いました。映画というメディアも、現実を再構築するアートだからです。一条真也の映画館「オール・ユー・ニード・イズ・キル」で紹介した2014年のSF映画でタイムループというアイデアを知ったときも感動しましたが、「ドミノ」にもタイムループ的な要素がありました。
「ドミノ」が撮影された場所は、テキサスにある映画作りの本拠地「トラブルメーカー・スタジオ」です。常に新たな領域を開拓し続け"映像の魔術師"と称されるロドリゲス監督が作り上げたスタジオについて、ベン・アフレックは「まさに映画製作者の夢のような施設だ」と感嘆したそうです。この場所で、まさに映画という「現実再構築」で行われるわけで、まるでひとつの大きな街のような巨大なセットで撮影されたバイクアクションやトラックの爆破など迫力満点の映像が満載です。「ドミノ」を観れば、映画こそが最強のヒプノティック装置であることがわかります。
さて、怪人デルレーンによるヒプノティックは効力絶大で、彼から「今日は暑いですね」と声をかけられた夫人は暑がって服を脱ぎ出します。また、朝一番の銀行の窓口嬢に「もう午後ですね」と声をかければ、彼女は終業時間だと思い込んで窓口を閉じます。自分を捕まえようとする警官たちに命令すれば、彼らは互いに殺し合ってしまう。しかしながら、ベン・アフレック扮するダニー・ロークにはヒプノティックが通用しません。子どもが行方不明になるという深い悲嘆を抱えている彼の心はけっして眠らないのでした。このシーンを観て、わたしは「深いグリーフは洗脳を受け付けないが、浅いグリーフはカルト宗教などの洗脳に弱いのかもしれない」などと思いました。
それにしても、わが子が行方不明になった親の悲嘆の深さというものは計り知れません。一条真也の映画館「アンダーカレント」で紹介した日本映画では、子どもが誘拐される恐怖を描いています。警察庁の統計によると全国の行方不明者は年間8万人超ですが、うち、9歳以下の子どもが1000人強もいるそうです。なぜ、子どもたちは突然消えてしまったのか。残された親たちはどうすればいいのか。生きているのか、死んでいるのかもわからない。ただ時間だけが経過していく。もちろん「生きているかも」という希望は持てるにせよ、親たちにとっては死別の悲嘆よりも厄介で深いグリーフだと言えます。映画「ドミノ」の冒頭では、まさに子どもが失踪するシーンがあるのですが、それさえも信じていいかどうか...本作は、そんな映画です。
「ドミノ」のメガホンを取ったロバート・ロドリゲスは2002年にはすでに原題である「ヒプノティック」の初期脚本を執筆し、「わたしのお気に入りの物語のひとつ」と呼んでいました。2018年11月、ロドリゲス本人が監督を務めることが決定し、スタジオ8のもとでマックス・ボレンスタイン(英語版)がオリジナル脚本をリライトしました。2019年11月には、本作をスタジオ8が国内配給権を持つソルスティス・スタジオと共同制作することが報じられました。構想を温め続けてきたロドリゲスは、「長年の夢がかなった」と映画化を喜び、「劇場で観客の脳をハッキングし―果てしない架空の世界へと誘う」と、本作の見どころを一言に凝縮しています。
主演のベン・アフレックは、 一条真也の映画館「バットマンvsスーパーマン ジャスティスの誕生」で紹介した2016年の映画でブルース・ウェイン/バットマンを演じました。彼は「ハリウッドランド」(2006年)でスーパーマンを演じた俳優ジョージ・リーヴスを演じているため、初めてスーパーマンとバットマンを演じた俳優となりました。そんな彼は、「ドミノ」について、「ロドリゲス監督と一緒に仕事をしたかった」と語ります。また、ロドリゲス監督が作り上げたスタジオについては、「まさに映画製作者の夢のような施設だ」と感嘆。さらに「心から尊敬できる監督と仕事ができて楽しい」とも語っています。
謎の男であるデルレーンを演じたウィリアム・フィクナーも存在感がありました。1956年生まれの彼は、現在66歳です。アメリカン・アカデミー・オブ・ドラマティック・アーツで演技を学んだ後、ニューヨークで多くの舞台に立ち、1987年から1994年までソープオペラ「アズ・ザ・ワールド・ターンズ」に出演。1992年の「マルコムX」で映画デビューを果たし、以後、コンスタントに名脇役として多くの映画で活躍しています。特に1998年の「アルマゲドン」のウィリアム・シャープ大佐役などで人気を呼びました。クリストファー・リーに雰囲気が似ているので、ドラキュラ役も似合うと思います。
「ドミノ」のヒロインを演じたのは、アリシー・ブラガです。最初は、謎の占い師ダイアナとして登場しましたが、次第に彼女の驚くべき正体が明かされていきます。アリシー・ブラガの母のアンナ・ブラガ、叔母のソニア・ブラガも女優ですが、自身は2002年の19歳のときに「シティ・オブ・ゴッド」のアンジェリカ役でデビューしました。その後は、「アイ・アム・レジェンド」(2007年)でウィル・スミスと共演し、念願のハリウッド進出を果たしました。彼女は"映像の魔術師"と呼ばれるロドリゲス監督と一緒に仕事がしたかったそうで、「ロドリゲス監督は特別」と絶賛しています。
最後に、「ドミノ」という邦題の通り、この映画にはドミノ倒しのシーンが登場します。ドミノ倒しは、16世紀にヨーロッパで生まれましたが、最初は倒すのではなく、並ぶ形で宮廷の人々に楽しまれていたそうです。1980年代より多数の牌を使い複雑なパターンを作り、シーソーや滑り台などの特異な仕掛けを組み込んだものが、テレビなどでショーとして取り上げられるようになりました。ドミノは中国の天九牌が起源だとされています。それがシルクロードを経由しつつ、いつの間にかドミノという遊びに変化しました。18世紀にイタリアからヨーロッパに広まったとされる。日本でも、ドミノは多くの人に知られています。それは、テレビでドミノ倒しが放送されたことをきっかけにブームが起きたからです。そのため、ドミノ=ドミノ倒しの牌という認識になってしまったようですね。