No.1045
日本映画「片思い世界」をシネプレックス小倉で観ました。予告編を観ただけでは内容がイマイチわからなかったのですが、一条真也の映画館「花束みたいな恋をした」で紹介した名作の脚本家・坂元裕二と土井裕泰監督が再タッグを組み、広瀬すず・杉咲花・清原果耶・横浜流星が出演ということで迷わず鑑賞。結果はグリーフケアの大傑作で、一条賞の有力候補作となりました。ネタバレ絶対禁止のストーリーですが、予告編の情報不足がよく理解できましたね。
ヤフーの「解説」には、こう書かれています。
「『ゆきてかへらぬ』などの広瀬すず、『52ヘルツのクジラたち』などの杉咲花、『碁盤斬り』などの清原果耶が主演を務めたドラマ。同世代の女性3人が、それぞれ片思いをしながら古い一軒家で共同生活を送る姿を描く。『花束みたいな恋をした』の脚本・坂元裕二と土井裕泰監督が再び組む。共演は『線は、僕を描く』などの横浜流星のほか、田口トモロヲ、西田尚美ら」
ヤフーの「あらすじ」は、以下の通りです。
「東京の片隅にある古い一軒家で一緒に暮らす、美咲(広瀬すず)、優花(杉咲花)、さくら(清原果耶)。それぞれが仕事や学校に向かい、お互いを思いやりながら、他愛のないおしゃべりをして過ごすという自由気ままな生活を12年にわたって送っている。強い絆で結ばれている3人だったが、全員が誰にも言えない片思いを続けていた」
映画「片思い世界」を観たとき、想像していた内容とはまったく違ったので驚きました。ネタバレをしないように気をつけて書きますが、この映画はまさにわたしの得意分野のストレートど真ん中でした。あと、ジャンルとしては、ファンタジーであるとだけ明かしておきます。グリーフケアにも深く関わる内容でしたが、「片思い世界」という言葉の本当の意味を知ったとき、わたしは泣きました。こんなにも切なくて悲しい映画はなかなかありません。ただ1点だけ、「葬儀はどうなっているのか?」という疑問を抱きましたが、まあ、その問題は置いておきましょう。
この映画では、広瀬すず演じる美咲、杉咲花演じる優花、清原果耶演じるさくらの3人が疑似家族というか疑似姉妹として暮らしていますが、わたしは同じく疑似姉妹の物語である一条真也の映画館「海街diary」で紹介した2015年の是枝裕信監督作品を連想しました。四姉妹を綾瀬はるか、長澤まさみ、夏帆、広瀬すずが演じました。この映画が広瀬すずのデビュー作だったのですが、彼女は末っ子の役でした。それが「片思い世界」では、長女の役を演じているわけですから、時の流れを感じます。広瀬すずはデビュー10周年ですが、ブログ「ゆきてかえらぬ」で紹介した作品で大正時代の妖艶な女優を演じています。いつの間にか少女は、すっかり大人の女性に成長しました。
映画「片思い世界」で広瀬すず演じる美咲が想いを寄せる青年・典真を演じているのは、横浜流星。一条真也の映画館「正体」で紹介した映画で第48回日本アカデミー賞の最優秀主演男優賞に輝いた彼ですが、じつは一条真也の映画館「流浪の月」で紹介した2022年の映画で広瀬すずと共演しています。「流浪の月」は、人間の悲嘆を正面から見つめた傑作でした。死別の悲嘆からの回復を描いたグリーフケア映画というよりも、生きることそのものの悲嘆から魂を救うようなスピリチュアルケア映画でした。この映画で横浜流星と広瀬すずは恋人同士の役でしたが、濃厚なベッドシーンがありました。そこだけ切り取られて話題になるほど濃厚な濡れ場でしたが、「片思い世界」での2人はひたすらプラトニックでピュアな心の関係を貫きます。
疑似姉妹の次女である優花を演じた杉咲花も良かったです。すっかり日本映画界を代表する若手実力派女優の代表的存在となった彼女ですが、最近では、一条真也の映画館「52ヘルツのクジラたち」で紹介した2024年の大傑作で主演しました。同作は、一条真也の読書館『52ヘルツのクジラたち』で紹介した町田そのこ氏の名作小説の映画化です。家族に虐待された過去を引きずる女性が、かつての自分と同じような環境にいる少年と交流する物語です。「52ヘルツ」というのは、他のクジラが聞き取れない高い周波数で鳴く、世界で一頭だけのクジラのことです。たくさんの仲間がいるはずなのに何も届かず、何も届けられません。そのため、世界で一番孤独な存在だと言われているのです。人間の世界でも孤独な存在の声なきSOSを「52ヘルツ」に例えているわけですが、「片思い世界」の冒頭にも52ヘルツの少女と、彼女のSOSを察知した少年が登場します。
そして、疑似姉妹の三女さくらを演じた清原果耶が最高に素晴らしかったです。三姉妹はそれぞれものすごく深い悲嘆を抱えているのですが、その表現が最も真に迫っていたのが彼女でした。もちろん、広瀬すずも、杉咲花も実力派女優ですが、この「片思い世界」では清原果耶の演技が突出していました。彼女は一条真也の映画館「碁盤斬り」で紹介した2024年の映画で草彅剛が演じる浪人の一人娘・お絹を演じましたが、素晴らしい熱演を見せてくれました。ブログ「第48回日本アカデミー賞を大予想!」で紹介したように、わたしは今年の日本アカデミー賞の最優秀助演女優賞は清原果耶に輝くと予想していたのですが、残念ながら外れました。でも、受賞した吉岡里帆よりも清原果耶の方が最優秀助演女優賞にふさわしかったと今も思っています。
横浜流星、広瀬すず、杉咲花、清原果耶といえば、現代日本映画界を代表する実力派の若手俳優が勢揃いです。これはもう傑作にならない方がおかしいですが、実際に大傑作でした。もっとも、いくら最高のキャストが集結していても駄作になる映画は星の数ほどあります。「片思い世界」がそうはならなかったのは、やはり、坂本裕二の脚本が素晴らしく、土井裕泰監督が良い仕事をしたからでしょう。本当に涙腺崩壊必至の感動作なのですが、何を言ってもネタバレになるため、何も言えないのが辛いところです。わたしはグリーフケアの研究と実践を行ってきました。上智大学グリーフケア研究所の講義では、映画を使ってグリーフケアを説明してきましたが、「片思い世界」は想像を超えた発想で、グリーフというものを正面から描いていました。わたしは悲嘆の縁としての「悲縁」というものを提唱していますが、古い一軒家で暮らす美咲・優花・さくらの3人はまさに「悲縁」によって結びついていたのです。