No.874


 東京に来ています。
 4月9日は銀座でいくつかの打ち合わせをしましたが、その間を縫って、フランス映画「パリ・ブレスト 夢をかなえたスイーツ」をヒューマントラストシネマ有楽町で観ました。現在、わが社のホテルでもスイーツをいろいろ開発・販売しているので、仕事の参考になりました。
 
 ヤフーの「解説」には、こう書かれています。
「パティシエ、ヤジッド・イシェムラエン氏の自伝を原作に描くヒューマンドラマ。パティシエになることを夢見る少年が、困難の中でパティスリー世界選手権を目指す。メガホンを取るのはセバスティアン・テュラール。リアド・ベライシュのほか、『わがままなヴァカンス 裸の女神』などのルブナ・アビダル、クリスティーヌ・シティ、パトリック・ダスンサオらが出演する」
 
 ヤフーの「あらすじ」は、以下の通りです。
「母親に育児放棄され、過酷な環境で生きるヤジッド(リアド・ベライシュ)の唯一の楽しみは、フォスターファミリー(里親)の家族だんらんの中で食べる手作りのスイーツだった。いつしかパティシエを目指すようになった彼は、児童養護施設で暮らし始め、やがて10代でパリの高級レストランに見習いとして雇われる。夢に向かってまい進する彼をねたんだ同僚のせいでヤジッドはある日突然仕事を失ってしまうが、パティスリー世界選手権に参加するチャンスを手にする」
 
 この映画、パリの高級レストランで修業したヤジッド(リアド・ベライシュ)がホテルのシェフとして働くようになったのも束の間、思わぬトラブルからクビになって、プールサイドのBARのバーテンになります。そこから、かつてのホテルでの上客と再会してチャンスを掴む姿はまことにポジティブで、観客は勇気を貰えます。「パリ・ブレスト」という固有名詞がデザートの種類の名前だということは、恥ずかしながら初めて知りました。
 
 この映画に登場する高級レストランやホテルの厨房では、「ウィ、シェフ!」という号令が何度も飛び交っていました。わたしは、一条真也の映画館「ウィ、シェフ!」で紹介した2022年のフランス映画を思い出しました。移民の少年たちが暮らす自立支援施設を舞台にしたコメディーです。一流料理店のシェフだった女性が、調理アシスタントとして迎えた難民の少年たちと交流を重ねる物語です。カティ(オドレイ・ラミー)は、一流レストランの副料理長を務めていたが、シェフと大ゲンカをして店を辞めてしまいます。移民の少年たちが暮らす自立支援組織の調理担当として働きだしますが、天涯孤独で他者とのコミュニケーションが苦手なカティとフランス語が不得意な少年たちは、料理を通じて少しずつ心を通わせていくのでした。
 
 グルメ映画というか、レストランを舞台にした映画は多いです。わが社はホテルや結婚式場を経営しているので、勉強の意味も込めてなるべくその手の映画は観ています。ここ数年でも、一条真也の映画館「ボイリング・ポイント/沸騰」「デリシュ」「ザ・メニュー」「ポトフ 美食家と料理人」といった作品が思い出されます。レストランは訪れた人を幸せにする場所です。特に高級レストランは、非日常的な空間で最高の食材を使った料理を楽しめます。見た目も美しい極上の一皿を口にしたときは、天国にも上るような気分になり、こころが満たされます。そう、そのとき、人はハートフルになるのです。
 
「パリ・ブレスト 夢をかなえたスイーツ」は料理というよりデザートとしてのスイーツに光を当てた映画ですが、このジャンルではジョニー・デップが主演したラッセ・ハルストレム監督の映画「ショコラ」(2000年)が思い浮かびます。古くからの伝統が根付くフランスの小さな村に、ある日謎めいた母娘がやってきてチョコレート・ショップを開店します。厳格なこの村に似つかわしくないチョコでしたが、母ヴィアンヌの客の好みにあったチョコを見分ける魔法のような力で、村人たちはチョコの虜になってしまいます。やがて村の雰囲気も明るく開放的なものになっていきます。この「ショコラ」にも描かれているように、チョコレートは世界で最も愛されているお菓子です。
 
 映画「パリ・ブレスト 夢をかなえたスイーツ」に登場するパリ・ブレストにも上からチョコレートがかけられています。パリ・ブレストで決まっているのは、リング状のパイ・シュー菓子というだけで、細かい制作方法は決まっていません。パリ・ブレストは、1891年に自転車レースパリ・ブレスト・パリの開催を記念して考案された自転車の車輪の形をした菓子として知られています。この菓子の考案者は、コースの沿道であるパリ・ロングイユ大通りの菓子店メゾン・ラフィットの職人ルイ・デュランだと考えられていますが、デュランは菓子職人ではなくパン職人とする説も存在もあります。デュランが生地に挟むクリームにプラリネを加えたのは、レースの参加者に体力をつけてもらうためだと言われているとか。
 
 味で上顧客の機嫌を損ねてしまうという、あってはならない危機の収束を図るため、先輩パティシエのサトミがヤジッドに助けを求めます。しかし、不本意な理由でフルーツ担当になっていたヤジッドは、拒絶します。そのとき、サトミは「毎晩ここで練習してるでしょ、助けてくれるなら上には黙っておく」と話しかけるのでした。「急ぐなら手伝いを」「了解」ヤジッドは、その言葉を合図に、鮮やかな手つきでみるみる美しいパリ・ブレストを作り上げていきます。サトミを演じたのは、2022年にジュリア・ロバーツと「ランコム(LANCOME)」のCMで共演するなど、パリを拠点にモデルや俳優としてグローバルに活躍中の源利華です。非常に魅力的な女優でした。
 
 映画「パリ・ブレスト 夢をかなえたスイーツ」は、主人公であるヤジッド・イシェムラエンのサクセス・ストーリーなのですが、最後まで観て、どうにも違和感が残ることを告白しておきます。これは歴史上の事実なのでネタバレにはならないと思いますが、ヤジッドがメンバーの1人としてパティスリー世界選手権に挑んだフランス・チームは優勝します。しかしながら、チーム内でのヤジッドの役割はスイーツ作りではなく、氷像の製作でした。彼は見事な作品を作り上げるのですが、彼はパティシエとしてではなく、氷細工の職人、いわば彫刻家として栄冠を勝ち取ったのです。「これって、スイーツとは関係なくない?」と思ったのは、わたしだけではありますまい。「夢をかなえたスイーツ」というタイトルも内容と合っていませんしね。これは、邦題をつけた日本の配給会社の責任でしょう。