No.1246


 沖縄に来ています。ブログ「泡瀬紫雲閣竣工式」で紹介した神事を終えた日の夜、日本映画「たしかにあった幻」を那覇のシネマパレットで鑑賞。サンレー沖縄の幹部社員や上級グリーフケア士も一緒でした。わが社の「シネマネジメント」の一環です。ずっと観たかった作品でしたが、上映館が少ないためタイミングが合いませんでした。この日が上映最終日という沖縄の映画館の最終回でようやく観ることができました。ラストチャンスで鑑賞した本作は、多少の違和感はあったもののグリーフケア映画の秀作でした。
 
 ヤフーの「解説」には、こう書かれています。
「『あん』『朝が来る』などの河瀬直美監督が、小児臓器移植を題材に愛と喪失、希望などをドキュメントを交えて描いたヒューマンドラマ。フランスから日本にやってきた移植コーディネーターの女性が、施設での多忙な日々を送る一方で、突然の恋人の失踪に心を痛める。主人公を『ベルイマン島にて』などのヴィッキー・クリープス、彼女の恋人を『下忍』シリーズなどの寛一郎が演じる」
 
 ヤフーの「あらすじ」は、以下の通りです。
「臓器移植をコーディネートするレシピエント移植コーディネーターのコリー(ヴィッキー・クリープス)は、国際人材交流事業の一環として小児心臓移植を実施する日本の施設で働き始める。移植を待つ子供たちを受け入れているその病院で、コリーは厳しい環境ながらも患者やその家族、スタッフと親交を深めていく。しかし、屋久島で出会った恋人の迅(寛一郎)が突然姿を消してしまう」
 
 この映画は基本的に病院での群像劇です。小児心臓移植を実施する日本の病院で働く医師、職員、患者である子ども、その両親(特に母親)といった人々の心中を描くシリアスな作品です。病院での群像劇といえば、一条真也の映画館「ナースコール」で紹介したベルギー映画が記憶に新しいですが、同作もグリーフケア映画の側面が強い内容でした。本作「たしかにあった幻」の場合は、生命の危機にさらされている子どもたちの不安や悲嘆を描いてるわけですから、さらにグリーフケアの色合いが濃かったです。じつは、この映画を観た日の朝、わたしがよく知る方の娘さんが13歳で亡くなられたという訃報が届きました。長い闘病生活だったそうですが、ご家族のこれまでのご苦労と喪失の悲しみを思うと、この映画に登場する子どもたちや親御さんの姿と重なって涙が出ました。故人のご冥福を心よりお祈りいたします。
 
 主人公の女医を演じているのはヴィッキー・クリープスです。映画ではフランス人という設定でしたが、彼女はルクセンブルグの出身です。彼女を初めてスクリーンで見たのは、 一条真也の映画館「ファントム・スレッド」で紹介した2017年のアメリカ映画でした。次に見たのは、一条真也の映画館「ベルイマン島にて」で紹介した2022年のスウェーデン・ドイツ・フランス・ベルギー合作映画でした。同作はストレンジャーとして初めて訪れた島が舞台でしたが、フランス人という異邦人の視線で描かれている点は「たしかにあった幻」も同じかもしれません。ヴィッキー・クリープスは、なんと、オーディションで本作の主演を射止めたそうです。
 
「たしかにあった幻」を観て、わたしは心臓移植を待つ子どもたちとその親たちの心中を想像して、何度か涙しました。特に、永瀬正敏と早織が演じる両親が脳波が止まったわが子の心臓をドナー提供することを決める場面は泣けました。その子の心臓を摘出して搬出するとき、病院の廊下に医師や職員が一例に並んで次々に深くお辞儀をし、中には泣きながら拍手をする者もいました。その見事に死者への「礼」を表現した場面で、わが涙腺は崩壊しました。それでも、映画鑑賞中にいくつかの違和感をおぼえたのです。まず、主人公コリーが話すフランス語を周囲の日本人たちが理解している点です。いくらエリート揃いの医師といっても、みんながフランス語で会話ができるというのは「?」でした。英語ならまだしもフランス語なのです。
 
 さらに違和感をおぼえたのは、患者である子どもたちやその母親までもがコリーとフランス語で会話するシーンが多々あることです。コリーがたどたどしい日本語を話す場面もあるのですが、圧倒的にフランス語で話すシーンが多い。これはいくら何でも非現実的であると思いました。唯一、北村一輝と尾野真千子が演じるお弁当屋さんの夫婦がスマホの自動翻訳アプリを使ってコリーと会話するシーンだけは現実的でした。作品に込められたメッセージ性が強いほど、細部のリアリティはより重要なのだと思いましたね。それにしても、日本映画なのにフランス語が飛び交うところを見ながら、わたしが「これはもう、カンヌやロカルノ狙いではないか?」と思ったことを正直に告白します。
 
 日本人監督の中には、カンヌ入賞を狙って社会派の作品を作る人がいます。わたしは、その手の映画は苦手です。社会派の映画自体は嫌いではありませんが、いわゆる「カンヌ狙い」の作品には強引な印象があるからです。力づくで社会派といった印象があるからです。じつは河瀬直美監督は、2020年東京オリンピックの公式記録映画総監督を務め、コロナ禍で延期・無観客となった大会を「SIDE:A(選手視点)」と「SIDE:B(スタッフ視点)」の2部作で描きました。約5000時間に及ぶ記録をもとに賛否両論ある中での開催の真実を映像に収めましたが、五輪反対派の描き方に問題があったとされています。そのとき、わたしは「気骨のある社会派のイメージだったが、政権寄りなんだな」と意外に思いました。その後、河瀬監督は大阪・関西万博のパビリオンの演出も手掛けました。
 
 そして「たしかにあった幻」の臓器医療ディスカッション・シーンには、国際博覧会担当大臣(当時)の自見はなこ参議院議員が出演されています。自見議員はわたしの地元選出であり、お父様の自見庄三郎先生には大変お世話になりましたので応援させていただいておりますが、もし河瀬監督が政治的かつ打算的な考えから自見議員を出演させたと想像したら、ちょっと萎えますね。でも、自見議員は医師のご出身であり、臓器医療には深い関心があったものと推察します。ご自身のXでも、「臓器移植や小児医療に携わる方々にもぜひ観ていただきたい作品です。 長い待機期間、コーディネーターの負担、医療現場の過酷さ、家族の願い。移植医療の現実が胸に迫ります」とコメントしています。
 
 また、誤解されては困るのですが、わたしは河瀬直美という映画監督の存在を否定しているわけではありません。たしかに「やり手だな」「剛腕だな」と思うことは事実ですが、彼女の作品の中には素晴らしい社会派作品もあります。その代表が、一条真也の映画館「朝が来る」で紹介した2020年の映画です。直木賞作家・辻村深月の小説を映画化したもので、特別養子縁組で男児を迎えた夫婦と、子供を手放す幼い母親の葛藤と人生を描きます。子供に恵まれなかった栗原佐都子(永作博美)と夫の清和(井浦新)は、特別養子縁組の制度を通じて男児を家族に迎えました。それから6年、朝斗と名付けた息子の成長を見守る夫妻は平穏な毎日を過ごしていました。ある日、朝斗の生みの母親で片倉ひかりと名乗る女性(蒔田彩珠)から『子供を返してほしい』という電話がかかってくるのでした。
 
 さて、いろいろと違和感は抱いても、「たしかにあった幻」は泣ける感動作でした。レビューを見てみると、尾野真千子さんの演技に感動して号泣したという人が何人かいました。彼女は小児病棟にお弁当を届けるお弁当屋さんの役でしたが、自身もかつて息子をその病棟で亡くすというグリーフを抱えていました。お弁当屋さんの役はすごくハマっていましたが、彼女は現在、沖縄の北部にある居酒屋で女将をされているそうです。ちなみに、ブログ「『仏師―BUSSHI―』出演」で紹介したように、わたしは先月27日に横浜の久保山霊園で行われた日本映画「仏師―BUSSHI―」の撮影で尾野さんと御一緒しましたが、そのときの印象は「クール」の一言。とても号泣する女性には見えませんでしたね。
 
 最後に、「たしかにあった幻」を見た最大の違和感について。本作のタイトルはずばり「死者」と「行方不明者」の二重の意味を持っていますが、行方不明者とはコリーが屋久島で知り合った写真家の青年・迅です。コリーと迅は恋人同士になりますが、互いの生活習慣の違いからすれ違いが多くなり、ある日、突然、コリーの前から失踪します。これはもう100パーセント、男が悪いです。毎日、子どもたちの命を救うために夜中まで必死に働き、朝の5時に起床して病院へ飛んで行くような生活を送っている彼女に対して、「君は時間に縛られすぎている。何時に寝て、何時に起きなければいけない。そんなことばかり考えている」などと言うのですから。これはもう女性から見捨てられても当然です。ちなみに迅を演じた寛一郎は、佐藤浩市の息子で、三國連太郎の孫なのですね。初めて知りました!
 
 その迅は名前と違って、超スローライフを送っています。とはいえ、写真家とは名ばかりで、仕事もせずに一日中寝てばかりいる「ヒモ」のようなクズ男です。でも、彼はコリーに「君は時間は前にしか進まないと思っているんだろう。でも、時間は後に進むこともあるんだよ」などと言ったりします。このあたりは、西洋と東洋、あるいは一神教と多神教の違いをベースとした価値観や人生観に基づいていると感じました。そもそもコリーと迅は屋久島の雄大な自然の中で出会ったのですが、迅の言動からは人間の生死といった切実な問題も自然、さらには天の定めといった思想を感じます。その彼の価値観からは、人間が人間の「いのち」をコントロールする臓器移植には否定的だったのかもしれませんね。なお、初めて訪れたシネマパレットは非常に趣のある映画館でした。ぜひ、また訪れたいと思いました。

シネマパレットの入口前で

シネマパレットのロビー

「風と共に去りぬ」のポスターの前で

シネマパレットの劇場内で