No.887


 5月19日の日曜日、日本映画「湖の女たち」を小倉コロナシネマワールドで観ました。商業施設自体はものすごい人出で駐車場も一杯だったのに、シネコンの2番シアターの観客はわたし以外に1人だけ。空間的には快適でしたが、「ここの映画館、いつも人がいないけど、経営は大丈夫?」と心配になりました。映画そのものですが、前日にブログ「ミッシング」で紹介した日本映画の大傑作を観たばかりなので、かなり物足りなさを感じましたね。
 
 ヤフーの「解説」には、こう書かれています。
「『さよなら渓谷』の原作者・吉田修一と、大森立嗣監督が再び組んだミステリー。ある介護施設で一人の老人が殺害された事件を巡り、翻弄される人々の姿を描く。捜査にあたる刑事を『ちょっと今から仕事やめてくる』などの福士蒼汰、容疑者として嫌疑をかけられた介護士を『雨に叫べば』などの松本まりか、事件の真相を追う週刊誌記者を『あの娘は知らない』などの福地桃子が演じるほか、財前直見、三田佳子、浅野忠信らが共演する」
 
 ヤフーの「あらすじ」は、以下の通りです。
「湖畔の介護施設で100歳の老人が殺害され、西湖署の若手刑事・濱中圭介(福士蒼汰)とベテラン刑事の伊佐美佑(浅野忠信)が事件の捜査に乗りだす。厳しい取り調べを行う中、圭介はその過程で出会った介護士・豊田佳代(松本まりか)にゆがんだ支配欲を募らせる。一方、事件を追う週刊誌記者・池田由季(福地桃子)は、今回の事件と過去の薬害事件との関連を突き止めるが、さらに取材を進める中で衝撃的な事実が浮かび上がる」
 
 この映画は、一条真也の映画館「悪人」「怒り」「楽園」で紹介した映画と同じく吉田修一の小説が原作です。その『湖の女たち』(新潮文庫)について、アマゾンには「『悪人』『怒り』を超える愛の衝撃! 吉田修一史上『最悪の罪』と対峙せよ。琵琶湖近くの介護療養施設で、百歳の男が殺された。捜査で出会った男と女―謎が広がり深まる中、刑事と容疑者だった二人は、離れられなくなっていく。一方、事件を取材する記者は、死亡した男の過去に興味を抱き旧満州を訪ねるが......。昭和から令和へ、日本人が心の底に堆積させた『原罪』を炙りだす、慟哭の長編ミステリ」と書かれています。
 
「悪人」も「怒り」も非常に見応えのある犯罪映画でした。原作も名作でした。その2作を超える衝撃を受ける物語とは、否が応でも期待値が高まりました。じつは、この映画、わたしの知人が経営する会社が出資をしています。それで、かなり前から作品の存在自体は知っていました。また、日本映画界を代表するような豪華俳優陣が出演しているとあって鑑賞を楽しみにしていたのですが、正直イマイチでしたね。昭和の罪と令和の罪の結びつけに強引さを感じました。失礼ながら、同じ素材でも原作者が松本清張で、監督が野村芳太郎だったら、もっと凄い超弩級の社会派ミステリー映画が完成していたように思います。
 
 映画「湖の女たち」のメガホンを取ったのは、大森立嗣監督です。1970年東京生まれ、父親は舞踏家で「大駱駝艦」の創始者である麿赤兒、母は桃枝、弟は俳優の大森南朋、女優の小野ゆり子は義理の妹に当たります。父である麿赤兒、弟である南朋は常連俳優でもあり、たびたび出演しています。大森監督の作品では、一条真也の映画館「日日是好日」で紹介した2018年の茶道映画が素晴らしかったです。同作品で第43回報知映画賞監督賞を受賞。また、一条真也の映画館「MOTHER マザー」で紹介した2020年公開作では、主演の長澤まさみが第44回日本アカデミー賞 最優秀主演女優賞、第63回ブルーリボン賞 主演女優賞、第33回日刊スポーツ映画大賞 主演女優賞を受賞しました。
 
 さて、映画「湖の女たち」には3つの職場というか、3つの世界が舞台として登場します。介護施設と警察署と週刊誌編集部です。介護施設では、松本まりか演じる豊田佳代をはじめ女性たちが働いていますが、スクリーンに映る介護の現場は過酷です。わが社も介護施設を運営しているので他人事ではないのですが、「もっと何とかならないのか」と思いました。特に、同じような仕事をしていながら看護師と介護士の待遇や周囲の扱い方が大きく違うという現実には胸が痛みました。ただ、財前直見演じる介護士・松本郁子が警察の取り調べで自白を強制されたとき、「わたしは介護士の仕事に誇りを持っている!」と叫んだシーンには感動しました。
 
 一方、警察署や週刊誌編集部の男たちには自身の仕事へのプライドの欠片もないように思えました。浅野忠信演じるベテラン刑事の伊佐美佑と福士蒼汰演じる若手刑事・濱中圭介から「わたしが殺しました。理由は、看護師と介護士の扱いの違いに対する積年の恨みです」というウソの供述書にサインさせられそうになったとき、介護士の松本郁子は「わたしは介護士の仕事に誇りを持っとる。あんたら警察にはプライドはないんか!」と叫びます。介護業と同じく、警察も社会に必要不可欠なエッセンシャルワークのはずですが、男たちの堕落によって最低のブルシット・ジョブに陥る危険性を持っていることを表現していました。週刊誌に至っては言わずもがなです。まあ、どんな権力が相手でも果敢に立ち向かっていく「週刊文春」のような気骨のあるメディアもありますが。
 
 この映画の長所は、警察署や週刊誌の嫌らしさをよく描いている点にあり、その先にある自民党とか日本医師会などの巨大権力への批判的視点はちょっと空回りしていると思いました。それと、この映画は「エロティック・サスペンス」だそうですが、そこも中途半端というか完成度が低いと思いましたね。福士蒼汰と松本まりかの絡みもセクシャルに描いているつもりかもしれませんが、単に気持ち悪いだけで、官能的だなどとは1ミリも思えませんでした。「湖の女たち」の公開記念舞台挨拶は18日に行われました。イベント中には原作者の吉田修一から手紙が寄せられました。そこでは、作品に込めた思いや映像化の感想などが綴られ、映画および主演の松本まりかの演技について絶賛していました。でも、正直わざとらしく感じました。というか、本当にこの映画を絶賛するのなら、「吉田修一も大したことないな」とさえ思いました。
 
 原作者の言葉を聴いた松本まりかは大粒の涙を流しながら、「このオファーを受けたこと自体、非常に罪深いことをしたと思いました」と吐露。「私は人間性も演技もまだまだ未熟で、この作品をやり切ることはできないと思いましたが、大森監督とこの作品がやりたいと。自分の欲求だけでやってしまった」と複雑な心境を明かしました。確かに、「ミッシング」の石原さとみなどに比べたら、女優としての力量はまだまだです。バラエティ番組などではセクシーさを売り物にしているようですが、スクリーンに映る彼女の表情から、わたしはまったく色気を感じることはできませんでした。要するに、演技力がないのだと思います。しかし、自身の未熟さを素直に認めたこと彼女には好感を持ちました。この謙虚さを忘れなければ、まだまだ伸びる女優さんだと思います。