No.353


 日本映画「ルームロンダリング」を観ました。霊の姿を見ることができる20歳の女性が、この世に未練を残した幽霊たちの悩みを解決するべく奔走させられるスピリチュアル・コメディです。

 ヤフー映画の「解説」には、以下のように書かれています。

「いわくつきの物件に住んで部屋を浄化するアルバイトをしながら、幽霊たちの望みをかなえるために奔走するヒロインを描いたコメディー。孤独なヒロインがワケありの部屋にいる幽霊たちの世話を焼く様子を活写する。主演を『映画 みんな!エスパーだよ!』などの池田エライザが務め、渋川清彦やオダギリジョーらが共演する。監督はテレビドラマ『増山超能力師事務所』などの片桐健滋」

 また、ヤフー映画の「あらすじ」には、以下のように書かれています。

「幼いころに父が亡くなり母は行方をくらまし、さらに祖母がこの世を去ってふさぎ込んでいた八雲御子(池田エライザ)。そんな御子に叔父の雷土悟郎(オダギリジョー)は、住むところとアルバイトを紹介してくれた。アルバイトは、いわく付き物件に入居する"ルームロンダリング"の仕事だった。自殺して幽霊になった春日公比古(渋川清彦)と生活するようになった御子は、彼のデモテープをレコード会社へ送るよう頼まれ......」

 この映画、まあまあ面白かったですが、ちょっと中途半端な感じがしました。霊が登場しますが、そんなに怖くもない。コメディということですが、そんなに笑えない。そして、ラストなどは観客に感動の涙を流させようとしているように思えましたが、そんなに感動できませんでした。なにもかも中途半端で、残念な作品でした。せっかくオダギリ・ジョーや田口トモロヲといった名優が出演しているのに、彼らをじゅうぶんに使い切っていない点には「もったいない!」感がありました。

「ルームロンダリング」は人が亡くなった訳ありの部屋に幽霊が出没する話ですが、一条真也の映画館「残穢―住んではいけない部屋―」で紹介した映画を連想しました。小野不由美の本格ホラー小説を、「予告犯」などの中村義洋監督が映画化した作品です。読者の女子大生から「今住んでいる部屋で、奇妙な音がする」という手紙を受け取った女流ミステリー作家が、一緒に異変を調査するうちに驚くべき真実が浮かび上がってくるさまを描いています。

「残穢―住んではいけない部屋―」でも、「ルームロンダリング」でも、「事故物件」という言葉が何度も登場します。事故物件とは、その名の通り、何らかの事故が起こった不動産物件です。一般的に忌み嫌われる傾向にあり、実際に物件価格が安くなる傾向にあります。一方で、それらの事実を気にしない人にとってはお値打ちな物件と見られています。
 一般に、事故物件は以下のような物件を指します。

1.自殺や殺人事件、死亡事故、孤独死などがあった物件
2.過去に火災や水害による被害
3.指定暴力団組織が近隣に存在する
4.宗教的施設の跡地に建てられた
5.過去に井戸が存在し、埋め戻して建てられた
6.火葬場やゴミ処理施設などの嫌悪施設が近在する
7.登記簿謄本に記載された権利関係がややこしい物件

 1の「自殺や殺人事件、死亡事故、孤独死などがあった物件」ですが、自殺や孤独死は日本中で日々起こっていますので、事故物件も猛烈な勢いで増殖していることになります。これは「死」をケガレと見る考え方から来ていると言えるでしょう。これらの場所は、幽霊話を生みます。
一条真也の映画館「呪怨―終わりの始まり―」、「呪怨―ザ・ファイナル―」で紹介した一連の「呪怨」シリーズは殺人事件、「クロユリ団地」で紹介した作品は孤独死が起った場所を舞台としたホラー映画でした。

 2の「過去に火災や水害による被害」があった場所というのは違和感があります。というのも、そんなことを言ったら、東日本大震災の被災地はみんな事故物件になってしまうではないですか。6の「火葬場やゴミ処理施設などの嫌悪施設が近在する」というのも納得できないし、他にも「おかしいな」と思えるものがあります。まあ、わたしが本当に嫌うのは3、7ぐらいです。
 しかしながら、場所というものに「良い場所」「悪い場所」があるというのは知っています。一般に「イヤシロチ」「ケガレチ」などと呼ばれます。イヤシロチの代表は、なんといっても神社です。いま、若い人たちの間で、神社が「パワースポット」として熱い注目を浴びています。いわゆる生命エネルギーを与えてくれる「聖地」とされる場所ですね。

 一条真也の映画館「サウルの息子」にも書いたのですが、以前読んだ本の中に「天国では、儀式も祈りも存在しない」という言葉を見つけ、大きな気づきを与えられました。天国では、そこに神がおわします。天国から遠く離れた地上だからこそ、儀式や祈りが必要であるというのです。人間は、儀式や祈りによって、初めて遠隔地である天国にいる神とコミュニケーションができるというのです。もしかすると、天国というのは大いなる情報源であって、そこにアクセスするために儀式や祈りがあるのかもしれません。いわば、Wi-Fiのような存在です。儀式や祈りとは、神に「接続」するための技術なのではないでしょうか。わたしは、そう思います。

 そして、この地上には空港やホテルやスターバックスなどのようにWi-Fiが即座につながりやすい場所があります。神社や寺院や教会などが建っている聖地とは、そのような場所ではないでしょうか。イヤシロチも同様です。そこは、すべての情報の「おおもと」である神仏にアクセスしやすい場所なのです。逆に、まったくWi-Fiがつながらない場所というのもあります。それがケガレチではないでしょうか。神仏どころか、魔とアクセスしやすい場所がケガレチであると思います。

「ルームロンダリング」の主人公である御子は「巫女」を連想させますが、本物の巫女のように神とコミュニケーションができるわけではなく、代わりに死者とコミュニケーションができます。この映画でも、自殺や他殺によって命を失った死者たちと会話を繰り広げます。 また殺人事件では、御子の能力を駆使して真犯人も突き止めます。このあたりは、小栗旬主演のTVドラマ「BORDER」を連想しました。死者と会話ができる刑事の物語でしたが、死者からの情報によって得た真犯人の情報を警察当局に伝えることの難しさがリアルに描かれていました。この難題は、「ルームロンダリング」にも共通しています。

「ルームロンダリング」のテーマの1つとして「隣人」があります。部屋を浄化するためにビジネスとして住んでいる御子にとって「隣人との交流は御法度」なのですが、伊藤健太郎演じる虹川亜樹人には心を許します。この亜樹人は、前に隣人の女性が助けを求める声を聞いたにもかかわらず殺人の被害者にしてしまったことに悔いを抱いていました。そして彼は、「今度こそ、隣の部屋の人を救いたくて...」と言うのです。

「ルームロンダリング」で御子が出会った死者たちの死因はさまざまです。自殺、孤独死、餓死、事故死、他殺......「死は最大の平等である」とはわが信条ですが、死に方は平等ではありません。わたしは、京都大学こころの未来研究センターの共同研究員を務めていた頃、日本人の「こころの未来」のためには「うつ」と「自殺」の予防が必要であると考え、自分のテーマとして取り組んでいました。現在、上智大グリーフケア研究所の客員教授として、また本業である冠婚葬祭サービスの延長線上にあるものとして取り組んでいる「グリーフケア」も、つまるところ、「うつ」と「自殺」の予防に直結しています。


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   『隣人の時代』(三五館)


 また、「自殺」とともに日本人の死に方の大問題として「孤独死」があります。拙著『隣人の時代』(三五館)に詳しく書いたように、それらの不平等な死に方をなくすために生まれたものこそ、「隣人祭り」なのです。わたしたちは一人では生きていけません。誰かと一緒に暮らさなければなりません。
 では、誰とともに暮らすのか。まずは、家族であり、それから隣人です。考えてみれば、「家族」とは最大の「隣人」かもしれません。現代人はさまざまなストレスで不安な心を抱えて生きています。ちょうど、空中に漂う凧のようなものです。そして、わたしは凧が最も安定して空に浮かぶためには縦糸と横糸が必要ではないかと思います。

 縦糸とは時間軸で自分を支えてくれるもの、すなわち「先祖」です。この縦糸を「血縁」と呼びます。また、横糸とは空間軸から支えてくれる「隣人」です。この横糸を「地縁」と呼ぶのです。この縦横の二つの糸があれば、安定して宙に漂っていられる、すなわち心安らかに生きていられる。これこそ、人間にとっての「幸福」の正体ではないでしょうか。 
そして、その「幸福」を得る方法こそが「隣人祭り」なのだと思います。

 いたずらに「無縁社会」の不安を煽るだけでは、人類滅亡予言と変わりません。それよりも、わたしたちは「有縁社会」づくりの具体的な方法を考え、かつ実践していかなければなりません。 自殺、うつ、グリーフケア、葬儀の簡素化、孤独死、高齢者の所在不明、生涯非婚、墓じまい、無縁社会、隣人祭り......すべては、密接に関わり合っているのです。