No.1050


 4月13日の日曜日、アメリカ・イギリス・トルコ映画「アンジェントルメン」を小倉コロナシネマワールドで観ました。5番シアターで鑑賞したのですが、観客はわたし1人でした。とても面白い作品でしたが、劇場が貸し切り状態で申し訳ないような気分になりました。ここのシネコン、いつもお客さんが少ないけど、経営は大丈夫かな?

 ヤフーの「解説」には、「第2次世界大戦中、イギリスの首相ウィンストン・チャーチルのもとで結成された、非公式部隊の活躍を描いたアクション。北大西洋上で猛威を振るうドイツ軍の潜水艦Uボートの無力化を命じられたイギリス軍の非公式部隊が、型破りな方法で命令を遂行する。監督は『ジェントルメン』などのガイ・リッチー。リッチー監督作『コードネーム U.N.C.L.E.』などのヘンリー・カヴィル、『アンビュランス』などのエイサ・ゴンサレスのほか、アラン・リッチソン、アレックス・ペティファーらが出演する」と書かれています。
 
 ヤフーの「あらすじ」は、以下の通りです。
「1942年、イギリスはドイツ軍の猛攻によって窮地に立たされていた。ガス少佐(ヘンリー・カヴィル)は特殊作戦執行部に呼び出され、ガビンズ'M'少将とその部下イアン・フレミングから任務を与えられる。それはイギリス軍にもドイツ軍にも発見されることなく、北大西洋上で無差別攻撃を行っているUボートを無力化させるというものだった。潜入工作員のマージョリーやRHといったメンバーを集め、漁師に偽装してUボートの無力化に動き出すガスだが、思わぬ事態に直面する」
 
 ガイ・リッチー監督には、一条真也の映画館「ジェントルメン」で紹介した2019年のクライムサスペンスがありますが、「アンジェントルメン」というタイトルはこの「ジェントルメン」を意識していますね。「ジェントルメン」の舞台は、イギリス・ロンドンの暗黒街。一代で大麻王国を築き上げたマリファナ王のミッキー(マシュー・マコノヒー)が、総額500億円に相当するといわれる大麻ビジネスの全てを売却し引退するという情報が駆け巡ります。そのうわさを耳にした強欲なユダヤ人大富豪、ゴシップ紙の編集長、私立探偵、チャイニーズマフィア、ロシアンマフィア、下町の不良たちが、巨額の利権をめぐって動き出すのでした。ジェットコースターみたいな映画で面白かった!
 
「アンジェントルメン」は、ウィンストン・チャーチルとコリン・ガビンズが、第2次世界大戦中に設立した秘密戦闘機関についての実話が元となっています。その戦闘員たちのナチスに対する非紳士的な戦い(Ungentlemanly Warfare)が戦争の流れを変え、現代における非合法作戦の誕生につながったとされるのですが、こんなハチャメチャな話が事実だったというのは驚きでした。第2次世界大戦の裏で、無認可・非公式の特殊部隊が超高難易度のミッションへの挑戦が描かれるのですが、ヘンリー・カヴィル演じるリーダーのガス少佐は、あの「007」のジェームズ・ボンドのモデルになった男でした。ちなみに、この映画には「007」の原作者であるイアン・フレミングも実名で登場しています。
 
「アンジェントルメン」はガイ・リッチー監督らしい作品で、アクションはスタイリッシュですし、軽妙な会話がオシャレです。明らかにクエンティン・タランティーノの影響を受けていることがわかりますね。ガス少佐が率いる部隊は、「無許可、無認可、非公式。政府は一切、助けないし、捕まれば拷問と死」という史上初の"非公式"特殊部隊です。そんな部隊に集まる面々はいずれもイカれた連中ばかりですが、彼らには親や兄弟をナチスに殺されたという恨みがありました。つまり、愛する人の命を奪われたという悲嘆による「悲縁」によって集った舞台なのです。その中で紅一点のマージョリー・スチュアートの美しさが際立っていました。マージョリーと裏ビジネスの達人である黒人のRHとブリーフケースを使って敵の情報を入手する場面はハラハラドキドキしました。
 
 マージョリーはユダヤ人の歌手で女優ということでしたが、演じたエイザ・ゴンザレスはメキシコ出身の歌手で女優です。一条真也の映画館「マーウェン」で紹介した2018年のアメリカ映画、一条真也の映画館「ゴジラvsコング」で紹介した2021年のアメリカ映画や、2022年のアメリカ映画「アンビュランス」などの出演作が有名です。エイザ・ゴンザレスは容姿端麗で、化粧品ブランドのイメージモデルとしても活動しています。「アンジェントルメン」の中では仮装パーティーでクレオパトラに扮していましたが、露出度の高い衣装がよく似合って、とても妖艶でした。英語、スペイン語に堪能で、イタリア語も話すという一面もあります。映画の中では、射撃の名手としても描かれていました。いかにも‟ボンドガール"にふさわしい印象ですが、実際のマージョリーは、ジェームズ・ボンドのモデルであるガス・マーチ=フィリップス少佐と結婚しています。
 
「アンジェントルメン」で主役のガス少佐を演じたのは、2013年のアメリカ映画「マン・オブ・スティール」のスーパーマン役で大ブレイクを果たしたヘンリー・カヴィルです。スーパーマン役では、鍛え上げられた逞しい肉体と爽やかなマスクのギャップで全世界を魅了したが、本作では、小汚く、ひげがもじゃもじゃ、手癖が悪く、命令を聞かない男として軍部でも名の知れ渡る大胆不敵ながら型破りな特殊部隊のリーダーを演じました。ヘンリーは、「ガスへの興味は、この時代に彼のようなキャラクターが生まれるには、どのような人物であるべきかということから始まった。チームを立ち上げ、秘密工作の先陣を切るということには、ある種の人物であることが求められる。そして、それが彼の魅力なんだ」、さらに「これは歴史的なドキュメンタリーというよりは、キャラクターを描いた作品だが、私は彼らの危険性だけでなく、楽しさも表現したかった。彼らは並外れた人たちだ。しかし、少し狂気に取り憑かれてもいた」と作品に込めた思いも語っています。
 
 特殊部隊では、ボウイナイフと弓矢、あるいは素手で敵を一網打尽にする"デンマークの怪力男"ことアンダース・ラッセンが特に目立っていました。演じたのは、2023年のアメリカ映画「ワイルド・スピード/ファイヤーブースト」で一躍有名となったアラン・リッチソンです。今回の役でも筋骨隆隆の肉体と目を見張るほどの強さを惜しげもなく発揮していますが、リッチソンは第2次大戦中に実在した特殊部隊のメンバーを演じるにあたり、本を読んで予習したそうです。彼は、「この登場人物や物語を知らなかったことを悔やんだ。彼らはとても英雄的で、歴史上の人物ながら、現実離れした主人公だ。彼らには、見られるべき価値がある。彼らの栄光、彼らが生きた場所、彼らの地位は、大型スクリーンに映し出されるにふさわしいと思う」と語っています。また、ガイ・リッチー監督の仕事については「これまでに経験したことのないものだった。同時に、これまでで最も怖く、最も爽快で、創造的な試みだった。またすぐにでも参加したい」と振り返っています。
 
 特殊部隊のミッションとは、「英国軍にもナチスにも見つからず、北大西洋上のUボートを無力化せよ」というものでした。Uボートは、ドイツ海軍の保有する潜水艦の総称です。一般的には特に第1次世界大戦から第2次世界大戦の時期のものを指します。第2次大戦では1131隻が建造され、終戦までに商船約3000隻、空母2隻、戦艦2隻を撃沈する戦果をあげました。しかし、大戦中に連合国が有効な対策を編み出した事から849隻もの損失を出し、全ドイツ軍の他のあらゆる部隊よりも高い死亡率でした。1981年の西ドイツ映画「U・ボート」は、ウォルフガング・ペーターゼン監督がメガホンを取った戦争ドラマで、潜水艦映画の最高傑作とされています。第2次世界大戦時を舞台に、ドイツ軍の潜水艦U・ボートに乗り込んだ者たちを待ち受ける過酷な運命を映し出しています。アカデミー賞の6部門にノミネートされました。
 
 さて、ネットで「アンジェントルメン」のレビューを眺めていたら、「これは隠密同心だな」というものがありました。なるほど、納得です! 隠密同心とは、江戸時代の徳川幕府の幕閣における役職名のひとつです。および、テレビ東京系の時代劇「大江戸捜査網」に登場する役職名のひとつでもあります。同じ同心でも町方同心は一般的に広く知られているのに対して、隠密同心は知る人のみしか知られていないのが現状でした。ところが一般人に広く知られるようになったのは、上記の大江戸捜査網の存在のおかげなのは言うまでもありません。隠密同心は、江戸八百八町の平和を影日向から守る、時の老中である松平定信が極秘裏に創設した秘密捜査員のことです。またその隠密同心たちを指揮・束ねる上司を隠密支配と呼ばれます。隠密同心のメンバーは、変装・潜入・囮などの様々な手段を駆使して、事件の裏にはびこる、法で全く裁けぬ江戸の巨悪(若年寄・大名・旗本・大目付・各奉行・悪徳商人・ヤクザなど)を炙り出し、成敗するのが主なミッションです。
 
 町奉行とその役人たちは自分たちよりも身分が高い権力者には捕縛はおろか、意見のひとつすら言えず、悪行三昧をそのまま野放しにしますが、隠密同心たちは敵がたとえ権力者(将軍家も含む)であっても、遠慮せず抹殺できるマーダーライセンス(殺人許可証)を老中から各々許可されています。マーダーライセンスが許可されているからといって、善人や弱者を辻斬り紛いに抹殺することは勿論絶対に許可されてはいません。マーダーライセンスが許可されるのは、飽くまでも法で全く裁けぬ巨悪を成敗するための不文律であり、それは《隠密同心、心得の条》にもしっかりと明記されているのです。このような隠密同心の姿は確かに「アンジェントルメン」に登場する無認可・非公式の特殊部隊に通じる部分が多々あります。隠密同心に親しんでいる日本人の多くは「アンジェントルメン」の物語にノスタルジーを感じるかもしれませんね。