No.1153
「文化の日」となる3日の月曜日、日本映画「富士山と、コーヒーと、しあわせの数式」をローソン・ユナイテッドシネマ小倉で観ました。予告編にはあまり興味を引かれませんでしたが、ネットでの評価が非常に高いので鑑賞。ものすごい感動作というわけではないのですが、しみじみとしたグリーフケアの佳作でした。こんな作品もたまには良いですね。
ヤフーの「解説」には、こう書かれています。
「伴侶を亡くした祖母を気遣って同居を始めた孫と、同じ大学に通うことになった祖母が織り成す人間ドラマ。およそ100年前に女子教育のために奔走した教育者・島田依史子氏の著書を原案に、夢に迷う孫と夢を見つけた祖母が紡ぐ人生の喜びを描く。『大河への道』などの中西健二が監督、『サイレントラブ』などのまなべゆきこが脚本を担当。グローバルボーイズグループ・JO1の豆原一成が孫、『ラーゲリより愛を込めて』などの市毛良枝が祖母を演じる」
ヤフーの「あらすじ」は、「夫・偉志に先立たれ気落ちする祖母・文子(市毛良枝)を心配し、同居することにした大学生・安藤拓磨(豆原一成)。ある日、彼は大学の教室で文子を見かけて驚くが、彼女は若いころの夢をかなえに来たと学生たちに話す。文子が学びの日々を楽しむ一方で、拓磨は夢に自信が持てず迷いを抱える中、二人は偉志が遺した手帳に不思議な数式を見つける」となっています。
本作の原案は『信用はデパートで売っていない』(講談社エディトリアル)という本です。著者の島田依史子は大正から昭和時代の教育者で、現在の文教学院の創始者です。この本をもとに脚本家まなべゆきこがオリジナルストーリーを書き下ろしました。映画の中でも同書は登場します。じつは、わたしの父の佐久間進を取り上げた評伝に『礼を売る男:一兆円産業を目ざす佐久間進』安藤輝国著(浪速社)という本があります。1982年に刊行されましたが、その帯のキャッチコピーが「デパートは物を売る。わが社は心を売る」でした。『信用はデパートで売っていない』というタイトルを見て、そのことを思い出しました。
「富士山と、コーヒーと、しあわせの数式」という映画のタイトルからもわかるように、この作品には富士山・コーヒー・数式が重要な役割を果たしています。わたしは富士山が大好きなので、終盤で富士山の雄姿がスクリーンに映ったときは嬉しくなりました。また、わたしはコーヒーも大好きです。本作では、豆原一成が演じる主人公の大学生・安藤拓磨がコーヒー好きのあまり、大学卒業後にカフェ経営者を目指す展開になっています。自宅でのわたしはスタバで挽いてもらったコーヒー豆に湯をかけて飲んでいます。長女の夫婦がドリップ・セットを贈ってくれたのですが、面倒臭くて、なかなか使えていないのが現状です。でも、拓磨のように豆から挽いて飲むコーヒーもいいなと思いました。最後の数式ですが、わたしは、わりとすぐに解けました。
「富士山と、コーヒーと、しあわせの数式」のメイキング映像がYouTubeにUPされていますが、大学の教室で「たっくん!」と手を振る祖母の文子のもとへ、拓磨が慌てて駆け寄るシーンの撮影風景。「あのさ、あんま『たっくん』とか、学校で呼ばないでくれる?」と恥ずかしがる拓磨の姿が切り取られています。ロケ地には、島田依史子が創立した文京学院大学のキャンパスが選ばれました。それにしても、文子を演じた市毛良枝は当年75歳だそうですが、本当に若いですね。趣味の登山やワークアウト、ダンスなど、アクティブでポジティブな日々を送っていると知って、納得しました。「可愛いおばあちゃん」といった印象です。
文子の一人娘で、拓磨の母親を演じたのが酒井美紀でした。本作ではシングルマザーでキャリアウーマンの役。いつもギスギスしていて、文子とは不仲です。でも、わたしは彼女の姿をスクリーンで見て、とても懐かしい気分になりました。一条真也の映画館「Love Letter」で紹介した1995年の日本映画の名作を思い出したからです。わたしが愛してやまない女優・中山美穂の代表作ですが、彼女が演じる藤井樹という女性の少女時代を演じたのが酒井美紀でした。「Love Letter」は、恋文から始まる、雪の小樽と神戸を舞台にしたラブストーリーです。何度観てもセンチメンタルな気分になる青春映画であり、グリーフケア映画でした。第19回日本アカデミー賞にて優秀作品賞を受賞しましたが、酒井美紀も新人俳優賞を受賞しています。
文子が亡くした夫・偉志は、富士山と読書をこよなく愛する魅力的な老人でした。長塚京三が演じましたが、わたしは 一条真也の映画館「敵」で紹介した今年公開の日本映画を思い出しました。筒井康隆の小説『敵』を実写化したドラマです。妻に先立たれた元大学教授が、徹底した自己管理のもと穏やかな生活を送る中で、不測の事態に襲われる物語です。長塚京三には知的な役が似合いますが、「富士山と、コーヒーと、しあわせの数式」では立場が逆で、夫が先立って妻が遺されます。妻は夫との死別を嘆き悲しみ、四十九日を過ぎてもなかなか遺骨を納めることができません。しかし、夫が遺した謎の数式から、死後に夫の愛を確かめることができました。
「女子SPA!」のインタビューで、「文子は、若い頃の夢だった『学び』の日々を謳歌する祖母ですが、人物像についてはいかがでしょうか?」という質問に対して、文子を演じた市毛良枝は「幸せな人だなと思いました。夫にあれだけ愛されていて、すごくうらやましいですね。とても素敵な旦那様が深く愛してくださっていたことが、映画の中でどんどんわかっていきますよね。どこかで夫の世界の中で生きてきてしまったと思うかもしれませんが、でもその世界があったおかげで羽ばたけていると思うから、とても幸せな人だなと思います」と答えています。また、豆原一成との共演については「かわいらしい好青年」と言いながらも、「ある時テレビで豆原さんを拝見して、そのイケイケな仕事ぶりに驚きました(笑)。ふたりとも筋肉フェチだったので、筋肉の作り方の話で盛り上がりました」と語っています。
この「富士山と、コーヒーと、しあわせの数式」という映画、前半はほのぼのと、本当にほのぼのと物語が進んでいきます。あまりにも牧歌的な展開に癒されはしましたが、「このまま終わるのかな?」とも思いました。すると、途中で拓磨が暗号資産の投資詐欺に遭い、一転して不穏な空気が漂います。わたしは、このとき、一条真也の映画館「君の忘れ方」で紹介した今年1月17日公開の日本映画を連想しました。拙著『愛する人を亡くした人へ』(現代書林・PHP文庫)が原案のグリーフケア映画なのですが、物語が靜かすぎるため、志賀司ゼネラルプロデューサーがわざとミステリー要素を加えたのです。映画も興行ですからエンタメとして成立させることが求められるわけですね。しかし、「君の忘れ方」ではそのエピソードが最後に回収されたのに対し、本作では投資詐欺事件はいつのまにか立ち消えになって、拓磨はただただ騙されただけでした。ここが、ちょっと残念でしたね。


