No.1040


 3月28日の夜、この日から公開したフランス・ベルギー映画「エミリア・ペレス」をシネプレックス小倉のレイトショーで鑑賞。第97回アカデミー賞で最多12部門13ノミネートを達成し、助演女優賞と歌曲賞の2部門に輝いた作品で、すでに試写会で観ていた映画ジャーナリスト・堀田明子さんのおススメです。正直わたし好みの内容ではありませんでしたが、それでも非常に興味深かったです。

 ヤフーの「解説」には、こう書かれています。
「ボリス・ラゾンの小説を原作に、女性として新たな人生を歩むことになった麻薬カルテルの元ボスを描くドラマ。かつて麻薬カルテルの頂点に君臨した男性が、弁護士の協力によりエミリア・ペレスという女性へと生まれ変わる。監督などを務めるのは『パリ13区』などのジャック・オーディアール。『コロンビアーナ』などのゾーイ・サルダナ、カルラ・ソフィア・ガスコンのほか、セレーナ・ゴメス、アドリアーナ・パスらがキャストに名を連ねている」

 ヤフーの「あらすじ」は、以下の通りです。
「弁護士のリタは、麻薬カルテルを率いるマニタスから女性として生きるために新たな生活を用意してもらいたいと依頼を受ける。リタの周到な計画により極秘の計画が実行に移され、男性としてのマニタスは消息を絶つことに成功する。数年後、イギリスで新しいスタートを切ったリタの前に、エミリア・ペレスという女性が姿を見せる」
 
 いつもわたしの映画の世界を拡げてくれる堀田さんのおススメ映画でしたが、ちょっと最近の話題作にあまりにも「LGBTQ」がテーマになっている作品が多すぎて食傷気味だったところなので、「またか!」と思いました。その堀田さんは一条真也の映画館「教皇選挙」で紹介した映画を27日に鑑賞したそうですが、LINEで「重厚な王道ドラマでしたね!」と述べながらも「オチは最近よくあるもので、またかと思ってしまいました」と感想を伝えてくれました。みんな、LGBTQ映画に疲れているのかも?。
 
 麻薬王マニタスとエミリア・ペレスの2役を演じたカルラ・ソフィア・ガスコンは熱演だったと思います。女性の身体を得た途端に他者へのコンパッションに目覚めたところは非常に興味深く、コンパッション、すなわち「思いやり」というものの本質が母性に根差しているのではないかと思いました。完全な女性になったエミリア・ペレスは2人の子どもたちへの愛情も深くなりますが、それが裏目になって彼女の人生そのものを破滅に向かわせることになります。わたしは、「やはり、思いやりの究極は母性愛に極まるのか」と思ってしまいました。
 
「エミリア・ペレス」は、ミュージカル映画です。アカデミー賞歌曲賞を受賞した「El Mal」のシーンは圧巻ですが、オーディアール監督はミュージカル映画をいつか制作したいと以前から考えていたそうです。2作目の「つつましき詐欺師」(1996年・日本劇場未公開)を撮影したとき、映画音楽を手がけた作曲家アレクサンドル・デスプラとミュージカル映画を制作したいと話し合っていたといいます。「預言者」(2009年)のときも、脚本を手がけたトマ・ビデガンと、パリ郊外(バンリュー)を舞台にしたミュージカル作品を制作することを構想していたとか。前々からいつか制作したい気持ちが念頭にあったミュージカル映画を、オーディアール監督は「エミリア・ペレス」でようやく実現したというわけです。
 
 ミュージカルといえば、28日の夜は「金曜ロードショー」で一条真也の映画館「グレイテスト・ショーマン」で紹介したミュージカル映画の名作を放映していました。19世紀に活躍した伝説のエンターテイナー、P・T・バーナムをヒュー・ジャックマンが演じるミュージカルです。空想家の主人公が卓越したアイデアと野心で世界中を熱狂させるさまと、ロマンチックな愛の物語が描かれます。P・T・バーナム(ヒュー・ジャックマン)は妻(ミシェル・ウィリアムズ)と娘たちを幸せにすることを願い、これまでにないゴージャスなショーを作ろうと考えるのでした。「グレイテスト・ショーマン」といい、「エミリア・ペレス」といい、ミュージカル映画には一見ふさわしくない種類の物語ですが、だからこそミュージカルの要素を入れることによってファンタジー化しようとしたのかもしれませんね。
ハリウッド・リポーター・ジャパン」より



「エミリア・ペレス」をわたしに紹介してくれた堀田さんは、オーディアール監督にインタビューを行い、「『エミリア・ペレス』ジャック・オーディアール監督にインタビュー『人は第二の人生を得る権利がある』」という記事にまとめています。そこでは「他者を理解して受け入れること」をテーマに、堀田さんが「本作に登場する4人の女性たちが、それぞれ抑圧されていた世界から勇気を出して飛び出していく姿に共感し心を打たれました。どのような思いが込められていますか?」と質問したところ、監督は「本作で意図したのは、それぞれの登場人物がどんどん大きく変化をしていくということです。ドミノみたいにエミリアという人物が中心にいて、彼女がポンとドミノを倒したら、みんながバタバタバタってその人ぞれぞれに変化をしていく」と答えています。

 また、オーディアール監督は「マニタスが性別適合手術をしてエミリアになったことで、リタも今まで鬱屈していて納得のいかない人生を送っていたところから、急に花が開いて生まれ変わっていきます。エミリアを中心にしたドミノのように、彼女がどんどん影響力を広めて周りのみんなが生まれ変わっていく姿を表現したんです」とも語っています。インタビュアーの堀田さんが「本作はエネルギーに溢れる作品で私自身もパワーや勇気をもらいました。これから本作を鑑賞する皆様へメッセージはありますか?」と質問すれば、監督は「本作を通じて伝えたかったことは、他者を受け入れる寛大さが重要だということです。今のアメリカの社会背景を見ると、特にトランスジェンダーの方たちはなかなか生きづらいと思いますが、他者を理解して受け入れること、そしてその心の寛大さを大切にしてほしいと伝えたいですね」と答えています。
 
 ブログ「第97回アカデミー賞」で紹介したように、今年のオスカーレースは、一条真也の映画館「ANORA アノーラ」で紹介した6部門ノミネート作品が作品賞や監督賞をはじめ席巻しました。じつは13部門ノミネートのフランス映画「エミリア・ペレス」が賞レースの大本命だったのですが、主演俳優のSNSでの炎上によってレースの先頭から転げ落ち、二番手候補だった「ANORA アノーラ」が棚ぼた式に5冠を手にするという結果になったのです。非常に後味の悪い出来事でありました。第97回米アカデミー賞の主演女優賞候補で、スペイン出身の俳優カルラ・ソフィア・ガスコンが過去に行った差別的発言が露見し、多方面から大きな批判を浴びたのです。
「JIJI.COM」より



 ガスコンは出生時の性別と性自認が異なるトランスジェンダー女性として初めて同部門にノミネートされましたが、自身で快挙に水を差した形となりました。ガスコンは「エミリア・ペレス」に主演。同作は今回最多の13ノミネートを果たし、性別適合手術を受け女性になるメキシコの麻薬カルテルのボス役ガスコンさんの演技も評価されました。多くのメディアがガスコンのノミネートを「歴史をつくった」と報じました。ただ、その後、ガスコン自身がX(旧ツイッター)上で攻撃的な発言を繰り返していたことが明らかになったのです。ガスコンはイスラム教徒について「治療が必要な憎悪の根源」と主張。米中西部ミネソタ州で2020年、警官に首を圧迫され死亡した黒人男性ジョージ・フロイド氏を「麻薬中毒者の詐欺師」とも表現しました。アカデミー賞の多様性批判も展開しました。
「VOGUE JAPAN」より



 ガスコンは批判を受けXアカウントを削除し、再三にわたり陳謝しました。トランプ大統領が「性別は男女のみ」と宣言する中、アカデミー会員はガスコンを候補に選び、多様性を擁護する姿勢を示しました。象徴的な存在となった当人ですが、結局は炎上騒動が災いして、ガスコンの主演女優賞をはじめ、「エミリア・ベレス」は作品賞や監督賞を逃がしたのです。もちろん差別的言動は許されません。でも、ガスコン本人が主演女優賞を逃がすのはともかく、「エミリア・ペレス」関連の他の受賞にまで影響したことには違和感があります。基本的に映画は作品内容でのみ評価されるべきです。しかし、わたし個人としては、「エミリア・ペレス」よりも「ANORA アノーラ」の方が傑作だと思ったことは事実ですが......。