No.1177
NETFLIXのアメリカ映画「ハウス・オブ・ダイナマイト」を観ました。ネットでの評価は賛否分かれていますが、わたしには興味深い内容でした。アメリカに謎の核爆弾が発射されたという設定の政治スリラーですが、終戦80年の今年、このような映画が作られたことには非常に感銘を受けました。なお、本作は今年観た190本目の映画です。
映画.comの「解説」には、「『デトロイト』以来8年ぶりとなるキャスリン・ビグロー監督作。イドリス・エルバ、レベッカ・ファーガソンを筆頭に、ガブリエル・バッソ、ジャレッド・ハリス、トレイシー・レッツ、アンソニー・ラモス、モーゼス・イングラム、ジョナ・ハウアー=キング、グレタ・リー、ジェイソン・クラークら豪華キャストが集結した。脚本は『ジャッキー ファーストレディ 最後の使命』やNetflixドラマ『ゼロデイ』を手がけたノア・オッペンハイム。撮影は『ハート・ロッカー』『デトロイト』のバリー・アクロイド、音楽は「西部戦線異常なし」「教皇選挙」のフォルカー・ベルテルマンが担当。2025年・第82回ベネチア国際映画祭コンペティション部門出品。Netflixで2025年10月24日から配信。それに先立つ10月10日から一部劇場で公開」と書かれています。
映画.comの「あらすじ」は、以下の通りです。
「ごくありふれた一日になるはずだったある日、出所不明の一発のミサイルが突然アメリカに向けて発射される。アメリカに壊滅的な打撃を与える可能性を秘めたそのミサイルは、誰が仕組み、どこから放たれたのか。ホワイトハウスをはじめとした米国政府は混乱に陥り、タイムリミットが迫る中で、どのように対処すべきか議論が巻き起こる」
「ハウス・オブ・ダイナマイト」を観て、わたしが真っ先に連想した映画があります。一条真也の映画館「ドント・ルック・アップ」で紹介した、NETFLIX配給の2021年のアメリカ映画です。アカデミー賞では、作品賞を含む4部門にノミネートされました。ジェニファー・ローレンスとレオナルド・ディカプリオを中心としたアンサンブル・キャストが登場し、2人の天文学者が、地球を破壊する小惑星について人類に警告を発するためにメディア・ツアーを行う姿が描かれています。彼らは、地球に向かっている巨大彗星を発見します。彼らは、人類に対して懸命に脅威を訴えますが、実績のなさゆえに誰にも真剣に聞いてもらえません。この映画では脅威の対象が巨大彗星でしたが、「ハウス・オブ・ダイナマイト」では核ミサイル。ともに空から降って来る「恐怖の大王」であることに違いはありません。
本作「ハウス・オブ・ダイナマイト」のメガホンを取ったキャスリン・ビグロー監督は、一条真也の映画館「ハート・ロッカー」で紹介した2009年の作品で、女性監督として初めてアカデミー監督賞を受賞しました。イラクに駐留するアメリカ軍の中でも、最大の危険を伴う爆発物処理班の兵士を描き、賞レースを席巻した戦争アクションです。命知らずの兵士と仲間との確執と友情を軸に、緊張感あふれる爆発物処理の現場をリアルに映し出します。2004年夏、イラク・バグダッド郊外。アメリカ軍爆発物処理班・ブラボー中隊のリーダーに、ウィリアム・ジェームズ二等軍曹(ジェレミー・レナー)が就任。まるで死への恐怖などないかのように遂行されるジェームズの爆発物処理の様子に、仲間のサンボーン軍曹(アンソニー・マッキー)らは不安を抱くようになります。
また、キャスリン・ビグロー監督は「ゼロ・ダーク・サーティ」(2013年)で、アカデミー賞5部門にノミネートされました。この映画は、9・11全米同時多発テロの首謀者にしてテロ組織アルカイダの指導者、ビンラディンの殺害計画が題材のサスペンスです。CIAの女性分析官の姿を通し、全世界を驚がくさせた同作戦の全貌を描き出します。ビンラディンの行方を追うものの、的確な情報を得られずにいる捜索チーム。そこへ、人並み外れた情報収集力と分析力を誇るCIAアナリストのマヤ(ジェシカ・チャスティン)が加わります。しかし、巨額の予算を投入した捜査は一向に進展せず、世界各国で新たな血が次々と流されていきます。
キャスリン・ビグロー監督の代表作には「デトロイト」(2017年)もあります。黒人たちの不満が爆発して起こった1967年のデトロイト暴動と、その暴動の最中に殺人にまで発展した白人警官による黒人たちへの不当な尋問の様子をリアリティを追求して描いた社会派実録ドラマです。67年、夏のミシガン州デトロイト。権力や社会に対する黒人たちの不満が噴出し、暴動が発生。3日目の夜、若い黒人客たちでにぎわうアルジェ・モーテルの一室から銃声が響きます。デトロイト市警やミシガン州警察、ミシガン陸軍州兵、地元の警備隊たちが、ピストルの捜索、押収のためモーテルに押しかけ、数人の白人警官が捜査手順を無視し、宿泊客たちを脅迫。誰彼構わずに自白を強要する不当な強制尋問を展開していくのでした。
そして、「デトロイト」から8年ぶりにキャスリン・ビグロー監督がメガホンを取った作品が、本作「ハウス・オブ・ダイナマイト」です。ある日の午前9時30分(東部標準時)頃、海上配備Xバンドレーダー(SBX-1)が千島列島東方、北西太平洋上空を飛行中の正体不明の大陸間弾道ミサイル(ICBM)を探知しました。当初は北朝鮮による発射実験だと推定され、WHSRと各統合軍司令官、統合参謀本部議長、国防長官、大統領との間でビデオ会議が開始されますが、アメリカ戦略軍の初期分析により、ICBMは実際の脅威であり、アメリカ本土中西部に着弾するまでおよそ18分しかないことが発覚します。都市部を直撃した場合には数百万人が死亡する可能性がありました。
アラスカ州のフォート・グリーリー基地ではダニエル・ゴンザレス少佐率いる部隊が2発の弾道弾迎撃ミサイル(GBI)を発射しますが、1発は展開に失敗し、もう1発もICBMの撃墜に失敗します。ICBMの着弾目標地点は人口約1000万人のシカゴと特定され、デフコン1へ移行します。その直後、この非常事態に最高度に準じる防衛準備状態を示す「デフコン2」が発令され、安全保障に携わる職員たちの顔色が一変。リード・ベイカー国防長官は「政府存続計画(COOP)」を発動し、政府高官らの避難を命じます。その結果、連邦緊急事態管理庁(FEMA)のCOOP担当者キャシー・ロジャースは、同僚たちの怒りを買いながらも自給自足型の核シェルターであるレイブン・ロックへ避難させられます。このあたりの描写がリアルで、「実際にアメリカが核攻撃を受けてもこうだろうな」と思わせました。
映画「ハウス・オブ・ダイナマイト」は最後まで結末を描いていません。それは視聴者の想像に委ねています。タイトルの意味は「爆薬が詰まった家」で、核兵器だらけの現在の地球を示唆しています。デフコン2の発令後、国防長官をはじめとする政府高官や安全保障に携わる職員は、自身の家族の安全を思って取り乱し、中には最悪の悲嘆を味わう前に自死する者までいます(この人物に、わたしは激しい怒りをおぼえました。国民の生命を預かる彼が自身の感情だけで職務を放棄する無責任さが許せません!)。あと、アメリカに攻撃を仕掛けた国について北朝鮮を筆頭に、中国やロシアが疑われますが、わたしは日本ではないかと思いました。もちろん非核三原則の国にそんなことは不可能ですが、これまでの歴史で核攻撃を受けた都市は広島と長崎しかないことを思えば、日本が密かに核開発を成功させていて、80年前の恨みをアメリカに晴らすという物語は「あり」だと思います。
終戦80年の今年の夏、ブログ「広島で祈る」、ブログ「長崎で祈る」で紹介したように、わたしは「広島原爆の日」と「長崎原爆の日」に現地を訪れ、原爆犠牲者に心からの祈りを捧げました。「アメリカを攻撃したのは日本ではないか?」という想像、いや妄想を抱くことは、今年ぐらいは許されるのではないでしょうか? 「ハウス・オブ・ダイナマイト」でアメリカが核攻撃を受けることが避けられないと知った人々が絶望する姿を見て、わたしは広島と長崎で80年前に繰り広げられた地獄を想いました。この映画は「日本の呪い」を描いた映画であり、一条真也の「オッペンハイマー」で紹介したアカデミー賞7冠映画へのアンザームービーではないかとも思いました。正直言って、わたしは「いいぞ、キャスリン・ビグロー!」と叫びたい気分であります。
『死者とともに生きる』(産経新聞出版)


