No.1036
3月14日の朝、「第48回日本アカデミー賞授賞式」への参加前、この日から公開のアメリカ映画「ロングレッグス」をTOHOシネマズ日本橋で観ました。「この10年でいちばん怖い映画」というキャッチフレーズが話題ですが、そこまで怖くはありませんでした。でも、面白かった! いかにも〝アメリカン・ホラー"といった作品でした。
ヤフーの「解説」には、こう書かれています。
「未解決の一家連続殺人事件を捜査するFBI捜査官の姿を描くホラー。ある連続殺人事件を追う新人捜査官が、全ての事件に関係する謎の人物と向き合うことになる。監督などを務めるのは『呪われし家に咲く一輪の花』などのオズグッド・パーキンス。『イット・フォローズ』などのマイカ・モンロー、『ナイト・オブ・アルカディアン』などのニコラス・ケイジのほか、ブレア・アンダーウッド、アリシア・ウィットらが出演している」
ヤフーの「あらすじ」は、「新人のFBI捜査官リー・ハーカー(マイカ・モンロー)は、未解決のままの一家連続殺人事件の捜査を指示される。10件の連続殺人事件に共通するのは、自身の家族を殺害した父親が後に自殺していること、そしてロングレッグス(ニコラス・ケイジ)という謎の人物からの暗号文が現場に残されていることだった。不可解な謎と少ない手がかりを頼りにリーは少しずつ事件の真相へと迫っていく」となっています。
冒頭、幼い少女に1人の人物が近づいてきます。性別がわかりませんが、話し声などから男性であることが推測されます。口元しか映っていない顔を白く塗ったこの男性こそが、ロングレッグスでした。少女の母親は「なぜ、娘に話しかけているの?」と言います。海外の映画サイトなどでは、このシーンを「離婚した元夫が勝手に接近禁止の娘に近づいてるい」ことを元妻が責めているとの見方があるようです。単なる不審者と考える方が一般的だとは思うのですが、いずれにしても、この映画はアメリカ映画の最大のコンセプトである「父親」をテーマにした作品だと言えるでしょう。実際、この映画で起こるどの事件も父親が家族を皆殺しにしてから最後に自殺しているのです。
物語は一家連続殺人事件を中心に進みます。幼児の腐乱死体をはじめ、次々に悲惨な殺人現場が登場します。そこにはシリアルキラー"ロングレッグス"からの手紙が残されているのですが、殺人現場にメッセージが残れているという構図、どこかで見たことあるなと思ったら、「セブン」(1995年)に似ていると気づきました。キリスト教の"7つの大罪"になぞらえた奇怪な連続殺人事件を追う2人の刑事を描いたサイコ・サスペンスで、アメリカ・日本ともに大ヒットを記録しました。凝りに凝ったオープニングが象徴するように、デヴィッド・フィンチャーのスタイリッシュな画造りと、ブラッド・ピット&モーガン・フリーマンの渋い演技が光る一編です。
マイカ・モンローといえば、「イット・フォローズ」(1994年)というホラー映画に主演しています。各国の映画祭で高い評価を獲得し、クエンティン・タランティーノも絶賛の声を寄せた異色のホラーです。ある男と熱い夜を過ごす19歳のジェイ(マイカ・モンロー)でしたが、彼は突如として彼女を椅子に縛り付けて奇妙な告白をします。それは性行為をすることで、ほかの者には見えない異形を目にするようになり、彼らに捕まると殺されてしまう怪現象を相手にうつすことができるというものでした。さらに、その相手が異形に殺されたら怪現象は自身に戻ってくるというのです。ジェイには、信じられませんでした。
ロングレッグスの捜査は何の手がかりもなく行き詰まりますが、捜査チームにマイカ・モンロー演じるリー・ハーカーが配属されるところから始まります。彼女にはある種の超能力があり、「この家に犯人がいる」といきなり言い当てたりします。彼女の能力について半信半疑の者も多いですが、解決の糸口が全く見えない状況なので、チームはリーの力を頼りにするしかありません。リーは、ロングレッグスが現場に残した手紙の内容も丹念に調べます。捜査が進むにつれて、リー自身の過去にも関わる重大な真実が明らかになっていくのでした。マイカ・モンローは一条真也の映画館「視線」で紹介した2022年のサスペンス・スリラー映画の名作にも主演していますが、不安や恐怖の表現力が素晴らしく、まさに現代の"ホラー・クイーン"ですね。
「ロングレッグス」でシリアルキラーを演じたニコラス・ケイジは、言われなければ演者不明でしょう。顔が真っ白なのですが、話し方や所作が不気味さ100パーセントでした。マイカ・モンローは、事前にロングレッグスの風貌を知らされていなかったそうです。彼女は、特殊メイクを施したケイジを見た途端、衝撃で心拍数が跳ね上がったとして、「(ケイジが)数時間ヘアメイクの椅子に座っていたのは知っていたけど、それでも何もわからなかった。かなりシュールな体験で、一生忘れることはないと思う」と語っています。パーキンス監督は「マイカは素晴らしい俳優で、あのファーストテイクでは彼女の中にたくさんの感情が渦巻いているのを感じた。期待と緊張、愛、恐怖、悲しみ、興奮。すべてがあった」と称賛しています。
ニコラス・ケイジといえば、一条真也の映画館「シンパシー・フォー・ザ・デビル」で紹介した最新作のアメリカ映画でもものすごい怪演を見せていました。同作は、目的も行き先も分からないカージャックの行方を描くアクションスリラーです。妻の出産に立ち会うため、ラスベガス中心部の病院へ車で向かっていたデイビッド(ジョエル・キナマン)。ところが病院の駐車場で、突如見知らぬ男(ニコラス・ケイジ)が後部座席に乗り込んできます。拳銃を突きつけられて車を出すように指示され、やむなく従ったデイビッドだったが、やがて狂気をあらわにした男の暴走はエスカレートし、立ち寄ったダイナーで大惨事を引き起こすのでした。原型もとどめない白塗りメイクの「ロングレッグス」ほどではないですが、「シンパシー・フォー・ザ・デビル」でのケイジもなかなかの怪演でした。彼は、わたしと同学年の61歳です。ぜひ、彼にはこれからも一番イカレた親父、最高にアブない親父を演じてほしいものです!
このように"ホラー・クイーン"のマイカ・モンローと"最高にアブない親父"のニコラス・ケイジの共演は2人の化学反応が異様な緊張感を生み出していました。最初、殺人事件の捜査シーンがずっと続くので、「これはホラー映画ではなく、サスペンス映画かスリラー映画なの?」と思いましたが、観続けていくと、ちゃんとホラーであることがわかりました。ネタバレしないように注意しながら書くと、ロングレッグスの犯行の背景にはアメリカにはびこる"悪魔崇拝"の信仰がありました。実在の悪魔崇拝者チャールズ・マンソンを連想しますが、劇中でも「マンソン」の名が登場しましたね。一条真也の映画館「ワンス・アポン・ア・タイム・イン・ハリウッド」で紹介した2019年のタランティーノ監督の大作映画にも登場したマンソンと彼のファミリーは、アメリカにおける悪魔崇拝のシンボルなのです。多くのアメリカ人は映画「ロングレッグス」を観て、悪魔崇拝の恐怖を思い起こしたのではないでしょうか?