No.1041
3月29日、アメリカのSF映画「ミッキー17」をシネプレックス小倉で観ました。SF映画はけっこう観てきたわたしですが、本作は珍しい設定でした。サスペンスフルな物語であり、ブラックユーモアも満載で楽しめました。ただ、上映時間の137分はちょっと長く感じましたね。
ヤフーの「解説」には、こう書かれています。
「『パラサイト 半地下の家族』などのポン・ジュノ監督が、エドワード・アシュトンの同名小説を実写化したSFサスペンス。何度も生き返り、その度に過酷な業務を強いられる契約をした男の前に、自分のコピーが現れる。『THE BATMAN-ザ・バットマン-』などのロバート・パティンソン、『レディ・マクベス』などのナオミ・アッキー、『ミナリ』などのスティーヴン・ユァンのほか、トニ・コレット、マーク・ラファロらが出演する」
ヤフーの「あらすじ」は、以下の通りです。
「失敗続きの人生を送ってきたミッキー(ロバート・パティンソン)は、何度も生き返りながら働くという契約をある企業と交わす。過酷な業務を命じられて命を落としては生き返るという日々の中で搾取されてきたミッキーの前に、企業側の手違いで誕生した自分の分身が現れる。ミッキーは、この状況を生かして企業への反撃に動き出す」
「ミッキー17」に通底するブラックユーモアとサスペンスの感覚は、一条真也の映画館「パラサイト 半地下の家族」で紹介した2019年のポン・ジュノ監督の大ヒット作にも見られます。韓国の半地下住宅に住むキム一家は全員失業中で、日々の暮らしに困窮していました。ある日、たまたま長男のギウ(チェ・ウシク)が家庭教師の面接のため、IT企業のCEOを務めるパク氏の豪邸を訪ね、兄に続いて妹のギジョン(パク・ソダム)もその家に足を踏み入れます。第72回カンヌ国際映画祭では韓国映画初となるパルム・ドール。第92回アカデミー賞では作品賞を含む6部門にノミネートされ、作品賞、監督賞、脚本賞、国際長編映画賞の最多4部門を受賞。非英語作品の作品賞受賞は史上初めてであり、アカデミー作品賞とカンヌの最高賞を同時に受賞した作品は「マーティ」(1955年)以来で、じつに65年ぶりの快挙でした。
「パラサイト 半地下の家族」では想像を絶する"どん底人生"が描かれますが、「ミッキー17」ではそれを超える"どん底人生"が登場します。ロバート・パティンソン演じる主人公のミッキーは、借金から逃れるために契約書をしっかり読まないまま、自分を実験体として複製する事に了承してしまいます。死んでも記憶はバックアップされ、死の記憶も含めて次世代に引き継がれます。そして、ミッキーはカルト教団の惑星移民船団に乗せられ、何度も何度も殺されて、17回目の人生を生きるのでした。しかし、そんな17番ミッキーが死んだと思われて、18番ミッキーが複製されてしまいます。複製が2人同時に存在すると記憶も肉体も全て消されてしまうという規約があるのですが、性格がまったく違う17番と18番は共に生き残るために共闘します。ここに大きなメッセージを感じます。
弱気な17番ミッキーと強気な18番ミッキーを演じ分けた主演のロバート・パティンソンは良かったです。彼は、一条真也の映画館「THE BATMAN―ザ・バットマン―」で紹介した2022年のアメリカ映画で主役のバットマンを演じました。「ミッキー17」と同じくワーナー ブラザースの176分の超大作です。両親を殺害されたブルース・ウェイン(ロバート・パティンソン)は探偵となり、夜は黒いマスク姿でゴッサム・シティの犯罪者を懲らしめていました。しかし、権力者を標的にした連続殺人事件の犯人として名乗り出たリドラーが、警察やブルースを挑発。そして、政府の陰謀やブルースに関する過去の悪事などが暴かれていきます。探偵ブルースと知能犯リドラーが繰り広げる戦いは非常にスリリングでした。
主人公が何度も死んで蘇るという設定は、これも「ミッキー17」と同じワーナー ブラザースのSF映画を思い出しました。一条真也の映画館「オール・ユー・ニード・イズ・キル」で紹介した、作家・桜坂洋のライトノベルを、トム・クルーズ主演で映画化した2019年の作品です。近未来の地球。侵略者の激しい攻撃に、人類の軍事力ではもはや太刀打ちできなくなっていました。対侵略者の任務に就いたウィリアム・ケイジ少佐(トム・クルーズ)は、戦闘によって亡くなります。しかし、タイムループの世界にとらわれ、戦闘と死を繰り返す。そんな中、特殊部隊の軍人リタ・ヴラタスキ(エミリー・ブラント)と出会ったケイジは、彼女と一緒に何度も戦闘と死を繰り返しながら戦闘技術を向上させるのでした。もっとも、死者が復活するといっても、両作品には「タイムループ」と「コピー」という大きな違いがありますが...。
「ミッキー17」は宇宙SFとしても楽しめます。船団が到着した惑星には未知の生物が棲息していました。この生物の姿は宮崎駿監督のアニメ映画「風の谷のナウシカ」(1984年)に登場する王蟲(オーム)にそっくりですが、船団を率いる独裁者から「クリーパー」と命名されます。17番目のミッキーは、氷山の中で遭難した際にこのクリーパーから食べられることを覚悟しますが、意外にも彼らはミッキーの命を救ってくれます。その後、翻訳機によってクリーパーとの会話ができるようになったミッキーは、人類とクリーパーとの共存を試みるのでした。クリーパーは人類から見ればエイリアンですが、惑星の先住者であったクリーパーから見れば人類こそエイリアンです。この映画では、お互いに「未知との遭遇」であるエイリアン同士のコミュニケーションが興味深く描かれていました。
映画「ミッキー17」の大きな見どころは、ミッキー17とミッキー18の対決です。気弱な17番に比べて、18番は攻撃的です。同じ肉体を持ち、同じ記憶を共有はしているものの、両者の性格がまったく違うというのが面白かったですね。これは双子でも性格が違うとか、兄弟姉妹でも性格が正反対とか、同じ両親から生まれても異なったキャラクターの者たちの比喩のようにも思えました。ついに遭遇した17番と18番は互いの存在を消そうとしますが、対立しているうちは彼らを取り巻く事態は悪化する一方でした。しかし、彼らが手を取り合い、協力したときに事態は良い方向に動き出します。これには、さまざまなメタファーを読み取ることができますが、わたしは同じ神を崇拝するユダヤ教・キリスト教・イスラム教という三大「一神教」の関係を暗喩しているように感じました。
『ユダヤ教vsキリスト教vsイスラム教』
拙著『ユダヤ教vsキリスト教vsイスラム教』(だいわ文庫)で、わたしは、ユダヤ教、キリスト教、イスラム教の三大宗教を三姉妹に例えました。そして、なぜ彼女たちが行き違ってしまったのか、なぜこんなに衝突するのかをストーリー仕立てで語りました。同じ親、つまり同じ一神教の神を信仰し、『旧約聖書』という同じ啓典を心の拠り所にしながら、憎み合い、殺し合うようになった世にも奇妙な三姉妹の生い立ちから、その精神世界まで広くさぐってゆきました。21世紀の国際社会を生き抜くには、この三姉妹についての理解を深めることが必要であると考えたからです。ちなみに、人類を乗せた船団が未知の惑星に降り立って新世界を創造する物語とは、すべて『旧約聖書』の「ノアの方舟」の新バージョンだと思います。
船団を率いる独裁者は、もともとカルト教団の主宰者で、選挙に落選しまくる政治家でした。彼の倫理観は完全に歪みきっており、ヒトラーあるいはトランプの比喩のようにも感じられます。とにかく目立ちたがり屋なところが、日本の某政令指定都市の首長を連想してしまいました。しかし、イカれた独裁者以上にイカれているのが彼の妻で、2人揃うと「ウルトラ・スーパー馬鹿夫婦」といった感じでしたね。しかし、彼らの突き抜けた倫理観のなさが、この映画に強烈なブラックユーモアという調味料を加えています。ちなみに、この映画製作費が1.2億ドルだそうです。完全に大作レベルですが、興行的にはほぼ確実に赤字になると見られています。しかし、「パラサイト 半地下の家族」といい、「ミッキー17」といい、誰も観たことのないブラックユーモア&サスペンスの問題作を作り続けるポン・ジュノはやはりただ者ではありません。彼の次回作が今から楽しみです!