No.644
シネプレックス小倉で日本映画「天間荘の三姉妹」を観ました。「死」と「死後」をテーマにしたファンタジー映画で、感動のヒューマンドラマでもありました。この映画、何よりも、のんの存在感と演技力が素晴らしい!
ヤフー映画の「解説」には、「漫画家・高橋ツトムによる『天間荘の三姉妹 スカイハイ』を実写映画化。臨死状態の人間の魂がたどり着く旅館『天間荘』を舞台に、宿を切り盛りする姉妹と腹違いの妹の交流を描く。監督を高橋原作の『スカイハイ [劇場版]』などの北村龍平、脚本を『夕陽のあと』などの嶋田うれ葉が担当。3姉妹を『さかなのこ』などののん、『あのこは貴族』などの門脇麦、『ロマンス』などの大島優子が演じるほか、高良健吾、永瀬正敏、寺島しのぶ、柴咲コウらが共演する」とあります。
ヤフー映画の「あらすじ」は、「身寄りのない少女・小川たまえ(のん)は交通事故に遭い臨死状態となり、『もう一度現世に戻って生きる』か『天へと旅立つ』かを自ら決断できるようになるまで、天空の町・三ツ瀬にある旅館『天間荘』で暮らすことになる。そこで彼女は、腹違いの二人の姉・天間のぞみ(大島優子)とかなえ(門脇麦)に初めて出会う。姉たちや周囲の人々と触れ合い、家族の愛情や友情を知り成長していくたまえだったが、ある日、三ツ瀬の町とそこの住人にまつわる秘密を知る」です。
「天間荘」は、天上と地上の間にある旅館です。ここに住む者のほとんどは死者ですが、中には地上にも戻れる臨死者が含まれているという設定は面白いと思いました。天間荘を訪れる者はタクシーを利用し、ここから天上に向かう者は船を利用したりします。わたしは、葬祭業とは一種の交通業であると思っています。お客様を、「この世」というA地点から「あの世」というB地点までお送りするわけです。目的地に行くにはロケットから飛行機、船、バス、タクシー、そして自転車やテクシーまで、数多くの交通手段があります。それが、さまざまな葬儀です。飛行機しか取り扱わない旅行代理店など存在しないように、魂の旅行代理店としての葬祭業も、お客様が望むかぎり、あらゆる交通機関のチケットを用意すべきなのです。
天間荘は旅館ですので、お客様には「おもてなし」をします。「おもてなし」は「サービス」と同義語のように思う人もいますが、天間荘のお客は一度死にかかった人間です。絶望の果てに自死を図った者もいます。そんな人々に接する態度はサービスといった次元を超えています。それは、その人の魂を救うような「ケア」にほかなりません。「service(サービス)」の語源は、ラテン語のservus(奴隷)という言葉から生まれ、英語のslave(奴隷)、servant(召し使い)、servitude(苦役)などに発展しています。サービスにおいては、顧客が主人であって、サービスの提供者は従者というわけですね。ここでは上下関係がはっきりしており、従者は主人に服従し、主人のみが充足感を得ることになります。サービスの提供者は下男のように扱われるため、ほとんど満足を得ることはありません。サービスにおいては、奉仕する者と奉仕される者が常に上下関係つまり「タテの関係」の中に存在します。
『心ゆたかな社会』(現代書林)
一方、「サービス」に対して「ケア」という言葉があります。サービスの語源には「苦しみを与える」という意味がありますが、ケアの語源は「苦しみを分かち合う」という意味です。拙著『心ゆたかな社会』(現代書林)の「ホスピタリティが世界を動かす」にも書きましたが、サービスは奉仕する者と奉仕される者が常に上下の垂直関係、つまり「タテの関係」です。しかし、ケアの場合は、奉仕する者と奉仕される者が水平関係、つまり「ヨコの関係」です。そこでは、奉仕する者と奉仕される者は平等です。そして、相手を支えることで、自分も相手から支えられることを「ケア」というのです。「ありがとう」と言ってくれた相手に対して、こちらも「ありがとう」と言うことが「ケア」なのです。そう、「サービス」は一方向ですが、「ケア」は双方向です。映画「天間荘の三姉妹」で、のん演じる小川たまえがお客様に対して提供したものは、魂のケアとしての「スピリチュアル・ケア」でした。
『愛する人を亡くした人へ』(現代書林)
天間荘がある三ツ瀬の住人たちは、東日本大震災と思われる大災害で亡くなった死者たちです。彼らは「あの世」へ昇天することをためらっていますが、やがて、自分を記憶してくれる人間が「この世」にいれば、自分も生き続けることができるということに気づきます。わたしは、拙著『愛する人を亡くした人へ』(現代書林)の「記憶」に書いた、アフリカのある部族の死者を二通りに分ける風習を思い出しました。人が死んでも、生前について知る人が生きているうちは、死んだことにはなりません。生き残った者が心の中に呼び起こすことができるからです。しかし、記憶する人が死に絶えてしまったとき、死者は本当の死者になってしまうというのです。誰からも忘れ去られたとき、死者はもう一度死ぬのです。
「天間荘の三姉妹」には、さまざまな名俳優が出演していますが、主演ののんの存在感がやはりハンパではありません。彼女は顔も可愛いし、スタイルも良いですが、何より声がいいですね。彼女の声を聴くと、本当に心から癒される気がします。NHK朝の連続テレビ小説「あまちゃん」で注目されたときからそうでしたが、一条真也の映画館「この世界の片隅に」で紹介したアニメ映画の主人公すずの声を担当したのんは本当に素晴らしかったです。そんな癒し系の彼女が旅館で働くわけですから、彼女からケアしてもらうお客は幸せですね! あと、のんがイルカショーのインストラクターを務めるラストシーンは圧巻で、彼女はすっかり「さかなのこ」ならぬ「イルカのこ」になっていました!
この映画、とにかく出演女優陣が豪華です。天間荘の三姉妹を演じた大島優子、門脇麦、のんの他にも、大女将役の寺島しのぶ、長期滞在客役の三田佳子、「この世」と「あの世」の間を繋ぐ天使(死神?)のイズコ役の柴咲コオらがそれぞれ熱演しています。のんは、公開記念舞台挨拶で、「大切な人とのつながりを感じられるような、時空を超えた時間というものが自分のなかに存在するんだなということを改めて実感しました」と作品を通して得た思いを語った。また撮影の合間を縫ってイルカの調教師の練習に向かうのんと門脇を見て「本当にお姉ちゃんになったかのように、2人ががんばっている姿を見て感動しました」と話しました。
また、公開記念舞台あいさつでは、のぞみとかなえの母親・恵子役を演じた寺島しのぶが、「三姉妹の印象は三者三様だった」と回答。オムレツを食べるシーンでは「私と優子ちゃん、麦ちゃんは右端から食べ始めたけど、のんちゃんだけ真ん中からくり抜いて食べていて。そこで母親が違うという異物感を感じられて、映画の関係性ができたと思いました」と述べました。対して、のんは「具材と卵をバランスよく食べたくて...」と回答。北村監督もそのシーンはお気に入りだと話していました。最後にのんが挨拶しましたが、「原作を読んだとき、亡くなった方の視点で語られることにびっくりしました。震災というシビアな題材をファンタジーに落とし込んで届ける物語があったのかと、作品に参加できてうれしいです。遺された人たちにとって、向こうの人たちも自分を思い返してくれるかもしれないと感じられる映画だと思います」と語っています。
のん演じる小川たまえは、大島優子演じる天間のぞみ、門脇麦演じる天間かなえとは異母姉妹です。のぞみ・かなえ・たまえなんて、まるで「わらべ」ですが、のぞみとかなえの実母である天間恵子(寺島しのぶ)は、たまえの存在が当然ながら面白くありません。よって、たまえに辛く当たります。でも、2人の姉たちはたまえを庇ってくれるのでした。このあたりは、一条真也の映画館「海街diary」で紹介した是枝裕和監督の日本映画を連想します。鎌倉に暮らす三姉妹と父親がほかの女性ともうけた異母妹が共同生活を送る中、さまざまな出来事を経て家族の絆を深めていく姿を追った感動作です。綾瀬はるか、長澤まさみ、夏帆が演じる三姉妹の異母妹を広瀬すずが演じました。この映画で広瀬すずを初めて観たとき、「透明感があって、のんに雰囲気が似ているな」と思ったことを思い出しました。
映画というものは、同じテーマの映画を連想したりします。同様に、監督あるいは出演者から他の映画を連想したりもします。「天間荘の三姉妹」には高良健吾が出演していましたが、わたしは一条真也の映画館「悼む人」で紹介した彼の主演映画を連想しました。「悼む人」(2015年)は、ベストセラー作家・天童荒太の直木賞受賞作『悼む人』を堤幸彦が映画化した作品です。亡くなった人が生前「誰に愛され、愛したか、どんなことをして人に感謝されていたか」を覚えておくという行為を、巡礼のように続ける主人公と、彼とのふれ合いをきっかけに「生」と「死」について深く向き合っていく人々の姿が描かれています。「天間荘の三姉妹」には、臨死者の人生を映像化する走馬灯が登場しますが、そのシーンを観ているうちに、「誰に愛され、愛したか、どんなことをして人に感謝されていたか」という「悼む人」のテーマを思い出しました。
映画「天間荘の三姉妹」には三姉妹の父親役で永瀬正敏も出演しています。わたしは、一条真也の映画館「最初の晩餐」で紹介した映画を連想しました。「最初の晩餐」(2019年)は、染谷将太、戸田恵梨香、窪塚洋介、斉藤由貴、永瀬正敏らが出演したヒューマンドラマです。メガホンを取るのは、本作が長編デビューとなる常盤司郎でした。父・日登志(永瀬正敏)の訃報を受けて帰郷したカメラマンの麟太郎(染谷将太)は、姉の美也子(戸田恵梨香)と葬儀の準備を進めていました。そんな中、母親のアキコ(斉藤由貴)が通夜に出されるはずだった仕出し弁当をキャンセルし、通夜振る舞いの料理を自分で作ると宣言。やがて目玉焼きを筆頭に、日登志とゆかりのある料理が出されます。麟太郎はそれを食べながら、父と母の再婚、母の連れ子である兄シュン(窪塚洋介)との日々を思い出すのでした。
また、「天間荘の三姉妹」には、天使とも死神ともつかぬ神秘的な女性イズコを柴咲コウが演じています。彼女を見て、わたしは「黄泉がえり」(2003年)というジェントル・ゴースト・ストーリー(優霊物語)の名作である日本映画を連想しました。この映画で、柴咲コウは歌手RUIとして「月のしずく」を熱唱しました。当初、「黄泉がえり」の公開期間は3週間の予定でしたが、感動が口コミで広まり異例の動員を記録。ムーブオーバーとなり、最終的に3か月以上のロングラン大ヒットとなりました。興行収入は30.7億円を記録しています。原作は、1999年に発表された梶尾真治の小説です。
「黄泉がえり」では、熊本県阿蘇地方(原作とは異なる)で死んだ人が蘇るという超常現象が起こります。厚生労働省職員の川田平太(草彅剛)は、現象の謎を探るため、自分の生まれ故郷でもある現地に赴きます。「ヨミガエリ」と名付けられたこの現象は、さまざまなところで人が心に抱いていた思いを呼び起こすきっかけとなってゆきます。やがて山中で巨大な隕石口が発見され、また現象に対する研究も進められますが、突如ある限界が訪れます。この映画の主人公は、平太の幼なじみの橘葵です。地元の役場に勤務し、明るく過ごしているものの、婚約者の死を受け入れられずにいる。平太と再会し、彼への思いと、俊介が黄泉がえってこないことの意味に苦悩しますが、実は彼女も黄泉がえりなのでした。演じたのは、竹内結子さんです。彼女が自ら命を絶ったのが2020年9月27日でしたから、もう2年が経過したのですね。
竹内さんが亡くなったときのご家族の悲しみは如何ばかりであったかと推察します。フランスには「別れは小さな死」ということわざがあります。愛する人を亡くすとは、死別ということです。愛する人の死は、その本人が死ぬだけでなく、あとに残された者にとっても、小さな死のような体験をもたらすと言われています。もちろん、わたしたちの人生とは、何かを失うことの連続です。わたしたちは、これまでにも多くの大切なものを失ってきました。しかし、長い人生においても、一番苦しい試練とされるのが、あなた自身の死に直面することであり、あなたの愛する人を亡くすことなのです。映画「天間荘の三姉妹」の中で、現世に戻るように小川たまえをイズコが説得したとき、それを拒絶したたまえは「いつ愛する人を失うかもわからない、そんな世界で生きて何になるんですか?」と言い放ちますが、死別の意味について考え続けてきたわたしは彼女にこう伝えたいです。
「愛する人を亡くした悲しみの大きさは、あなたがその人を深く愛していたことの証であり、それは人生の最高の宝物なのですよ!」
最後に、玉置浩二(作曲)と絢香(作詞)が本作のために書き下ろした 主題歌「Beautiful World」が素晴らしいです。いつもはエンドロールが流れ始めた途端に席を立つわたしですが、あまりにも名曲なので動けなくなりました。アコースティックの優しい音色にのせて、2人の力強くも温かい歌声が響くバラードです。「忘れないで また会う日まで」「生きていく」といった歌詞に象徴される、家族・友人・恋人など、大切に思う人との繋がりや記憶、それによって得られる温もり、ひとの生と死を描く同作の世界観をストレートに表現しています。 付け加えるなら、わたしが作詞した「また会えるから」という歌とまったく同じメッセージでした。