No.1165
11月22日、日本映画「TOKYOタクシー」をローソン・ユナイテッドシネマ小倉で観ました。一条真也の映画館「パリタクシー」で紹介した2023年のフランス映画のリメイクだと知っていたので、それほど期待はしていませんでした。しかし、実際に鑑賞してみると、オリジナルの超える感動で、何度も涙しました。さすがは、名匠・山田洋次監督です!
ヤフーの「解説」には、こう書かれています。
「クリスチャン・カリオン監督作『パリタクシー』を原作にしたドラマ。東京の柴又から神奈川の葉山へ向かう85歳の女性と、彼女を乗せたタクシー運転手が心を通わせていく。監督を務めるのは『男はつらいよ』シリーズなどの山田洋次。山田監督作『小さいおうち』などの倍賞千恵子、山田監督作『武士の一分』などの木村拓哉らが出演する」
ヤフーの「あらすじ」は、以下の通りです。
「タクシー運転手の宇佐美浩二(木村拓哉)は、85歳の高野すみれ(倍賞千恵子)を乗せて、東京の柴又から神奈川の葉山にある高齢者施設まで送ることになる。高野からいくつか寄ってほしい場所があると言われた宇佐美は、寄り道をするうちに彼女と心を通わせるようになる。やがて、彼女が自らの壮絶な過去を語り始めたことをきっかけに、それぞれの人生が大きく動き出す」
映画「TOKYOタクシー」は、フランス映画「パリタクシー」のリメイクです。同作は、クリスチャン・カリオンが監督などを手掛けたヒューマンドラマです。タクシー運転手とあるマダムのパリ横断ドライブを描くとともに、彼女の驚きの人生も映し出した傑作です。パリでタクシー運転手をしているシャルル(ダニー・ブーン)は、金もなければ休暇もなく、免許停止寸前という人生がけっぷちの状態にありました。ある日彼に、92歳のマドレーヌ(リーヌ・ルノー)をパリの反対側まで送り届けるという仕事が舞い込んできます。彼女の頼みでパリの街のあちこちに立ち寄るうちに、マドレーヌの知られざる過去が明らかになっていくのでした。
「パリタクシー」というフランス映画は、見事に「TOKYOタクシー」という日本映画に変わっていました。本作は東京都葛飾区柴又から神奈川県葉山へと向かう1日だけのロードムービーなのですが、ロードムービーといえば山田洋次監督には「家族」(1970年)という名作があります。高度経済成長期の日本を背景に、貧しい一家が開拓村へ移り住むため長崎から遙か北海道へ向かう長い旅の道のりを描いた異色作です。船や電車を乗り継いで行くその道中で、さまざまなトラブルや不幸に見舞われながらも家族の絆を拠り所に力強く生きていく姿が胸に響く感動作です。そして、この映画のヒロインは、当時29歳の倍賞千恵子でした。
「家族」には当時の大阪万博の会場をはじめ、さまざまな場所や風景を撮影した映像アーカイブともいえるシーンがたくさん登場します。それは55年後に作られた「TOKYOタクシー」も同じでした。柴又帝釈天をはじめ、スカイツリー、言問橋、日比谷公園、国会議事堂、東京タワー、有楽町マリオン、横浜のMM21や元町など、インバウンド外国人が訪れそうな各種の名所や風景がスクリーンに登場します。また、区画整理で近い将来に消えてしまいそうな狭い路地なども登場します。これは、山田監督が「場所や風景の記録を後世に遺したい」と思ったのかもしれません。
倍賞千恵子演じるすみれから衝撃の過去を告白された後、木村拓哉演じる浩二は、すみれをディナ―に誘います。それは葉山の高齢者施設に約束の17時までに到着することができず、やむをえずの夕食だったのですが、久しぶりに男性と食事を共にするすみれは本当に嬉しそうでした。そして、浩二の娘のために洋菓子店でシュークリームを買った後、2人は夜の街を歩きます。おずおずと「腕を組んでもらってもいいかしら」と言うすみれに対して、「いいですよ」と腕を差し出す浩二。2人が腕を組んだときのすみれの嬉しそうな顔を見て、なんだか泣けてきました。そして、年齢などに限らず、男女が腕を組んで歩く姿は美しいと思いました。
「TOKYOタクシー」には、各所に山田監督の遊び心が生かされています。2人の出会いの場所が山田監督の代表作である「男はつらいよ」シリーズの聖地・柴又帝釈天であることもそうですし、明石家さんまと大竹しのぶという元夫婦を起用(チョイ役ですが)したこともそうです。でも、最大の遊び心の発露は、宮崎駿監督のアニメ映画「ハウルの動く城」(2004年)で共演した倍賞千恵子と木村拓哉を起用したことでしょう。荒地の魔女によって90歳の老婆に変えられた少女ソフィーを倍賞千恵子が、彼女が恋をした謎めいたハンサムな魔法使いハウルを木村拓哉が、それぞれ声優を務めました。「TOKYOタクシー」の音声だけ聴いていると、まるでソフィーとハウルが話しているようでした。
じつは、倍賞と木村のシーンは主にスタジオで撮影され、風景を映すLEDウォールでぐるりと囲まれたタクシーの中で行われたそうです。実写映画初共演にしてこれ以上なく濃厚な形で向き合ったわけですが、木村は「ハウルの動く城」があったからこそ、初めから不思議なほどしっくりきていたとして、「目を合わせてセッションさせていただくのは初めてだったのですが、やっぱり『ハウル』の存在が大きく、あの作品が自分と倍賞さんの間合いを無条件に縮めてくれていました。ソフィーとハウルという立場を一度経験した上でのセッションはうれしかったですし楽しみで、そこまでド緊張するようなこともなく。今回の現場で(前回はあまりなかった)コミュニケーションやスキンシップを図ることになっても一切違和感がなかったですし、不思議な感じでした」と、「シネマトゥディ」のインタビューで語っています。
木村拓哉は「緊張しなかった」と言いましたが、一方の倍賞千恵子は「わたしは緊張しました」と告白します。「うそだあ」と笑う木村に対して、倍賞は「緊張したよ、もう。でもすごく楽しみでした。スタジオに入ってくると丸いステージの上にタクシーが置いてあって、周りに(LED)スクリーンがあって、そこがステージみたいな感じもあったよね。少し離れたところには俳優さんが待つテーブルがあって、そこで待っている間にいろんなおしゃべりをして。『ハウル』の時はあんまり私語なかったもんね?」と問います。「なかったです」と答える木村に、倍賞は「あの時は本当に話らしい話もしなかったから、今回はいろんな話をしてはタクシーの中に入って撮影をして、またいろんな話をしては撮影をして、という感じで。それに今回、他の人とはあんまりお芝居をしなかったんです。だから毎日、浩二さん(木村)に会うのが楽しみでした」と語るのでした。
倍賞千恵子は木村拓哉の目力に魅力を感じたそうで、「わたしは『男はつらいよ』で渥美清さんとずっと共演してきましたが、渥美さんって目が細いんですよ。悲しい時にその目が奥の方でウルウルとなるのがとてもすてきだったんですけど、今回は木村君が運転席でわたしはいつも後ろの席にいたので、バックミラーでのお芝居もあったんですが、バックミラーいっぱいに彼の目が入ると、すごい目力があってドキっとする(笑)。キャメラを通して彼の心を読んだり、バックミラーを通してキャッチボールをしたり、そんな心の触れ合い方というのかな? そういうことがとても面白くて、毎日楽しくお芝居をさせていただき、人の心や気持ちというものをいっぱい頂きました」と語っています。たしかに、本作でバックミラーに映るキムタクの表情は良かったですね。
山田監督は今年1月24日に行われた本作の製作発表会見の際、「ほかの作品で観ることのできないような木村君の優しい面、温かい面を盗み撮りたい」と木村の素顔の魅力をとらえたいと意気込んでいました。また、8月27日に行われた「男はつらいよ」ファン感謝祭イベントでは、俳優・木村拓哉について質問され、「誠実な役者」と答えています。木村は、走るタクシーを照らす太陽の光をスタジオ内で再現する役目を負う照明部がその練習中、倍賞と共に車内でスタンバイしていた際のエピソードを明かし、「その時に、本当に宇佐美でもない、すみれでもない、木村と倍賞さんで話になったんですよ。『この作品終わったら、次はどんな感じなの?』『俺は"警察学校の教官"になる予定です』みたいな本当に普通の話をして笑っていたら、山田監督がそれを見ていて、『それだよ! 今のだね! 今のいいねぇ!』となって、いや"今のいいね"って、全然素なんですけど......っていう(笑)」と語っています。
倍賞千恵子は「男はつらいよ」シリーズを筆頭に幾度となく山田監督と組んできましたが、木村拓哉は「武士の一分」(2006年)以来19年ぶり2度目の山田監督作への出演となりました。「武士の一分」は、幕末に生きる武士の名誉と夫婦の絆を描いたヒューマンドラマです。下級武士の三村新之丞(木村拓哉)は、妻の加世(檀れい)とともに幸せに暮らしていました。しかし、藩主の毒見役を務め、失明してしまったことから人生の歯車が狂い始めます。妻が番頭の島田(坂東三津五郎)といい仲であることが判明し、絶望のなか離縁を決意。愛する妻を奪われた悲しみと怒りを胸に、新之丞は島田に"武士の一分"を賭けた果し合いを挑むのでした。「武士の一分」とは、侍が命をかけて守らなければならない名誉や面目を意味します。観る者の心を揺さぶる感動巨編で、木村拓哉の熱演が見事でした。
現スタートエンターテイメントの旧ジャニーズ事務所は、多くの名優を日本映画界に送り込んできました。その代表格として木村拓哉とともに挙げられるのが二宮和也です。一条真也の映画館「母と暮せば」で紹介した山田監督による2015年の吉永小百合主演映画に二宮が重要な役で出演しています。同作は、「父と暮せば」などの戯曲で有名な井上ひさしの遺志を名匠山田洋次監督が受け継ぎ、原爆で亡くなった家族が亡霊となって舞い戻る姿を描く人間ドラマです。1948年8月9日、長崎で助産師をしている伸子(吉永小百合)のところに、3年前に原爆で失ったはずの息子の浩二(二宮和也)がふらりと姿を見せる。あまりのことにぼうぜんとする母を尻目に、すでに死んでいる息子はその後もちょくちょく顔を出すようになる。当時医者を目指していた浩二には、将来を約束した恋人の町子(黒木華)がいました。そういえば、「母と暮らせば」でのニノの役名と「TOKYOタクシー」でのキムタクの役名は同じ「浩二」ですね。山田監督は、この名に何か思い入れがあるのでしょうか?
「母と暮らせば」は戦後70年の記念作品として作られ、戦争の悲劇を見事に描いていました。今年2025年は戦後80年の年です。今年で94歳になる山田監督は14歳という多感な時期に終戦を迎えました。戦争に対する想いは強いはずで、大きな節目となる今年も記念作品を作りたかったでしょう。じつは、「TOKYOタクシー」そのものが戦後80年のメモリアル・ムービーだったということに気づきました。浩二が運転するタクシーで最初に向かったのは、言問橋でした。すみれはその橋の上で実父を亡くしたのでした。1945年3月10日の「東京大空襲」の時のことでした。タクシーを降りたすみれは浩二とともに慰霊碑に手を合わせます。これこそが、山田洋次による戦没者への供養のメッセ―ジだったのです。その後は、戦後80年の日本が復興し、発展してきたシンボルとなるような場所を2人は巡ります。2人のドライブは、戦後80年の追体験となっていたのです。
「TOKYOタクシー」は、すみれが終の棲家に向かう物語です。浩二と別れて高齢者施設に入居するすみれは本当に寂しそうで、観ていて胸が痛みました。施設の職員たちの言動は不親切で思いやりが感じられませんでしたが、これは映画ということで誇張もあったのではないかと思います。高齢者問題をテーマにした倍賞千恵子主演の映画といえば、一条真也の映画館「PLAN75」で紹介した2022年の日本映画が思い浮かびます。オムニバス「十年 Ten Years Japan」の一編「PLAN75」を、監督の早川千絵が新たに構成したヒューマンドラマです。超高齢化社会を迎えた日本では、75歳以上の高齢者が自ら死を選ぶ「プラン75」という制度が施行されます。それから3年、自分たちが早く死を迎えることで国に貢献すべきという風潮が高齢者たちの間に広がっていました。78歳の角谷ミチ(倍賞千恵子)は夫と死別後、ホテルの客室清掃員をしながら1人で暮らしてきましたが、高齢を理由に退職を余儀なくされたため、「プラン75」の申請を考えるのでした。
すみれは浩二の運転するタクシーで高齢者施設に向かいながら、戦争や暴力的な夫に翻弄された波乱万丈な過去を明かしていきます。すみれを演じた倍賞は、シネマトゥディのインタビューで「"どう年を重ねよう"とかはあまり思わないんだけど、今という時間をね、とても大切にしたいなって最近思います」と語ります。また、彼女は「今をどう生きているかっていうことが、大事かなって。今このインタビューを受けている時間もそうだし、今の時間を大切にしていくことが、年を重ねることにもつながっていくから。前に『人が生きるとか死ぬとか、どういうことなんだろう?』とわからなくなって、お蕎麦屋さんでよく会う住職さんに『死ぬってどういうことなんでしょうね?』と聞いたんです。そうしたらしばらく考えた末に『生きることですね』と言われ、それを聞いて肩の荷が下りたんです」と語っています。良い話ですね。
「TOKYOタクシー」では、すみれと浩二が車内で交わす会話が良かったです。特に印象に残っているのが、すみれが「あなた笑うといい男ね、ブスッとしてないで、もっと笑いなさいよ」と言ったとき、浩二が「もっと笑いたいんですけどね。笑いたい気分になれないんですよ。世の中、腹の立つことばかりでね」と答え、すみれも「そうねえ、腹の立つことばかりよねえ」と返すシーンでした。この何気ないやりとりがすごく人間らしくて好きでしたね。乗客を目的地に届けるだけのタクシー業は運輸業であり、サービス業に過ぎませんが、会話によって乗客の心に寄り添えば、それはケア業へと進化します。映画の冒頭で、すみれが浩二に「サービス業なんだから、あなた、もっと愛想よくしなさいよ」と言うシーンがありますが、柴又から葉山までの道行きは、浩二にとってサービス業からケア業へと職種が進化する旅でした。
そう、タクシー業が「サービス業」か「ケア業」かに分かれるポイントは、まさに乗客との会話にあります。わたしも東京出張の際によくタクシーに乗りますが、けっこう運転手さんと会話します。わたしは定宿や目的地に向かう途中でコンビニに寄ってもらうことが多いのですが、その際、待っていてくれた運転手さんに缶コーヒーとかペットボトルのお茶とかを「よかったら、どうぞ」と手渡します。みなさん喜んでくれて、その後の会話も弾みます。そこには、ささやかな心の交流が生まれます。わたしはタクシー広告というやつが嫌いなので、乗車するとすぐに目の前のモニター画面を切って、運転手さんと四方山話をするのですが、これが多くの学びを与えてくれます。わたしにとっての心ゆたかなリラックス・タイムでもあり、東京出張の楽しみの1つですね。
『コンパッション!』(オリーブの木)
わたしは、「サービス業」を「ケア業」に進化させたいと考え続けてきました。そこで発見したのが「コンパッション」という言葉でした。コンパッションは、「思いやり」や「慈悲」「隣人愛」「仁」「利他」などを包括する言葉です。これは、わが社サンレーが提供するケアやサービスに必要不可欠なものです。真の思いやりをもったケアやサービスは、必ずお客様を笑顔にしていきます。そして、笑顔となったお客様は当然、幸せな気持ちになります。同時にお客様を笑顔にすることができた社員自身も幸せを享受することができると思います。幸せの場である婚礼のシーンではもちろんのこと、ご葬儀においても「大切なあの人をきちんとお見送りすることができた」と、笑顔になり、スタッフへ感謝の言葉をかけてくださるご遺族が多くいらっしゃいます。
つまり、コンパッション・ケア、コンパッション・サービスはお客様にも提供者にも笑顔と幸せを広げていくことができるのです。わが社は、コンパッションから始まる「CSHW」というハートフル・サイクルの実現を目指しています。「CSHW」は、Compassion(思いやり)⇒Smile(笑顔)⇒Happiness(幸せ)⇒Well-being(持続的幸福)を意味します。ネタバレになるので詳しくは書けませんが、「TOKYOタクシー」で宇佐美浩二が高野すみれに対して示したコンパッションは、彼女の笑顔と幸せを生み、最後は宇佐美家に思いも寄らぬウェルビーイングを与えてくれました。そう、「TOKYOタクシー」には「CSHW」の完璧な姿が描かれていたのです。


