No.1306


 7月9日、出版打ち合わせの後、アメリカ・パレスチナ・ヨルダン合作映画「アイ・ワズ・ア・ストレンジャー」をTOHOシネマズシャンテで鑑賞。映画館はほぼ満席で、高齢の観客が多かったです。ネットで非常に高評価ですが、本当に大傑作でした。今年の一条賞大賞の有力候補作です!
 
 ヤフーの「解説」には、こう書かれています。
「シリア内戦に着想を得て、国籍も立場も違う人々の人生が交錯するさまを描く群像ヒューマンドラマ。シリア、トルコ、ギリシャ、アメリカを舞台に、紛争下で引き裂かれる5組の家族の人生が交差していく。監督などを手掛けるのは『ローン・サバイバー』などに携わってきたブラント・アンダーセン。『フレンチ・ラヴァー』などのオマール・シー、『キャラメル』などのヤスミン・アル・マスリーのほか、ジアド・バクリ、ヤヤ・マヘイニらが出演している」
 
 ヤフーの「あらすじ」は、以下の通りです。
「独裁政権下のシリアで政府軍と反政府組織との内戦がエスカレート。シリアの医師アミラは安全な国へと向かうために娘と共に危険な国境越えを決意する。政府軍に疑念を抱いた国境警備のシリア兵ムスタファは、軍の命令と自らの良心の間で揺れ動く。一方、トルコの密航業者マルワンは病気がちな息子とアメリカで暮らすため、ギリシャ行きのボートに難民を乗せて金を得ようとする」
 
 本作が生まれるもととなったシリア内戦は2011年に発生しました。チュニジアやエジプトから始まった民主化運動「アラブの春」の影響がシリアにも波及しました。アサド政権の独裁に反対する平和的なデモに対し、政権側が武力弾圧を行ったことで、本格的な武装闘争へと発展。シリア政府軍、自由シリア軍などの反体制派に加え、過激派組織「ISIL(IS)」やクルド人勢力などが入り乱れる複雑な構図となりました。さらに、アサド政権を支援するロシアやイラン、反体制派を支援する欧米やトルコといった外国勢力の軍事介入により、紛争は長期化したのです。

 本作の冒頭、シリアの医師アミラの奮闘が描かれますが、彼女は野戦病院のような現場で瀕死の患者を次から次に相手にしています。一条真也の映画館「ナースコール」で紹介したスイス・ドイツ合作映画、一条真也の映画館「アダムの原罪」で紹介したフランス・ベルギー合作映画などにも過酷な医療現場が描かれ、医師や看護師たちの多大なストレスを痛いほど感じましたが、戦地の病院はさらに過酷です。なにしろ、手当している兵士から銃を突きつけられて「俺の命を救え」と脅されたり、医療施設が爆撃されたりするのですから。極限状況にある医療現場とは、こういう場合を言うのでしょう。

 本作には、オマール・シーが演じるトルコの密航業者マルワンが登場します。彼は病気がちな息子とアメリカで暮らすため、ギリシャ行きのボートに難民を乗せて金を得ようとします。息子には滅法優しいのに他人には冷酷なマルワンの姿は、1人の人間の中には善の部分と悪の部分が同居していることを示しています。彼はアラブ人の通訳を雇っていますが、その通訳はマルワンのことを「黒人の野郎」と呼んで侮辱します。マルワンがアラビア語を理解しないと思って安心しているのですが、じつはそのことをマルワンは知っているのでした。観ていて不快な気分になるシーンでした。
 
 密輸業者マルワンは、シリアから脱出したい人々の世話をします。その料金は大人が2000ドル、子どもが1500ドルという高額なものですが、彼らは辛うじてモーターが付いたゴムボートにすし詰めにされるのでした。そのまま海を進んでいけば、ギリシャの沿岸警備隊に見つけられて救助されるという計画です。しかし、ボートから海中に落下する者も多く、無事にシリアを脱出できる家族は一部に過ぎません。一家で無事に逃げられた者、逃げる途中で子どもを亡くした者。映画では喜びと悲しみは交錯していました。そんな中、1人でも多くの人命を救おうとするギリシャ沿岸警備隊のスタヴロス船長の慈悲深さと職業意識の高さに感動!

 故郷を捨てて国外に脱出しようとする難民の姿を見て、わたしは一条真也の映画館「ビヨンド・ユートピア 脱北」で紹介した2024年のアメリカのドキュメンタリー映画を観たときの興奮を思い出しました。これまで多くの脱北者の手助けをし、彼らを韓国で支援してきたキム・ソンウン牧師に、緊急のミッションが発生します。それは北朝鮮から中国へと渡り、山間部で行くあてがなくなってしまった80代の女性と幼い子供2人を含むロ一家5人を脱北させることでした。キム牧師の指揮のもと、各地に点在する多くのブローカーが連携し、中国、ベトナム、ラオス、タイを経由して、亡命先の韓国への脱出作戦が行われます。
 
 また、一条真也の映画館「LOST LAND/ロストランド」で紹介した2026年のドイツ・フランス・マレーシア・日本の合作映画も連想しました。故郷のミャンマーを追われたロヒンギャ難民の幼い姉弟が、命懸けで国境を越えようとする姿を捉えたヒューマンドラマ。家族との再会を夢見て難民キャンプを出た姉弟が、過酷な状況下でマレーシア移住を目指す。イスラム系少数民族であるロヒンギャの9歳のソミーラと5歳のシャフィ姉弟は、難民キャンプで暮らしていた。家族と再会を果たすため、二人は叔母と共にはるか遠くのマレーシアへと旅立つ。その後パスポートを持っていない彼らは密航業者に言われるままに漁船に乗せられ、厳しい自然環境や人身売買の危機にさらされながらも前進するのでした。
 
「ビヨンド・ユートピア 脱北」、「LOST LAND/ロストランド」、そして「アイ・ワズ・ア・ストレンジャー」を観終わった後にまず感じたのは「やりきれなさ」でした。どうして普通に生活している善良な市民が不条理な出来事に巻き込まれるのか。これらの作品に登場する人々は、とにかく喪失体験の連続でした。今まで住んでいた家の喪失、安全の喪失、家族の喪失・・・・・・それらを失うことは自らのアイデンティティの喪失になっていくのでしょう。難民はいくつもの喪失と悲嘆、複合的グリーフを抱えますが、それが小さな子どもにも容赦なく襲ってくることが、本当にやりきれなく感じます。こういう映画を観るたびに、いつも「自分には何ができるのか?」と思ってしまいますが、グリーフケアの普及こそは戦争をなくす、あるいは抑止する大きな力になることだけは信じています。