No.925


 3連休はどこにも遠出はしませんでしたが、映画館には行きました。話題の日本映画「キングダム 大将軍の帰還」をコロナワールドシネマ小倉で観ました。これまでのシリーズ前作と同様に、素晴らしい超弩級のアクション超大作でした。最高に面白かったです!
 
 ヤフーの「解説」には、こう書かれています。
「中国春秋戦国時代を舞台にした原泰久のコミックを原作に、山崎賢人と吉沢亮が中華統一を目指す主人公を演じるアクションの第4弾。『キングダム 運命の炎』で描かれた「馬陽の戦い」に続き隣国・趙との戦いが展開し、大将軍への道をまい進する主人公の信をはじめとする秦の兵たちが、趙のホウ煖や李牧と死闘を繰り広げる。共演は橋本環奈や長澤まさみ、吉川晃司、小栗旬など。監督を前3作に引き続き佐藤信介が務める」
 
 ヤフーの「あらすじ」は、「中国春秋戦国時代。大将軍になる夢を抱いて飛信隊を率いる信(山崎賢人)は、趙軍との馬陽の戦いでの勝利に貢献する。しかし、趙軍の総大将・龐煖(吉川晃司)の軍勢が飛信隊を急襲。飛信隊は森の中で散り散りになってしまう。一方、北の大地では山の民を統率する楊端和(長澤まさみ)が、趙の軍師・李牧(小栗旬)の存在に恐れを抱いていた」となっています。
 
『キングダム』は、原泰久による日本の漫画です。「週刊ヤングジャンプ」(集英社)にて2006年9号より連載中。第17回手塚治虫文化賞マンガ大賞受賞作品。2023年11月時点で累計発行部数はなんと1億部を突破というから、すごいですね! そんな大人気の国民的マンガですが、2018年4月の第50巻達成を記念して『キングダム』の実写映画「キングダム」の製作が発表され、2019年4月に劇場公開されました。
 
 一条真也の映画館「キングダム」で紹介した映画第1弾では、紀元前245年、中華西方の国・秦。戦災で親を失くした少年・信(山崎賢人)と漂(吉沢亮)は、大将軍になる夢を抱きながら剣術の特訓に明け暮れていました。やがて漂は王宮へと召し上げられますが、王の弟・成キョウ(本郷奏多)が仕掛けたクーデターによる戦いで致命傷を負います。息を引き取る寸前の漂から渡された地図を頼りにある小屋へと向かった信は、そこで王座を追われた漂と瓜二つの王・嬴政(吉沢亮)と対面。漂が彼の身代わりとなって殺されたのを知った信は、その後嬴政と共に王座を奪還するために戦うことになるのでした。
 
 一条真也の映画館「キングダム2 遥かなる大地へ」で紹介した映画第2弾では、「蛇甘平原の戦い」のエピソードが描かれます。監督は前作と同じく佐藤信介が務めました。春秋戦国時代の中国で、秦の玉座をめぐる争いから半年後、大将軍を目指す信が初陣に挑み、羌カイらと共に隣国・魏との壮絶な戦いを繰り広げます。隣国の魏が秦に侵攻を開始しますが、秦軍に歩兵として加わった信は、子供のような姿の羌瘣らと共に伍(5人組)を組むことになります。決戦の地・蛇甘平原に到達した信たちでしたが、戦況は絶望的な惨状でした。第2弾は、なんといっても、羌瘣を演じた清野菜名の熱演が光りました。
 
 一条真也の映画館「キングダム 運命の炎」で紹介した映画第3弾では、将に昇格した信と秦の国王・嬴政らが、趙の大軍勢の侵攻に対して決死の戦いを繰り広げます。信は100人を率いる将に昇格し、秦の若き国王・嬴政のもとで「天下の大将軍」を目指していました。ある日、北方の隣国・趙の大軍が秦に侵攻してきます。秦は馬陽の地で、戦場へ舞い戻ってきた王騎(大沢たかお)を総大将に趙を迎え撃ちます。ついに伝説の大将軍・王騎が、「馬陽の戦い」にて戦場へ舞い戻りました。信、嬴政、王騎が交わるとき、運命が動き出しますが、今回は杏が正義感と母性にあふれた美しき女性・紫夏役を演じました。未来の秦国王となる若き嬴政を、趙国から秦国へと脱出させる危険なミッションを請け負うことになった闇商人・紫夏の運命はいかに?
 
 そして、このたび公開された映画第4弾が本作「キングダム 大将軍の帰還」です。今回描かれるのは、前作の「運命の炎」で信(山﨑賢人)と王騎(大沢たかお)が隣国・趙との総力戦を繰り広げた「馬陽の戦い」の続きです。前作のラストでサプライズ登場した吉川晃司演じる龐煖が本格的に参戦。過去に王騎と馬陽の地で因縁の戦いを繰り広げた"武神"が、信や王騎たちに立ちはだかります。その強さたるやハンパではなく、信も羌瘣(清野菜名)も歯が立ちません。吉川晃司のアクションも存在感も素晴らしく、彼がスクリーンに映っているだけで華がありますね。わたしは吉川晃司が「モニカ」でデビューしたときからの彼のファンなのですが、「キングダム」の龐煖はハマリ役!
 
 恐ろしく強い龐煖と対等に渡り合えるのは、秦の大将軍である王騎しかいません。大沢たかおが演じる王騎は筋骨隆々で、喋り方も独特であり、観客に多大なインパクトを与えます。映画「キングダム」シリーズの中国史監修を務めた学習院大学名誉教授・鶴間和幸氏によれば、王騎将軍は史実においても「秦に尽くした武将であった」といいます。鶴間氏の新著『始皇帝の戦争と将軍たち――秦の中華統一を支えた近臣集団』(朝日新書)によれば、王齮(おうき)は王齕(おうこつ)とも書き、秦の昭王、荘襄王、秦王嬴政の三代(わずか3間即位の孝文王を入れれば四代)に仕えた将軍だといいます。始皇3年(前244)年に亡くなったので、秦王嬴政を支えたのは3年にすぎません。将軍としての活躍はもっぱら昭王の治世でした。
 
 『史記』における王騎の初出は昭王47年(前260年)でした。「白起列伝」に、左庶長(第10級の爵位)王齕として趙の廉頗と戦ったことが見え、上将軍武安君白起のもとで副将として長平の戦いで戦績を挙げたとあります。『史記』の「秦本紀」によれば、昭王49年(前258年)に王齕は将軍に任命され、翌年に鄭安平と邯鄲を囲みました。しかし、楚と魏が救援したので軍を引いています。荘襄王3年(前247年)に、上党を攻撃して占領郡の泰原郡を置いた同一記事を、「秦本紀」では王齕、「六国年表」では王齮と記しています。鶴間氏は、「王齕、王齮は同一人物と見られている。文字の旁(つくり)の乞と奇は漢音ではともにキであり、齕と齮は上古音では同音異字であったのだろう」と書いています。
 
 趙の将軍の龐煖も実在しました。『史記』の「趙世家」には、秦王嬴政の6年(前241年)年、龐煖が趙・楚・魏・燕の精鋭を率いて秦の蕞を攻撃するという重要な働きをしたと記されています。映画「キングダム 大将軍の帰還」では、龐煖を演じた吉川晃司と同じく前作で初登場した謎多き軍師・李牧役の小栗旬、李牧を支える剣士・カイネ役の佐久間由衣も本格的に登場します。また、2作目には不在で、3作目はほんの少しの出演だった楊端和役の長澤まさみ、2作目から圧倒的な存在感を放っている羌瘣役の清野菜名ら、日本映画界を代表する豪華キャストが集結しました。さらに今回は回想パートで、王騎と龐煖の"過去の因縁"に深く関わる、素顔を語ることを禁じられた秦六大将軍・摎役の新木優子が初登場。新木優子演じる摎は強く、儚く、美しく、大きなインパクトを残しました。
 
「キングダム 大将軍の帰還」は見どころが多い作品ですが、最大の見せ場は、なんと言っても王騎と龐煖による因縁の対決です。前作のラストで信率いる飛信隊に圧倒的な力の差を見せつけた龐煖と、信が憧れる大将軍・王騎による最終決戦は、ものすごい緊迫感に溢れています。一瞬たりとも目が離せない名場面の連続で、これは日本のアクション映画史に残るのではないでしょうか。それにしても、あまりの豪華キャスト。いくら天下の東宝といえども、これだけの俳優をずっと使い続けるのは大変だと思います。映画「キングダム」シリーズは、2作目以降は夏休み興行の目玉の作品として、すっかり夏の風物詩となった感があります。原作がまだ続いているだけに、映画も年に1本のペースで続いてほしいところですが、この「キングダム 大将軍の帰還」は「シリーズ最終章」と謳われています。
 
 物語的にもひとつの区切りを迎えたところで、最後になる可能性も否めませんね。しかしながら、しょせんは興行の世界。過去3作同様、本作も興行収入が50億円を超えたら存続の可能性が見えるかもしれません。わたしは、やはり、吉沢亮が演じた嬴政の今後の姿をスクリーンで観たいです。嬴政とは、中華の唯一の王、つまり後の始皇帝です。「キングダム」そのものが始皇帝外伝のような物語なのですが、わたしは始皇帝という人物に多大な関心を抱いてきました。拙著『ハートフル・カンパニー』(三五館)所収の「始皇帝の夢、アレクサンダーの志 東西二大英雄の心を読む」でも、始皇帝について詳しく書いています。f:id:shins2m:20170422150545j:plain
兵馬俑


 
 わたしは、2005年と2017年の2回にわたって兵馬俑を訪れました。兵馬俑とは、言わずと知れた秦の始皇帝の死後を守る地下宮殿です。二重の城壁を備えた始皇帝の巨大陵墓の下には、土で作られた兵士や馬の人形が立ち並んでいます。「世界第八の不思議」などと呼ばれているこの兵馬俑を眺めながら、わたしはさまざまなことを考えました。「キングダム」にも登場する春秋・戦国の舞台は、それが当時の全世界でした。秦、楚、燕、斉、趙、魏、韓、すなわち「戦国の七雄」がそのまま続いていれば、その世界は7つほどの国に分かれ、ヨーロッパのような形で現在に至ったことでしょう。当然ながらそれぞれの国で言葉も違ったはずです。そうならなかったのは、秦の始皇帝が天下を統一したからでした。f:id:shins2m:20170422170145j:plain
始皇帝像とともに



 始皇帝こそは、中国そのものの生みの親と言えます。中国を知ろうと思えば、それを生んだ秦の始皇帝を知らなければなりません。彼は前人未到の大事業を成し遂げましたが、その死後、彼の大帝国は脆くも崩壊してしまいました。とはいえ、統一の経験は、中国の人々の胸に強く、そして長く残りました。三国時代、南北朝、宋金対峙など、中国はその後しばしば分裂しましたが、そのときでも、誰もがこれは常態ではないと思っていたのです。中国が一つであることこそ、本来の自然な姿であると思っていたのです。これは、イギリス、フランス、イタリア、ドイツ、スペインなどの国々に分かれ、20世紀の終わりになってやっとEUという緩やかな共同体が誕生したヨーロッパの歴史を考えると、本当にものすごいことです。
 
 よほど強烈なエネルギーがなければ、中国統一のような偉業は達成できませんし、1人の人間が発したそのエネルギーの量たるや、わたしのような凡人には想像もつきません。中国すなわち当時の世界そのものを統一するとは、どういうことか。他の国々をすべて武力で打ち破ったことは言うまでもありませんが、それだけでは天下統一はできません。始皇帝は度量衡を統一し、「同文」で文字を統一し、「同軌」で戦車の車輪の幅を統一し、郡県制を採用しました。そのうちのどれ1つをとっても、世界史に残る難事業です。始皇帝は、これらの巨大プロジェクトをすべて、しかもきわめて短い期間に1人で成し遂げました。

 また、始皇帝は2つの水利工事や阿房宮という未完の宮殿を造ろうとしたことでも知られていますが、何と言っても有名なのが、かの万里の長城です。国境線をすべて城壁にするというのは、実に雄大な英雄ならではの発想です。かくして、広大な中国は統一され、彼はそのシンボルとして「皇帝」という言葉を初めて使いました。以後、王朝や支配民族は変われど、中国の最高権力者たちは20世紀の共産主義革命が起こるまで、ずっと皇帝を名乗り続けました。すなわち、秦の始皇帝がファーストエンペラーであり、清の宣統帝溥儀がラストエンペラーでした。この2人の皇帝の間には2000年を超える時間が流れています。『キングダム』の今後は、嬴政が始皇帝となって中華を統一するスケールの大きな物語が展開していくでしょう。
 
 これはもう予告編などでも明らかなので、ネタバレにはならないと思いますが、「キングダム 大将軍の帰還」では、主要キャラクターである王騎が死亡します。死ぬ原因となった龐煖との最終決戦の最中、王騎は「武将とは、亡くなった数万の仲間と、倒してきた数十万の敵の想いを両肩に背負う者よ」と龐煖にかたる場面があります。わたしは、この言葉を聴いて「死者の想いを背負って生きるというのは、唯葬論そのものだな」と思いました。そして、王騎は事切れる直前に、「これまで多くの武将が活躍し、時代を作ってきたが、必ず新しく台頭してくる武将が時代を変えてきた。それの繰り返しだ」と述べ、最後は信をはじめ、部下たちに遺言を伝えます。崇高な武将の死生観に魂が揺さぶられました。
 
 わたしは、死をおそれず威風堂々とした王騎の最期の様子を見て、一条真也の映画館「劇場版『鬼滅の刃』無限列車編」で紹介した超ヒット作アニメ映画のあるシーンを思い出しました。鬼殺隊の炎柱である煉獄杏寿郎が絶命するとき、側にいた竈門丹治郎にメッセージを遺した感動的なシーンです。肉体は滅びるとも、精神は残ります。現在、わたしの周辺には末期がんで命の灯が尽きようとしている人がいます。死にゆく者の言葉は必死で聴かねばならず、また、そのメッセージをしっかりと受け継がなければならない。「キングダム 大将軍の帰還」における王騎の最期を見て、そのように思いました。
 
 最後に、「キングダム」シリーズの長所は冒頭の「これまでの物語」の紹介が上手い所だと思います。わたしは、基本的に映画は一話完結のものを好みます。というのも、前作を観ていても記憶力が悪いので、それまでのストーリーを忘れてしまうのです。しかし最近は、一条真也の映画館「スパイダーマン:ノー・ウェイ・ホーム」一条真也の映画館「トップガン マーヴェリック」で紹介した大ヒット映画のようにシリーズ最新作が初見でも観客に感動を与えているという現象が起こっています。その理由は、最新作の中で過去のストーリーをうまく説明しているからだと思います。たとえば、登場人物が「あらすじ」をセリフとして語るとか。そして、それはストーリーがわからなくなって観客が混乱した「スターウォーズ」シリーズの失敗の反省からではないでしょうか? ちなみに、「キングダム」は日本映画界の「スターウォーズ」を目指しているそうです。