No.1187


 アメリカ映画「ビューティフル・ジャーニー ふたりの時空旅行」を小倉コロナシネマワールドで鑑賞。『ドラえもん』の「どこでもドア」を連想させるファンタジーですが、しみじみと感動しました。本作は、今年観た200本目の映画です。生まれて初めて、年間200本の映画を観ました!

 ヤフーの「解説」には、こう書かれています。
「時空を超えて旅をする男女を描くヒューマンドラマ。友人の結婚式で出会った男女が、奇妙なドアを通って過去の世界へとタイムスリップする。『アフター・ヤン』などのコゴナダが監督を務め、『君たちはどう生きるか』などに携わってきた久石譲が音楽を担当する。『イニシェリン島の精霊』などのコリン・ファレル、『バービー』などのマーゴット・ロビーがキャストに名を連ねる」

 ヤフーの「あらすじ」は、「友人の結婚式で出会ったある男女(コリン・ファレル、マーゴット・ロビー)がカーナビの案内に従ってレンタカーを運転していると、不思議なドアへたどり着く。そのドアをくぐったとき、二人は自分たちが人生で最もやり直したいと思う日へとタイムスリップしていた。男性は初恋の相手に告白した高校時代へ、そして女性は母親との最期の別れの瞬間へと導かれる」となっています。

 友人の結婚式で出会った男女が、レンタカーのカーナビに導かれてたどり着いた奇妙なドア。通り抜けると「人生で一番やり直したい日」へとタイムスリップ。ドアは過去へつながっており、2人は人生のターニングポイントとなった出来事をもう一度やり直すことで、自分自身、そして大切な人たちと向き合っていく......いかにも「世にも奇妙な物語」に登場しそうなファンタジーですが、本当に2人の目の前にいきなりドアが出現するなど、細かい説明など一切ない強引な展開ではありました。

 この映画を観たわたしは、一条真也の映画館「アバウト・タイム~愛おしい時間について」で紹介した2014年のイギリス映画を連想しました。リチャード・カーティス監督が、タイムトラベルを繰り返す青年が本当の愛や幸せとは何かに気づく姿を描いたロマンティックコメディです。イギリス南西部に住む青年ティム(ドーナル・グリーソン)は自分に自信がなく、ずっと恋人ができずにいた。21歳の誕生日に、一家に生まれた男たちにはタイムトラベル能力があることを父親から知らされたティムは、恋人を得るためタイムトラベルを繰り返すようになり、やがて魅力的な女性メアリー(レイチェル・マクアダムス)と出会います。しかし、タイムトラベルが引き起こした不運によって、その出会いがなかったことになってしまい、再び時間をやり直したティムはなんとか彼女の愛を勝ち取るのでした。

「アバウト・タイム~愛おしい時間について」も、「ビューティフル・ジャーニー ふたりの時空旅行」も、過去へのタイムトラベルによって、主人公たちが自分と家族の人生をよりよいものにしようとする物語です。わたしは自分がタイムトラベラーになったときの心境を想像しました。日本が世界に誇るSFコミック『ドラえもん』には、ドラえもんとのび太がタイムマシンに乗って時間の流れの中を行く場面がよく登場します。彼らはどこか特定の時点を目的地とし、その時代にタイムトラベルするわけですが、自分ならどの時間を目指すか? わたしは財布や携帯電話を紛失したことがあるのですが、大変な目に遭いました。それらの災難に見舞われた直後なら、間違いなく紛失した現場に向かいたいと思います。また例えば、わたしが車を運転していて人身事故を起こしたような場合は、確実に事故が起こる前の時点に帰りたいと思うでしょう。つまり、流れゆく時間の中でタイムトラベルの目的地とされるのは「事故」の直前といったケースが多いように思います。

「事故」というのは出来事です。それもマイナスの出来事です。そして、流ゆく時間の中には、プラスの出来事もあります。その最大のものが結婚式ではないでしょうか? 考えてみれば、多くの人が動画として残したいと願う人生の場面の最たるものは結婚式および結婚披露宴ではないかと思います。なぜなら、それが「人生最高の良き日」だからです。結婚式以外にも、初宮参り、七五三、成人式などは動画に残されます。それらの人生儀礼も、結婚式と同じくプラスの出来事だからです。わたしがタイムトラベラーだとしたら、プラスの出来事かマイナスの出来事か、どちからを必ず目指すのではないかと思います。「アバウト・タイム~愛おしい時間について」では、主人公は結婚式の日にタイムトラベルします。一方の「ビューティフル・ジャーニー ふたりの時空旅行」でも結婚式が重要な役割を果たすのですが、それは主人公であるデヴィッド(コリン・ファレル)とサラ(マーゴット・ロビー)が最初に出会った場としてでした。

 デヴィッドとサラの初デートは、何の変哲もないハンバーガー・ショップでした。ルックスが良くて異性にモテそうな2人の初デートが庶民的なハンバーガー店というのは意外ですが、じつはサラはこんな気取らない店が大好きな女性だったのです。デヴィッドは夫や父になりたいという夢を抱いていましたが、サラは恋愛にも結婚にも興味がありません。そんな2人は不思議なドアを通り抜けるたびに相手への理解を深めていきます。同時に、観客も彼らのこれまでの人生を少しづつ知り、次第に共感していきます。シネマトゥディ編集部の市川遥氏は、「時に笑わせ、時に現実の痛みを突きつけ、時に涙腺を刺激し、それでもやさしく、軽やかに、確かなことなどない恋愛関係においても一歩踏み出してみることが大切だと教えてくれる本作。ヒューマンドラマとしてもラブストーリーとしても人間のリアルな感情を描いているだけに観終わった後の余韻が半端なく、一人でじっくり浸って心に宿った温かなものを反芻するもよし、友達、恋人、家族とじっくり語り合うもよし!」と書いています。

 一条真也の映画館「イニシェリン島の精霊」で紹介した映画のコリン・ファレル、一条真也の映画館「バービー」で紹介した映画のマーゴット・ロビー。ともに2023年の主演作でオスカーにノミネートされた2人の競演は見応えがあります。特に、本作「ビューティフル・ジャーニー ふたりの時空旅行」のマーゴット・ロビーはため息が出るほど美しく、わたしは「眼福!」と思いながら、スクリーンに映る彼女の姿を見ていました。彼女はオーストラリア・ゴールドコーストで生まれ育ちですが、オーストラリア出身者ではニコール・キッドマン以来の美人女優だと思います。大学卒業後、演技の道に進むためメルボルンに引っ越した彼女は、2008年に女優デビュー。TVドラマ出演などを経て、マーティン・スコセッシ監督の「ウルフ・オブ・ウォールストリート」(2013年)で、主演のレオナルド・ディカプリオの相手役に抜擢され、一躍注目を浴びました。現在35歳ですが、本当に美しいですね。たとえ「ルッキスト」と呼ばれようが、そう思います。
 
 マーゴット・ロビーが演じるサラは、女子大生のときに母親が亡くなるのですが、まさに母が息だえたとき、不倫関係にあった大学教授とセックスをしている最中でした。そのことに深い後悔を抱いた彼女は、大きなトラウマとともに生きていました。そんな彼女がデヴィッドと出会って、不思議なドアを通ったとき、母が入院していた病院が出現。そこでは母はまだ生きており、彼女は今は亡き母親との再会を果たすのでした。わたしは映画を含む動画撮影技術が生まれた根源には人間の「不死への憧れ」があると考えています。だからこそ映画の誕生以来、時間を超える物語を描いたタイムトラベル映画が無数に作られてきたのでしょう。そして、時間を超越するタイムトラベルを夢見る背景には、現在はもう存在していない死者に会うという大きな目的があるのではないでしょうか。わたしは、すべての人間の文化の根底には「死者との交流」という目的があると考えています。そして、映画そのものが「死者との再会」という人類普遍の願いを実現するメディアでもあると思います。

「ビューティフル・ジャーニー ふたりの時空旅行」のメガホンを取ったのは、A24のSF映画「アフター・ヤン」(2022年)が高く評価されたコゴナダ監督。韓国出身で現在はアメリカ国籍を取得しています。彼は、「ハウルの動く城」(2004年)などの宮崎駿監督作が本作に影響を与えたと公言し、音楽には敬愛する久石譲を迎えたそうです。美しくも、どこか懐かしい久石のメロディーは「大人のジブリ」といった印象を与えてくれます。今回が初のハリウッド作品となる久石の参加について、コゴナダ監督は「夢のようで、想像すらしなかったこと」「彼の音楽はほとんど"独自の世界"と言っていいほどなので、彼の解釈で音楽を作り上げてもらいました。彼の貢献は驚くべきもので、この映画に予想もしなかった深みを加えてくれました。本当にすてきで美しいです」と大絶賛。デヴィッドとサラの行く先々に現れるカラフルで印象的なドアの数々は、まるで「ハウルの動く城」に登場する魔法のドアのようでした。

「ハウルの動く城」といえば、倍賞千恵子と木村拓哉の存在を忘れることはできません。荒地の魔女によって90歳の老婆に変えられた少女ソフィーを倍賞千恵子が、彼女が恋をした謎めいたハンサムな魔法使いハウルを木村拓哉が、それぞれ声優を務めました。その2人は、一条真也の映画館「TOKYOタクシー」で紹介した山田洋次監督の最新作で20年ぶりに共演しました。タクシー運転手の宇佐美浩二(木村拓哉)は、85歳の高野すみれ(倍賞千恵子)を乗せて、東京の柴又から神奈川の葉山にある高齢者施設まで送ることになります。高野からいくつか寄ってほしい場所があると言われた宇佐美は、寄り道をするうちに彼女と心を通わせるようになります。
 
「TOKYOタクシー」と「ビューティフル・ジャーニー ふたりの時空旅行」はともにドライブ・ムービーであること、登場人物の過去が語られていき、それぞれの人生が大きく動き出すことなど、じつに共通点が多いです。「ビューティフル・ジャーニー ふたりの時空旅行」は、不思議なドアを通り抜けることによって時間と空間を超える物語ですが、これは映画鑑賞そのもののメタファーではないかと思いました。オフィシャル・シネマレビュー・サイト「一条真也の映画館」の冒頭にも書きましたが、わたしは映画が大好きです。映画を観れば別の人生を生きることができますし、世界中のどんな場所にだって、いや宇宙にだって行くことができます。さらには、映画を観れば、死を乗り越えることだってできます。古代の宗教儀式は洞窟の中で生まれたという説がありますが、洞窟も映画館も暗闇の世界です。
死を乗り越える映画ガイド』(現代書林)



 拙著『死を乗り越える映画ガイド』(現代書林)にも書きましたが、映画館という洞窟の内部において、わたしたちは臨死体験をするように思います。なぜなら、映画館の中で闇を見るのではなく、わたしたち自身が闇の中からスクリーンに映し出される光を見るからです。闇とは「死」の世界であり、光とは「生」の世界です。つまり、闇から光を見るというのは、死者が生者の世界を覗き見るという行為にほかならないのです。つまり、映画館に入るたびに、観客は死の世界に足を踏み入れ、臨死体験するわけです。今年は本当に多くの名作を観ることができ、たくさん臨死体験ができました。