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イギリス映画「フェザーズ その家に巣食うもの」をヒューマントラストシネマ有楽町で鑑賞。愛する人との死別の悲嘆を描いた作品ですが、グリーフの最も暗い部分に焦点が当てられており、とにかく陰鬱な映画でした。スクリーンの明度も暗くて画面が見づらく、ストレスフルな鑑賞でした。
ヤフーの「解説」には、こう書かれています。
「ベネディクト・カンバーバッチが主演と製作陣に名を連ね、イギリスの作家マックス・ポーターによる小説を映画化。妻に先立たれ、幼い息子たちと残されたコミックアーティストが、ある電話をきっかけにえたいの知れない存在に付きまとわれる。監督・脚本は『ノー・ディスタンス・レフト・トゥ・ラン ~ア・フィルム・アバウト・ブラー』などのディラン・サザーン。共演には『ムーン・ウォーカーズ』などのエリック・ランパール、『ボイリング・ポイント/沸騰』などのヴィネット・ロビンソンらがそろう」
ヤフーの「あらすじ」は、以下の通りです。
「最愛の妻が急死し、幼い二人の息子たちと残されたコミックアーティスト(ベネディクト・カンバーバッチ)。途方に暮れながらも慣れない家事に奮闘し、新しい生活を模索しようとしていたある日、見知らぬ人物から電話がかかってくる。『彼女は逝ったが、私はいる』と話す謎の男は、それ以来彼に付きまとうようになり、やがて彼がコミックで描く生き物に似たクロウとなって姿を現す」
原作小説の原題は、"Grief is The Thing with Feathers"といいます。まさに「グリーフ」の物語なのです。翻訳は早川書房から刊行されていますが、一条真也の映画館「プロジェクト・ヘイル・メアリー」、「決断するとき」など、わたしが最近観る外国映画の原作はほとんどが早川から出ていますね。作者のマックス・ポーターは、1981年生まれのイギリス人作家。作家活動に入る以前は、書店員としてキャリアをスタート。デビュー作である本作『悲しみは羽根をまとって』はディラン・トマス賞受賞ほか、数々のリストや文学賞にノミネート、36の言語に訳されるベストセラーとなりました。
映画「フェザーズ その家に巣食うもの」で妻を失った男性を演じたベネディクト・カンバーバッチは、今やハリウッドを代表する俳優の1人です。ドクター・ストレンジをはじめ、彼はさまざまな人物を演じてきましたが、本作に登場するコミックアーティストは、彼がこれまでに演じた中で最も弱くて、最も精神が疲労しているように思えます。残された2人の息子のためには父親である彼がしっかりしなくてはならないのに、死別の悲嘆のダメージが一番大きいのが彼自身なのでした。あるとき、夜中に不吉な訪問者たちが彼の家を訪れます。彼らは「近所の者だが、牛乳を分けてほしい」「トイレを貸してほしい」「警官だ。ここを開けなさい」などと言い、最後は亡き妻の幻影が「あなた、わたしよ。ここを開けて」と懇願するのですが、彼はけっしてドアを開きませんでした。彼らはいなくなってしまいました。
この父親には、明らかにグリーフケアが必要です。わたしは、これまで多くのグリーフケアに関する本を書いてきましたが、代表作といえるのが2008年に上梓した『愛する人を亡くした人へ』(現代書林、PHP文庫)です。同書は多くの方々に読まれましたが、わたしは「親を亡くした人は、過去を失う。配偶者を亡くした人は、現在を失う。子を亡くした人は、未来を失う。恋人・友人・知人を亡くした人は、自分の一部を失う」と述べました。1人の人間が亡くなったとき、周囲にいる人たちはそれぞれ違ったものを失うのです。この映画の双子の息子たちは「過去」を失い、父親は「現在」を失ったのでした。「フェザーズ その家に巣食うもの」は、喪失と妄想と苦悩に満ちた物語ですが、ラストの海岸のシーンでは「家族再生」が描かれています。ひたすら暗い物語を陰鬱な気分で鑑賞していたわたしは、最後で少しだけ救われた思いがしました。
妻を突然亡くした夫と幼い息子たち。喪失の重みが沁みこむロンドンのフラットに出現した奇妙な"話すカラス"。彼は「おまえが俺をいらなくなるまでここにいる」と喪失の混乱の中にある主人公に告げます。彼とカラスとの不可思議な生活が始まります。カラスは何者なのか。日本の「八咫烏」をはじめ、多くの神話や宗教においてカラスは神聖な神の使いとされています。しかし、その黒い姿や死肉を食べる習性から、ネガティブなイメージも強く定着しています。西洋文化では「死の予兆」や「墓場の番人」として扱われ、魔女の使いとされることもあります。この映画では、主人公の「こころ」が壊れるのを防ぐ役割を果たす霊鳥のようでした。
「フェザーズ その家に巣食うもの」のカラスの造形から、わたしは一条真也の映画館「終わりの鳥」で紹介した2025年のイギリス・アメリカ映画に登場する鳥を連想しました。ちょうど1年前くらいに、同じヒューマントラストシネマ有楽町で観た作品です。誰もが迎える死を、クロアチア出身のダイナ・O・プシッチ監督が描いたドラマです。余命わずかの娘を抱える女性が、娘のもとに現れた命の終わりを告げる鳥"デス"を追い払おうとする物語です。「フェザーズ」のクロウはカラスですが、デスはオウムのようです。でも、ともに大きなクチバシを持った姿が似ています。
同じカラスということなら、一条真也の映画館「異端の鳥」で紹介した2020年のウクライナ、スロバキア、チェコ合作映画があります。ポーランド出身のイェジー・コシンスキの著書を原作にした、ホロコーストを生き抜いた少年を描く問題作です。少年(ペトル・コラール)は東欧のとある場所に疎開し、無事にホロコーストから逃れる。だが、疎開先の1人暮らしの叔母が病気で亡くなり、さらに叔母の家が火事で焼け落ちたため1人で旅に出ることになります。孤児になった彼はあちこちで白い目で見られ、異物として周りの人々にむごい扱いを受けながらも懸命に生きようとするのでした。
鳥というメタファー
その他にも、一条真也の映画館「火喰い鳥を、喰う」で紹介した2025年の日本映画、一条真也の映画館「おくびょう鳥が歌うほうへ」で紹介した2025年のイギリス・ドイツ映画など、「鳥」が登場する映画は多いです。鳥は文学や芸術において、自由、魂、天と地をつなぐ霊的な存在として、または時間や変化のメタファーとして広く使われます。神話的・心理的には「不死」や「創造性」の象徴です。空を飛ぶ能力から、精神の解放や天界・霊的世界との繋がりも象徴します。また、肉体から離れて移動できる存在として、古くから魂の隠喩とされます。「フェザーズ その家に巣食うもの」でのカラスは「悲しみ」のメタファーのように思えますが、作中に「悲しみと絶望は違う」というセリフが登場します。カラスの存在は、一家を絶望へと至らせないための存在だったのです。
子どもは優しさを再充電してくれる
「すべての映画はグリーフケア映画」であり、「映画は、愛する人を亡くした人への贈り物」と考えているわたしですが、「フェザーズ その家に巣食うもの」は確かにグリーフケア映画ですが、「あまりにも暗く、救いがない」と感じながら鑑賞していました。しかし、ラストシーンで少しだけ救われました。主人公は亡き妻の遺灰を「愛している、愛してる、愛してる」と叫びながら海に投げて撒くのですが、その後、双子の息子を抱きしめます。原作には、「ふたりはソファの自分たちの横に場所をあけてくれる。あの子たちがあたりまえに優しくしてくれることが、盲腸炎みたいに痛い。僕は前かがみになって腹を抱え込まなくてはいけなくなる。なぜなら、あの子たちがそれはそれは優しくて、その優しさをぼくからの供給なしに、自分たちでどんどん再生し、再充電しつづけているからだ(桑原洋子訳)」という一節があります。子どもとは優しさを再充電してくれる存在であり、それはもはや「天使」と呼ばれるべきです。そして、主人公がすぐ近くに天使がいることに気づいたとき、「悲しみ」はカラスの羽根をまとって飛び去っていったのでした。


