No.646


 金沢から東京に移動した直後、石川県で最大震度4を観測する地震がありました。そんなことも知らず、109冊目の一条本『心ゆたかな映画』(現代書林)の発売前夜となる11月14日の夜、出版関係の打合せの後で映画「ドント・ウォーリー・ダーリン」のレイトショーをTOHOシネマズ六本木で観ました。SFとスリラーの中間のような奇妙な味の映画でしたが、既視感はありましたね。
 
 ヤフー映画の「解説」には、こう書かれています。
「『ブックスマート 卒業前夜のパーティーデビュー』で長編監督デビューを飾った女優オリヴィア・ワイルドがメガホンを取ったスリラー。完璧な生活が保証された街を舞台に、理想の生活を送る女性の周囲で続発する不可解な現象を描く。主人公を『ミッドサマー』などのフローレンス・ピュー、彼女の夫をボーイズグループ「ワン・ダイレクション」のメンバーであるハリー・スタイルズが演じ、『エターナルズ』などのジェンマ・チャン、『スター・トレック』シリーズなどのクリス・パインらのほか、ワイルド監督自身も出演する」
 
 ヤフー映画の「あらすじ」は、以下の通りです。
「完璧な生活が保証された理想の街ビクトリーで、愛する夫ジャック(ハリー・スタイルズ)と暮らすアリス(フローレンス・ピュー)。この街には『夫は働き、妻は専業主婦でなければならない』『街から勝手に出てはいけない』といったルールが定められていた。あるとき、隣人が見知らぬ男たちに連れ去られるのを見かけて以降、彼女の周りで不可解な出来事が頻発するようになる。精神的に不安定になり周囲から心配されるアリスだったが、あるきっかけから街の存在に疑問を抱き始める」
 
 この映画の舞台であるビクトリーという街は、「夫は働き、妻は専業主婦でなければならない」というルールがあります。現代から見れば時代錯誤も甚だしいと言えます。アメリカ映画によくあるミソジニー(女嫌い)の作品かなと思いきや、監督のオリヴィア・ワイルドが女性であることを思い出しました。ならば、逆にフェミニズム映画かとも思いましたが、映画の中にセクシーな女性が大量に登場するので、その可能性はありますね。あまりにも女たちがセクシー過ぎて、ちょっとグロテスクでしたが......。
 
「完璧な生活が保証された理想の街ビクトリー」という舞台設定を知った瞬間、誰でも「ああ、ビクトリーは理想の街でも何でもなく、背後に闇があるのだな」と思うのではないでしょうか? それぐらい、終始ユートピア賛歌で完結する映画などありえず、必ず落とし穴があって、その街は実はディストピアであることを、映画好きなら経験上知っているからです。なぜ、ユートピアでの生活が成り立っているのかというと、ネタバレにならないようにギリギリの線で書くと、「マトリックス」シリーズのような仮想現実というものが関わっています。まあ、今さら目新しくもありませんが......。
 
 仮想現実であったユートピアは、主人公の疑いから亀裂が入り、一転してディストピアと化してしまいます。そもそもビクトリーの街はフランクという男が住人たちを精神的に支配していて、カルト宗教のコミューンみたいで、最初からまったくユートピアには見えませんでしたね。この「ドント・ウォーリー・ダーリン」という映画、「マトリックス」以外にも、じつに多くの作品を連想してしまいます。1950年代のアメリカの郊外にある理想のマイホームの美しい専業主婦という設定は、「ステップフォード・ワイフ」を連想します。もともとは1975年のサイコスリラー映画で、ブライアン・フォーブス監督。原作はアイラ・レヴィンの『ステップフォードの妻たち』で、ウィリアム・ゴールドマンが脚本を書きました。主演は、キャサリン・ロスでした。
 
「ステップフォード・ワイフ」は2004年にフランク・オズ監督によってSFブラックコメディ映画としてリメイクされました。主演は、ニコール・キッドマンです。ニコールが演じる主人公ジョアンナはニューヨークでやり手のテレビ・プロデューサーとして働いていましたが、過激な番組が元で辞任させられてしまいます。すっかり意気消沈した彼女を気遣う夫のウォルター(マシュー・ブロデリック)は、家族のためにコネティカット州のステップフォードに移り住むことを提案。ステップフォードは治安もよく、豊かで大変美しい町でしたが、そこに住む女性たち(妻たち)は揃いも揃ってグラマーで貞淑で、あまりに完璧な妻であることにジョアンナは気がつくのでした。
 
 ステップフォードに住む妻たちがみんなグラマーだったように、「ドント・ウォーリー・ダーリン」の主人公アリスもグラマーな美人妻です。アリスを演じたフローレンス・ピューは、一条真也の映画館「ミッドサマー」で紹介したホラー映画でも主演でしたが、わたしは彼女が女優ジェニファー・ローレンスに似ていると思いました。そして映画館、 一条真也の映画館「マザー!」で紹介したジェニファー・ローレンスの主演映画を連想しました。「マザー!」と「ドント・ウォーリー・ダーリン」は、ともに妻の物語であること、日常に亀裂が入る不安と恐怖を描いていること、狂気と現実の境目がわからなくなることなど、いくつも共通点があります。
 
 また、「ドント・ウォーリー・ダーリン」には、一条真也の映画館「ゲット・アウト」「アス」「アンテベラム」などで紹介した一連のショーン・マッキトリックがプロデュ―スしたスリラー映画と似たような香りも放っています。「アンテベラム」の主人公は、社会学者で人気作家でもあるヴェロニカ(ジャネール・モネイ)。招かれたニューオーリンズで見事なスピーチを披露して喝采を浴び、友人たちとディナーを楽しんだ直後、順風満帆だった彼女の日常は突如崩壊してしまいます。一方、アメリカ南部の綿花畑で奴隷として重労働を強いられているエデン(ジャネール・モネイ)は悲劇に見舞われ、それを機に奴隷仲間と脱走を企てるのでした。
 
 というわけで、「ドント・ウォーリー・ダーリン」という映画、いろんなホラー映画、スリラー映画、SF映画を連想させます。しかし、イメージが多彩というよりも、いろんな既成のアイデアの寄せ集めといった印象で、わたしはチープに感じました。最近はメタバースなどの概念も登場して、もはやバーチャルリアリティ程度ではアイデアとしては陳腐にさえ思えます。センス・オブ・ワンダー的アイデアのインフレーションと言えるかもしれません。ここ数日、沖縄の那覇・金沢・東京と移動して思ったのですが、どこに行っても人が多い。少し前までのコロナ禍における日常がウソのようです。あの頃がウソだったのか、現在がウソなのか。いずれにしろ、コロナ禍によって、わたしたちのリアリティそのものが大きく歪んだように思います。六本木ヒルズという架空のディストピアそのもののような場所にいると、それを痛感しました。

六本木ヒルズの前で
 

 

TOHOシネマズ六本木ヒルズの前で