No.1206
1月29日の夜、日本映画「安楽死特区」を小倉コロナシネマワールドで観ました。わが最大のテーマである「死」と「葬」を正面から扱っているのですが、その描き方に非常に衝撃を受けました。上映館の少ない作品ですが、この映画を多くの人が観れば、確実に日本でも安楽死が受け容れられていくのではないかと思いました。
ヤフーの「解説」には、「在宅医として多くの患者を看取ってきた医師で作家の長尾和宏の小説を、『夜明けまでバス停で』などの高橋伴明監督が映画化したドラマ。日本を舞台に、若年性パーキンソン病を患う男性が安楽死を望む者のための施設に入り、その実態を告発しようとする。施設に入居する男女を高橋監督作『「桐島です」』などの毎熊克哉と『また逢いましょう』などの大西礼芳が演じ、加藤雅也、筒井真理子、奥田瑛二などが共演する」と書かれています。
ヤフーの「あらすじ」は、「国会で安楽死法案が可決され、国家戦略特区として安楽死を希望する者のための施設の運営がスタートする。若年性パーキンソン病を患うラッパーの酒匂章太郎(毎熊克哉)は、余命半年を宣告されていた。安楽死に反対している章太郎は、パートナーの藤岡歩(大西礼芳)と共に特区の実態を告発するために施設に入居するが、病が進行するにつれて心情に変化が現れる」です。
この映画の原作は、医師で作家の長尾和宏による小説『安楽死特区』。同書のアマゾン内容紹介には、「死にたい、と願うのはエゴですか?生きていて、と望むのは愛ですか? このごろ、『早く日本でも安楽死を認めてほしい』という人が増えた。その先にどんな未来が待ち受けているのか、書きたかった。2024年、日本で「安楽死法案」が可決した。東京オリンピックが終わり、疲弊してゆくわが国で、病を抱え死を願う男と女が、国家の罠に堕ちてゆく・・・。『平穏死10の条件』『痛くない死に方』他、終末期に関する多くのベストセラーを出している著者が、渾身の想いで書き下ろした初の本格医療小説!」とあります。
本作のメガホンを取った高橋伴明監督の作品に、一条真也の映画館「痛くない死に方」で紹介した2021年の医療映画があります。やはり長尾和宏医師の著書『痛くない死に方』『痛い在宅医』が原作で、終末医療をめぐり患者とその家族、彼らと向き合う医師の葛藤を描いています。仕事に追われる在宅医の河田仁(柄本佑)は、末期がん患者の井上敏夫(下元史朗)を担当することになります。敏夫の娘・智美(坂井真紀)の意向で痛みを伴う入院ではなく『痛くない在宅医』を選択しますが、敏夫は苦しみ抜いた末に亡くなってしまいます。父を自宅に連れ戻さずに病院に居させた方が苦しい最期にならなかったのではと、自分の決断を悔やむ智美の姿に河田は言葉を失います。在宅医の先輩である長野浩平(奥田瑛二)に相談しその指摘に胸を突かれた河田は、長野のもとで診療現場を見学し、在宅医の在り方を模索します。
「安楽死特区」は、「痛くない死に方」におけるテーマがさらに深く追求されています。つまり究極の「痛くない死に方」が安楽死なわけですが、けっして死を面白半分に扱っているわけではありません。「安楽死特区」に登場する医師たちはみな真摯に患者と向き合っており、好感が持てました。また、安楽死を実行するまでは3回以上の医師との面談が義務づけられ、最後は医師たちの会議を行い、全員が賛成するまで実行しないなど、モラルも徹底していますし、セキュリティも何重にも保証されていると感じました。最後は、ゆったりとした椅子に座って、コップに入った赤い色の液体をゆっくり飲みます。それで永遠の眠りにつくわけですが、「まるで胃の検査でバリウムを飲むみたいだな」と思いました。こんな感じで苦しまずに、安らかに眠れるのなら、「安楽死」を希望する人は多いと思います。
映画「安楽死特区」は、主演の毎熊克哉と大西礼芳の2人以上に、とんでもなく実力派の俳優たちが脇を固めていることに驚かされます。なにしろ、毎熊克哉が演じる主人公・酒匂章太郎の主治医を加藤雅也、彼をサポートする医師が奥田瑛二と板谷由夏なのです。加藤雅也はわたしと同い年なのですが、ずいぶんと老け役の印象でした。奥田瑛二は映画「痛くない死に方」にも医師の役で出演していました。また、板谷由夏がすごく美しく妖艶でドキッとしました。現在50歳という彼女は北九州出身ですので、機会があればお会いしてみたいです。さらには、末期がんの患者を平田満、その妻を筒井真理子、認知症患者の高齢女性を余貴美子が演じているのです。なんという贅沢なキャスティング!
難病で余命宣告されたラッパーの章太郎を婚約者として支える藤岡歩を演じた大西礼芳も良かったです。彼女はジャーナリストとして安楽死に反対する立場にあります。安楽死希望者を受け入れる施設に章太郎ともに入ったのは、潜入することによって秘密をつかみ、ネットで告発するという目的がありました。しかし、歩と同じく安楽死に反対だった章太郎が体調とともに心境が変化していく姿に激しく戸惑います。大西は、サンケイスポーツの取材に対して「今までの作品でも私生活でもひた隠しにしてきた自分の激しさをこじあけられた作品。女優人生の道幅を広げてくれた。代表作になってほしい」と語っています。
また安楽死について、大西は「今回、演じてみて自分で自分の死を選ばなきゃいけないことは想像を絶する苦しみだと思いました。だからこそ、それに対して他人が意見を言うことに危うさを感じる」と真摯に語りました。「安楽死特区」の公開記念舞台挨拶に、軽度の脳梗塞で入院中の高橋伴明監督はは登壇しませんでした。高橋監督について、大西は「大学で映画を教えてくれた先生であり、伴明さん、すごく大好きなんです。また一緒に映画を作らせてもらえたらと願っているので、早く元気になってほしい」と瞳を潤ませました。舞台挨拶には高橋監督の妻で今作のプロデューサーを務めた女優、高橋惠子が登壇しました。わたしは昔、彼女のファンだったのですが、現在71歳なのですね。本当は、高橋惠子も「安楽死特区」に出演してほしかったです。
「安楽死特区」では、国会で「安楽死法案」が可決し、国家が国民の生き死にに立ち入るようになった未来社会が描かれます。わたしは、一条真也の映画館「PLAN75」で紹介した2022年の日本映画を連想しました。オムニバス「十年 Ten Years Japan」の一編「PLAN75」を、監督の早川千絵が新たに構成したヒューマンドラマです。超高齢化社会を迎えた日本では、75歳以上の高齢者が自ら死を選ぶ「プラン75」という制度が施行されます。それから3年、自分たちが早く死を迎えることで国に貢献すべきという風潮が高齢者たちの間に広がっていました。78歳の角谷ミチ(倍賞千恵子)は夫と死別後、ホテルの客室清掃員をしながら1人で暮らしてきましたが、高齢を理由に退職を余儀なくされたため、「プラン75」の申請を考えるのでした。
安楽死をテーマにした映画は多いです。日本映画よりも外国映画の方が圧倒的に多いですが、わたしが一番印象に残ったのは、一条真也の映画館「すべてうまくいきますように」で紹介したフランソワ・オゾン監督による2023年のフランス・ベルギー映画です。安楽死を巡る父と娘の葛藤を描く人間ドラマ脚本家エマニュエル・ベルネイムによる小説を原作に、人生の意味や家族の愛を問いかけます。人生を謳歌していた85歳のアンドレ(アンドレ・デュソリエ)は脳卒中で倒れて体が不自由になり、娘のエマニュエル(ソフィー・マルソー)に人生を終わらせる手助けをしてほしいと頼みます。戸惑う彼女は父の考えが変わることを期待しつつも、合法的な安楽死を支援するスイスの協会と連絡を取り合います。一方、リハビリによって順調に回復するアンドレは積極的に日々を楽しみ、生きる希望を取り戻したかのようでした。しかし、彼は自ら定めた最期の日を娘たちに告げ、娘たちは葛藤しながらも父の決断を尊重しようとするのでした。
スイスの安楽死団体が登場しますが、わたしは一条真也の映画館「世界一キライなあなたに」で紹介した2016年に製作されたアメリカ・イギリス合作映画を連想しました。世界中で読まれているジョジョ・モイーズの恋愛小説『ミー・ビフォア・ユー きみと選んだ明日』を映画化。バイク事故で車いすの生活となり生きる気力をなくした青年実業家と、彼の介護に雇われた女性の切ない恋の行方を描いたラブストーリーです。主人公の女性をエミリア・クラーク、実業家をサム・クラフリンが演じています。「安楽死」という重いテーマをハートフルに描いたこの作品に、わたしは大変感動しました。拙著『心ゆたかな映画』(現代書林)で紹介しています。
わたしは、「世界一キライなあなたに」を観て、スイスの安楽死団体に強い興味を抱きました。スイスには、安楽死団体が2つあります。「エグジット(EXIT)」と「ディグニタス(DIGNITAS)」です。ともに「自殺幇助組織」などと呼ばれていますが、両団体には大きな違いがあります。エグジットはサービスがスイス国民限定なのに対して、ディグニタスではスイス国民以外にもサービスを提供しているという点です。そのため医師の厳正な審査を受けた上で、毎年100ほどの人々がこのサービスを受けて自らの命を絶っているそうです。Wikipedia「ディグニタス」の「概論」には、「同団体の書類審査に通れば医師やカウンセラーと複数回以上の面談を行い決定する。 クールダウンの時間を十分に取るように面接の間隔があいている。スイスの法律に認められた書類に署名する。致死薬投与の直前には最終の意思確認が行われ、考え直す時間が必要かどうか尋ねられ、最後まで自由意志で撤回も選択できるようにされている 」と書かれています。
「世界一キライなあなたに」には安楽死の具体的な描写は登場しません。しかし、ディグニタスの名前は実名で登場します。同団体についての知識をネットで得たわたしは、一条真也の映画館「ハッピーエンドの選び方」で紹介した2015年のイスラエル映画を思い出しました。第71回ベネチア国際映画祭ベニス・デイズBNL観客賞などを受賞した、人生の終盤に差し掛かった老人たちの最期の選択に迫るヒューマンドラマです。監督の実体験をベースに、命尽きる瞬間まで自分らしく生きようとする人々の姿を描きます。この映画のメインテーマも、やはり「安楽死」です。「人生の最期を選ぶ」という誰もが直面するテーマを、ユーモアを交えて軽快に描き、各国の映画祭で話題を呼びました。 老人ホームで暮らす発明好きの老人が、親友の願いで、自らスイッチを押して苦しまずに最期が迎えられる装置を開発したことからトラブルに巻き込まれていく姿が描かれます。同作は、拙著『死を乗り越える映画ガイド』(現代書林)で紹介しています。
『唯葬論』(三五館)
わたしはどうも「死」や「葬」の専門家として見られているらしく、よく「一条さんは安楽死や尊厳死についてどう思われますか?」などと質問されることが多いです。じつは尊厳死については肯定しているのですが、安楽死については今ひとつ割り切れない思いを抱いています。というのは、そこには人間をモノとみなし、死を操作の対象ととらえる思想が見え隠れするからです。現代の医療テクノロジーの背景には、臓器移植に代表されるように人間を操作可能なモノとみなす生命観があるわけですが、そうした生命観は患者の側も共有しているといるのではないでしょうか。現代の安楽死は、自らの命や身体は自分の意志で左右できる道具であるかのような価値観に根ざしており、わたしには違和感があります。そして、わたしは「死」よりも「葬」を最重要問題としてとらえています。拙著『唯葬論』(三五館)の帯にも「問われるべきは『死』ではなく『葬』である!」と書かれています。
「葬」をテーマにした映画といえば、わたしは、一条真也の映画館「おくりびと」、「おみおくりの作法」、「サウルの息子」で紹介した作品が世界の三大「葬儀映画」であると思っています。「おくりびと」は日本映画ですが、世界の映画史に燦然と輝く葬儀映画の名作です。この作品には葬儀社の社員として余貴美子が出演しています。また、葬儀社で納棺士を務める主人公を本木雅弘が演じ、その妻を広末涼子が演じています。映画の中で主人公が妻に触れようとしたところ、妻が「触らないで、汚らわしい!」と叫ぶシーンがショッキングでした。妻は、夫が遺体に触れているため汚れていると嫌ったのです。映画「安楽死特区」では、加藤雅也演じる医師の妻を鈴木砂雨が演じていましたが、離婚届にハンコを押した夫に対して、妻が「あんたに触れられるのが、いつも嫌で仕方なかった。死体を触った男とセックスするなんて。一度も感じたことなかったわ!」と毒づくシーンが強烈でした。さらには「医者と結婚して金に困らんかったのは感謝しとるけどな!」とまで言うのです。とんでもない女ですが、男は「いや、俺はいつも患者を救ってきたから、遺体には触れてないよ」と言い訳するのですが、わたしは「おいおい、そこじゃないだろう!(怒)」と思いました。
映画「安楽死特区」には、最後に章太郎の葬儀のシーンが登場します。これが意表を衝く演出なのですが、すごく良かったです。ラッパーだった章太郎とジャーナリストの歩はチベットで出会ったのですが、チベットといえば『死者の書』。そこには「3万年の死の教え」が説かれています。映画の冒頭にも章太郎がチベット仏教の曼荼羅がある空間で生死をラップで歌い上げるシーンがありますが、それがラストシーンでも登場。しかも、彼は白装束の幽霊として踊りながら歌うのです。「愛が消えても情が残る♪」「愛情♪ いや往生♪」などと軽快に言葉を音楽に乗せる姿はじつに軽やかでした。シリアスなドラマの最後に超楽天的な葬儀のシーンが出てきて最初は戸惑いましたが、「いやあ、いいよ、これ!」と思いました。かの黒澤明監督の晩年の名作オムニバス映画に「夢」(1990年)がありますが、その最終話「水車のある村」を連想しました。笠智衆演じる老人を中心に楽団が明るい音楽を奏でながら葬送行進するのですが、あれ以来の名シーンだったと思います。


